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魔女はのんびり暮らせない ~装飾魔女のアニス、 恋に見切りをつけて田舎に帰るのこと~  作者: 茉雪ゆえ
幕間5

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33/38

幕間・みしぇはげきどした

ちょっと短めです。

 ――ミシェールは()()()した。

 かならずあの『()()()()()()()()()』をなんとかしないとだめだ、ってけついした。

 でもミシェールはまだこどもである。

 それも、とってもちいさなこどもである。

 でも、『()()()()』にかんしては、だれよりも()()()()だった。



「だからね、てでぃ。みしぇはもりにいきましゅ!」


 と言うわけで。

 アニスの元にセルフィーユが突撃してきたのを見たミシェールは、あんな洗練された、ちょっと吊り目の美人は、まちがいない、アニスに対する悪役令嬢だ、と確信して部屋を出た。

 なんでも、ミシェールの持つ()()()()()()()()によれば、『あくやくれいじょー』なるものは、主人公と敵対する存在で、だいたいちょっと吊り目がちの美人で賢く都会的な人物であり、主人公と恋人を取り合ったり、学力を競い合ったり、激しいバトルを繰り広げたり……する存在であるらしい。

 物語の展開によっては、主人公を倒してしまったり、主人公より主人公していたり、主人公より愛されたりしてしまうらしいのである。


「これは、ぜったい、まちがいない……!」


 アニスと睨み合う(ようにミシェールの角度からは見えていた)セルフィーユを見たミシェールは、その血統書付きの猫のような美しさと堂々とした振る舞いを見て、そう思い込んだ。


「あーんなつよそなびじん、ぜーったい、あくじゃくれいじょーだ……! しかも、『おし』とかいってたっ、()()()()あくやくれいじょーだ……!」


 ミシェールの記憶によれば、()()()()あくやくれいじょーなるものは、あくやくれいじょーよりさらにとんでもない存在であるらしい。

 なんでもこちらの場合は、『物語の先を知っている』場合が多く、己の破滅を回避するために先手を打って主人公を陥れ、世界を自分のものにしてしまうらしい、のである。


「てんせーあくやくれいじょー、だめぜったい……」


 ふたりが話し合う応接間をこっそりと抜け出したミシェールは、玄関で拾ったアニスのストールを身体にぐるぐると巻き付けると、緑色の目をビカビカと光らせる相棒のぬいぐるみ、セオドア二世(通称テディ)を抱きかかえ、庵の裏の森へと足を踏み入れた。

 もちろん、ひとりで森へ向かうことは、アニスにもマーロウにも、きつーく禁止されていることではあった。しかし、()()()()()()()()がさきほどからずーっと叫んでいる『てんせーあくやくれいじょうだめぜったい!』という言葉に突き動かされ、「みしぇがなんとかしなくっちゃ!」と思ったのである。

 

 思い立ったら即実行。

 ミシェールは賢い子どもだが、それでもやっぱり知能は六歳、身体に引きずられがちな感情の方は、三歳くらいなのである。


 だいすきなあにしゅをいじめるやつはぜったいにゆるせないのだ。



『ひとりできたのかい、愛し子よ』

「あいっ!」


 ミシェールがひとりで森に乗り込んで来たのに気がついた森の精霊が、人間臭く苦笑しながら、ミシェールの前に降り立った。

 森は既に半分冬だ。こんな幼い子どもがひとりで奥まで来ようものなら、帰れなくなって悲しいことになるのは目に見えている。

 精霊は愛し子を守るべく、森の浅い場所に舞い降りると、なにやら気炎を上げているミシェールの前にしゃがみ込んだ。


「みしぇがねっ、あにしゅを、たすけるのっ」


 ミシェールは腕の中のテディを高く掲げながら、力強く頷いて、美貌の精霊に宣言した。


「あのね! おーとからあくやくれいじょーがやってきたのっ! しかもっ、てんせーあくやくれーじょーなのっ! あにしゅをいじめに、やってきたに、ちがいないのよっ!」

『あくやくれいじょー、とはなんだい?』


 ミシェールの言葉は、精霊に取っても聞き慣れないものだ。精霊は首を傾げてミシェールに問いかけた。

 ミシェールはテディを掲げたまま、「あのねっ!」と高らかに声を上げる。


「あくやくれーじょーはっ! おはなしで、しゅじんこーの、てきになる、びじんのことなの!」

『ふうん』

「みしぇは、しんけんなのよ!」


 くすくす笑う精霊に、ミシェールはきりっと目を吊り上げて仁王立ちになった。その愛らしさに精霊はいっそう笑みこぼれ、その膨らんだ丸い頬をつんとつつく。


『それで、愛し子は何をしたいのだい?』

「あくやくれいじょーを、だんじゃい、しゅる!」

『ダンジャイ……? 聞いた事のない言葉だね』

「みしぇの、もうひとりの、ことばなの!」

『愛し子は異界の記憶持ちだったね……』


 ミシェールの要領を得ない言葉の由来を思い出し、精霊はひとり頷く。


「では、あくやくれいじょーとやらは、だんじゃい? するとして。君の願いはそれだけ?」

「……あとね。あのね……」


 ミシェルは途端にもじもじとして、精霊の前でくねくねと身をよじった。それから精霊の耳元に近寄ると、小さな掌で耳に手をあて、こそりと呟いた。


「あのね、みしぇ、あにしゅに、おうとにかえんないでほちいの……」


 こそこそと囁かれる言葉に、精霊は慈愛に満ちた笑みを浮かべて浅く頷く。


「あにしゅのまほー、いっぱいみたいし……」


 それから、とミシェールはより一層声を潜めて、精霊に向かって訴える。


「……いっぱいだっこ、してほしいの」


 ミシェールの両親達は、貧しさの中いつも忙しく、ミシェールを抱っこしてくれる時間はほとんどなかった。少し上の姉はおんぶをしてくれたけれど、逸れも温かな抱擁というよりは、あくまで子守、運ぶのに必要だからそうしていた、という感じである。

 そして、師匠のマーロウは、矍鑠とはしているが、枯れ木のような老人でもある。ミシェールを抱っこして移動するには、その腕は細く、腰も頼りない。

 ミシェールはアニスが来て初めて、毎日のように抱っこしてもらえる安心感と喜びを知ったのだ。

 アニスもいつかは王都に帰ってしまうのかもしれないけれど、もう少しだけ、抱っこをして貰える日々を過ごしたい。

 それはミシェールの密かな願いだった。


『……それは、ぜひここにいて貰わなくてはね』


 ミシェールの願いを正確に受け取った精霊は、綺麗な笑みを浮かべてミシェールの頭を撫でた。ミシェールは胸を張って足を踏ん張り、むん! と気合いを入れて精霊を見上げる。


「だから、みしぇは、あくやくれいじょーと、もとかれを、おいだしたい、でしゅ!」

『……なるほどね。それなら、これをあげよう』


 ミシェールの願いを聞き届けた精霊は、ふところからそっと、小さな粒を取り出した。


「なーに?」


 ミシェールがぷくぷくした掌を差し出すと、精霊の指からころんと、茜色の実が転がった。


『これは森の茨の種だよ。これを庭に埋めるか投げつけるといい。森の力をたっぷり浴びているから、そのうち綺麗な花を咲かせるはずだ。それが愛し子の願いを叶えるだろう』

「きれい……!」


 普通の茨の実ではない。

 森の精霊が手を掛けた、特別な茨の実である。

 それは森の中で見るものよりも二回りは大きく、そして宝石のように輝いていた。


「せいれいしゃん、ありあとー!」

『セオドア二世も、愛し子をよく助けるのだよ』


 精霊の言葉に、クマのぬいぐるみはミシェールの隣にすっくと立つと、ぴっと片手をあげてみせた。


 ――ミシェールは、まだ知らない。

 精霊たちは人とは異なる理の中で生きているということを。そして、彼らの『やり口』は、時になかなか過激で、人の常識の範疇など、軽く飛び越えていってしまう、ということを。

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抱っこしてほしいなんて言われたらもう…….!! アニス王都に帰らないでー!
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