茨の城 1
「おい……」
茨の蔓によって魔女の庵からぽいと放り出された訪問者達は、魔女の庭だったところに座り込んで、目の前に映るそれを見ていた。
「なんだこれは……」
彼らの前には、大蛇もかくやという太さの蔓を持つ、禍々しい茨が絡まり合って、巨大な繭のような形になったものが、森を背後にそびえていたのだ。
しかも、棘を持つ蔓は今なお伸び続けていて、セージやヒースたちの行動を阻むかのように、庭を縦横無尽に這い回っていた。
「アニスたちは無事なのか……?」
その、巨大な繭が鎮座する場所。それはつい先ほどまで、魔女の庵があったはずの場所だった。
「あああ! わたくしの、わたくしのストールがぁあ! 『朱の装飾魔女』の手がけた、初期の一点物ですのにぃ‼」
呆然とする男達の隣で、セルフィーユだけがかしましい。彼女は吹き飛ばされた影響で、伸びてきた茨の棘に引っかかり、お気に入りのストールを破いてしまったらしい。
「これは『茨の城』か……?」
「『茨の城』⁉ それって古の精霊魔法じゃないか⁉」
棘だらけの繭を見上げて呟いたセージの言葉に、強く反応したのはヒースである。彼はセージを振り返り、らしからぬ大音声をあげた。
「まさかこの町には精霊がいるのか⁈」
「正確には森にだな。ここは昔から精霊に守られた土地だ。この森や湖には、精霊の伝承がたくさん残されている」
「そ、それは興味深い……!」
そわそわしながら、森へ熱い視線を向けるヒースを他所に、セージは庵の中をちょこちょこと駆け回っていた、アニスの妹弟子だという幼い少女の姿を思い出していた。
アニスがその名を呼んだとき、茨の蔓は庵に入ってきたのだ。それはつまり、あの茨の主がその名を持っているはずである。
「そうか、あの幼子はおそらく……」
ふわふわと揺れる、くるくる巻いた金の髪、植物の息吹を宿す、緑色の瞳。そして特筆すべきは、幼さにそぐわないほど整った顔立ちだ。
それらの特徴が示すのは、あの幼女がただの幼女ではなく、おそらくはこの地と縁を結んだ古い種族の、先祖返りだろうということだ。それはつまり、あの子どもが『精霊の愛し子』と呼ばれるような存在である、ということに他ならない。
おそらくは、自分たちのうちの誰かが、あの子どもに嫌な思いをさせてしまったのだろう。その結果、精霊があの子どもに力を貸して、こののた打つ茨の城を作り上げたのだ。
精霊とは時に、天災のようなものなのである。
「しかし……、参ったな」
涙目のセルフィーユ、そわそわするヒース。そして立ち尽くす自分と、それらを取り巻く庭の光景。それらを改めて眺めたセージは、大きなため息をひとつ零すと、頭を掻いて腕を組んだ。
「……魔女の庭がすっかり、茨の迷宮に変わってしまったぞ。ここからの脱出なんて、可能なのか?」
*
「や、やりすぎたかもぉ……」
一方こちらは庵の中。
厨房の窓からこっそりと、庭を見ていたミシェールの頭に、ごちんとげんこつが降ってきた。
「いたぁっ」
「……ミシェール。さてはまた森に行ったね?」
振り返ればそこにいたのは、呆れた顔を隠しもしない庵の主、大魔女マーロウである。
「そしてクマ、さてはお前も力を貸したね?」
頭を抱えるミシェールの隣で、クマのぬいぐるみも頭を抱え、ミシェール同様に身を縮める。
「もうやるなと言っただろうが。あんまりおいたが過ぎるようだと、端切れにもどしちまうよ」
テディは弾かれたように飛び上がり、ミシェールの背後にさっと隠れる。しかし、それを引きずり出して宙づりにしたマーロウは、やれやれと息を吐いてその身を雑巾の如く、ギュッとひねった。
声なき悲鳴がテディから漏れ、ミシェールはあわあわと打ち震える。
「ご、ごめなしゃい。ししょ、てでぃ、はなしてくだしゃい。おねがいしたのは、みしぇなの。みしぇ、あにしゅをたすてて、おにーしゃんたちをおいだちたかったの……」
「助けようとして、より困らせてるんじゃないかねお前さんは……。まったく」
絞られたクマは、心なしかスリムになっている。それをミシェールに返しながら、マーロウはまったく、と両手を腰に当て、ミシェールをじっと睨み付けた。
「ミシェール。お前は師匠か姉弟子のいないところでは魔法を使ったらいけないという決まりを破ったね? お前さんはまだ加減ってものが分かってないんだから、全力でやっちまったらこうなっちまうんだよ。そんな悪い子は罰として一ヶ月、魔術の勉強はお預けだ」
「がーん!」
早く魔女になりたいミシェールにとって、これほど辛い罰はない。しかし、言いつけを破ったのは自分である。ミシェールはしおしおと項垂れて、「あい……」と渋々返事をしたのだった。
マーロウは涙目のミシェールをその場に残し、リビングへと移動する。呆然としているアニスの隣りに立ち、大きな窓から庭を見た。
「やれやれ、いったいどうしたもんだか……」
見える限り、庭は『惨劇』という言葉が相応しい、酷い有様だった。雑草畑に見える魔女の薬草園も、ミシェールの遊び場も、何もかもが、アニスの胴より太い茨の蔓に覆われて、足の踏み場もないのである。
「こりゃまた、やっちまったねえ……」
「師匠、これものすごい強固なんだけど……。こういうのって、どうやって解くんです……?」
以前にミシェールがやらかした解きの魔術を試みていたらしきアニスが、愕然としつつ振り返る。マーロウは肩を竦めて、「さてねえ」とぼやいた。
「この手のは、魔術と言うより魔法だからねえ。人間にどうにかできるかは、怪しいところだよ。百年眠れば解けるだろうかねえ。聞いた事あるだろ、深い森の奥、茨の城で眠る姫のおとぎ話とかさ」
「百年⁉」
「あとはあれだねえ、おとぎばなしとおんなじさ。王子が助けに来りゃ、茨も避けて道ができる」
「おうじ⁉」
「勇敢な騎士とかでもいいね」
「きしぃ⁉」
「あのおとぎ話みたいなことは、昔はちょいちょいあったもんだよ」
「つまり無理ってことでは⁉」
どれも達成条件の難易度が高すぎる。
いくらのんびり暮らしたいとは言っても、百年も寝てなどいられないし、王子など雲の上の人だ。そして今時、騎士など称号の世界にしかいないのである。
アニスは思わず悲鳴をあげたが、マーロウは軽く片眉をあげ、アニスの頭を短杖で叩いた。
「痛っ」
「ちっとは考えな。王子だの騎士だのってのは、あくまで比喩なんだよ。あれは、眠る娘を真に求めるものだけが娘の元にたどり着けるっていう、森に力を借りた魔法――呪いなのさ」
「のろい……」
近年ほとんど聞かなくなった言葉を、アニスは呆然と復唱した。
魔女は呪いが得意だというイメージが強いが、法で禁じられたり、その能力を持つものが呪い返しで死んだりした結果、市中から数を減らしてしまった。
今時の若い魔女にとっては、呪いはロストテクノロジーに近い、失われた魔術なのだ。
「呪いってのは、意外と残っているもんさ。なにせ、求める人間があとを絶たないからね。……そうそう、アニス。あのソレル家の末子の顔、あれもおとぎ話にあるような呪いさね」
「え?」
「笑わない王子とか笑わない姫とか、そういうおとぎ話があるだろう。ソレル家の男どもは、その類いの呪いに掛かってるのさ」
次々に襲い来る『知らない話』に、アニスは目眩を覚えて額を抑えた。
「……じゃあつまりあれって」
「まあ、恋人の前では顔が動かないって言うその部分は少なくとも、本当なんだろうねえ。……やれやれ、愛した人間の前でだけ発動するとか、我が婆様ながら、なかなかいやらしい呪いだよ」
「婆様ァ⁉」
「お前の大々師匠さね。ソレルの先祖と大恋愛して破局して、呪ったのがまだ残ってるのさあ」
「なんて厄介な……」
「まったくだよ。自分以外の女に微笑むことを許せずに、笑顔そのものを奪うとはねえ。なんとも魔女らしい傲慢さだが、よっぽど愛したのかねえ……」
マーロウの言葉に、アニスは返事を飲み込んだ。
そんな弟子をちらりと横目にし、マーロウは大きく息を吐くと、窓の向こうに向かって短杖を構える。
「ま、それよりも今は、この魔術をどう解くかだ。このまま外に出られなきゃ、眠る以外の選択肢がなくなっちまうよ。さあて、どうしたもんか……」
突然(?)ですがこちらのお話、書籍化します。
詳しくは活動報告にて!




