表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女はのんびり暮らせない ~装飾魔女のアニス、 恋に見切りをつけて田舎に帰るのこと~  作者: 茉雪ゆえ
王都からの訪問者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/38

王都からの訪問者 1

(わたしは、どうしたいのかなあ……)


 結局。

 その場では話が付かなかったため、後日セージの同僚が到着したらまた話し合いましょうと、話は先送りとなった。その結果、アニスは己の感情を整理しきれずに、庵の中でくすぶっていた。


(やり直せるなら、やり直したい? それともすっぱり、振り切りたい?)


 作業部屋の大きな作業机の上に並べた道具や素材を矯めつ眇めつしながら、アニスはぼんやり、自分の心を省みる。


(ねえアニス、あなたはセージが追いかけてきたこと、厄介だった? ……それとも、嬉しかった?)


 思惑が何であるにせよ、王都から一日半もかかるこの田舎町まで追いかけてきたということは、彼にとっての自分の存在が、小さくはない事の証明にはなるだろう。

 ここしばらく、ぐずぐずと引きずっていた相手だ。そのことが嬉しくないと言えば嘘になる。


(あんな顔もできるって知らなかった頃は、セージが無表情だろうが仏頂面だろうが、何とも思わなかったのになあ……)


 手にしたガラス瓶には、セージの目の色によく似た、銀色の粉が詰まっている。月華蝶と呼ばれる月夜に飛ぶ魔法生物の鱗粉で、インクに混ぜることで魔法陣に夜の属性を付与することができる素材だ。

 その瓶をじっと眺めながら、アニスは目を眇め、細く息を吐いた。


(……自分の前でもあの顔をして欲しい、して貰えないのが悲しい、だなんて! ああ、自分がこんなにジメジメするとは思わなかった! わたし、自分はさっぱりした性格だって思ってたのになあ!)


 瓶を卓上に戻し、アニスは大きく息を吐いて天井を仰ぐと、ぶんぶんと頭を振った。


「ええい! やめやめ! ジメジメと悩んでいてもキノコが発生するだけ! なーんにも解決しないわ! 仕事も山積みになるだけよ!」


 肺の中の空気を入れ換え、言葉を口に出して叫ぶと、胸の中のモヤモヤが少し、さっぱりとした。


「そんなときはさあ仕事! 魔法陣よ、アニス!」


 のんびり暮らしをするのではなかったのか。

 そんな言葉が脳裏をちらりと過るのを、両頬をパチンと叩くことで追い出して、アニスは目の前に広げた道具たち――の横に詰まれた紙を睨んだ。


「ついに、メゾン・ペルルから、デザインの依頼が、来てしまった……」


 希望納期と希望の仕様、予算感が書き込まれた書面を見つめ、アニスは喉の奥で小さく唸った。

 メゾン・ペルルは王都での、アニスのお得意様だ。元々は、それと分からないように魔法陣を仕込む、つまり装飾魔術入りのドレスで人気があるドレスメーカーで、最近はインテリアや小物、文具なども展開している、やり手の商会である。

 ドレスの装飾担当者が、王都に出て日が浅かった頃のアニスが持ち込んだ、花輪を描いた装飾魔法陣を気に入ってくれて、駆け出しの頃から仕事をくれたのだ。いわば、大恩人である。


「メゾン・ペルルからの仕事だけは、断りたくないのよね……。ご恩もあるし、お代も他よりずーっといいし……」


 しばらく休みますと伝えてあるせいか、納期はいつもよりかなり先になっているが、ゆったりとしたスケジュールかと言えばそうでもない。

 何しろここは王都の彼方、素材を取り寄せるのに掛かる日数や青果物を送る日数も考えると、実はそれほどゆとりがないのだ。


「もうしばらくのんびりするつもりだったけど……、王都にいなくてもできるお仕事を回してくれるのは、感謝しかない……」


 そう、アニスがじっとりじめじめ思い悩んでいても、日々は誰に対しても等しく、着実に過ぎてゆくのだ。『導きの小鳥』の増産依頼は日々届き、マーロウのところに来る魔法陣制作の依頼も、今では最初からアニスのところに流れてくるようになった。

 そして今日はついに、王都から仕事の方が追いかけてきた、というわけである。


「……さーあ、今日も魔女の時間ですよー」

「あいっ!」


 アニスがもう一度両頬を叩いて前を向くと、机の向こうでぴょこんとぷくぷくしたおててが、ピッと伸ばされた。机の下を覗き込むと、ミシェールと目が合う。どうやら、ここならば気づかれずにアニスを観察できると思ったようなのだが、思わずうっかり、返事をしてしまったらしい。


「ミシェール……」

「あにしゅの、まほーじん、みたいの……」


 クマを抱きしめながらもじもじと身をひねるミシェールに、アニスは苦笑する。

 この子は部屋を追い出しても、なんとかして戻ってきてしまうだろう。隠れて何かやらかされるよりは、目の届く安全なところに座らせて、ルールを守らせて見学させた方が危険が少ないに違いない。

 アニスは机から少し離れたところに椅子を置き、ふかふかのクッションを置くとその上にミシェールを座らせた。


「いいですか、妹弟子のミシェールさん。魔法陣を描いているときはたとえ下絵でも、うっかり魔力が流れると、突然魔術が発動してしまうことがあります。ミシェールさんもこの前、らくがきの鳥さんからたくさんの鳥さんを呼び出して、師匠にとっても怒られましたね?」

「あい……」


 ごくりと喉を鳴らして、ミシェールは非常に真剣な顔をした。そしてクッションの上で座り直し、こっくりと頷く。


「つまり、らくがきであっても、魔法陣は大変危険なので、勝手に触ってはいけません。突然、くしゃみとかで魔力が溢れてしまうこともあるので、覗き込むのもいけませんよ。そのふたつを守れるなら、そこから見ている事を許します。どうですか?」

「まもるっ!」


 よい子のお返事に、アニスはミシェールの頭を一度かき回すと、机の正面に戻った。

 椅子の背に掛けてあった魔女のローブを羽織り、髪をより高い位置で結び直して、ターバン状のカチューシャで、落ちてくる髪を押さえる。

 それから机の椅子に座ると、軽く目を伏せ、そして開いた。


「おおー……」


 アニスの雰囲気が『お仕事モード』に変わる。ミシェールが小さく感嘆の声を漏らした。


「今日は、王都から追加で依頼が届いた、装飾魔法陣の下絵を描きます」

「あいっ」

「ティーカップとソーサーに、装飾魔法陣を絵付けをするのですって。……何々? 毒物等の検出と、火傷予防の温度調整? でも柄は華やかで、女性達の茶会を彩るようなものが希望。……また、なかなかの難易度のご依頼だわね」


 アニスは大きめの画帳を開き、片手に木炭を持つとしばし目を伏せた。

 カップの縁ならば、帯状のデザインとなる。ソーサーの縁ならば、円形の図案がいいはずだ。

 茶器や銀器に毒物検出の魔術を施したものは、昔からある。戦乱の時代には、王侯貴族の必携品と言われていたらしい。アニスも、王都の博物館などで見たことがあるが、魔術がそのまま刻まれているそれらはかなり仰々しかった。またデザインも硬質になるので、女性の茶会には合わないのだろう。


(あの時代は、警戒している事が分かることが暗殺の抑止に繋がった、って説明書きがあったな……)


 専用のカップを持ち歩かなければならないほど暗殺に怯えていたとは、恐ろしい時代もあったものだ。


(いやでも、ティーカップの依頼があるってことは、今でもそういう事件はあるってこと? 茶葉に毒物が混入、とか探偵小説でしか見たことないけど、現実にあるの? 怖……)


 アニスは小さく身震いし、怖い想像を頭から追い払った。それから目を開き、白い画用紙をじっと見つめる。

 お茶会の裏に潜む闇は一旦置いておいて、今は華やかさを追求しようではないか。


(カップには、土の中の毒を中和する働きがある白雪草の小花、解毒薬によく使われるアサの実と葉、身を守るモチーフはやっぱり薔薇の蔓かな……。温度の調整はソーサー側のデザインに入れよう。暑すぎるお茶を冷ますのに、白雪草のモチーフをこちらにも入れて、ぬるくなりすぎないように、火花草の花も絡めて……)


 アニスが手にしているのは、栗の木の枝を焼いただけの木炭だ。発色するのはもちろん黒のみ、しかしそれが今、アニスの手元に、鮮やかな花園を描き出している。


「ほわあ……」


 覗き込んではいけないと言われたミシェールは椅子の上に立ち上がり、ちらちらと見える画用紙の上に花咲く春の野に、ため息を零した。


(……ここに帰ってきてから、野の草花のモチーフが良く思い浮かぶな。しかも、華々しい花壇の花々より、魔力の効果が強く及ぶんだよね)


 魔女の庭には、薬効のある草花が、無造作に植えられている。王都の庭園のような整然とした美しさは全くないが、思い思いに伸びて生を謳歌する草花は王都のそれよりも魔力が濃く、それを映した魔法陣にも、強い魔力が込められるのだ。


(魔女の薬草と言われてきた草花は、絵に描いても魔力の乗りがいいんだな。いや、逆なのかも。その姿形にさえ魔力のが乗るから『魔女の薬草』っていわれて来たのかも……)


 さらさらと幾つか図案を描き、アニスは木炭をペンに持ち帰ると、幾つかの絵の横に呪文を記して、軽く魔力を流してみる。


 ふわり。


 すると、アニスの手元から、淡い光と共に、優しい風が吹き上がった。アニスの長い赤毛が翼のように開き、光を帯びて優しく輝く。

 それを確認したアニスがもう一度、ペン先を紙に押し当てると、髪を通った魔力はペン先に戻ってきて、アニスの描いた絵の上を軽やかに走った。

 それはまるでレースを編み上げるよう。

 魔力は光となって、花輪の形を描きながらするすると絵を伝い、くるりと一周して始点へと戻ってくる。

 最初と最後が繋がると絵は柔らかく輝いて、それからゆっくりと沈黙した。


「ほわ……」


 目をキラキラと輝かせ、ぱかん、と口を開けたミシェールがこちらを見つめているのを他所に、アニスはふむ、と腕を組んで画用紙を見下ろした。


(うーん。魔力の通りは悪くないけど、思ったより効果がなさそう。それに、貴族の奥さん方のお茶会には、これだとちょっと地味かもしれない……。もっといいモチーフがないか、探すところからした方いいな、これは)


 これはあくまで下書きの下書き、らくがきに毛が生えたようなものだ。しかし、想定の四割程しか効果を発揮しなかったのでは、下書きとしても余り良いできとは言えない。

 アニスは自分の実力にちょっとばかりがっかりしながら立ち上がり、軽く伸びをすると作業部屋を見渡した。アニスが動いたことでミシェールも椅子から滑り降り、とたとたと歩いてくる。


「あにしゅ、おわり?」

「そうね、先に調べ物が必要そう」


 アニスは背伸びをして机を覗き込もうとするミシェールを抱え上げ、すたすたと隣の部屋へ移動した。魔術の資料には、魔法陣などを記したものも多い。作業中の魔力と反応することがないように、書籍などはすぐ隣の部屋に保管されているのだ。


(図書館ほどではないけど、師匠の庵は資料が多いのがいいなあ。賃貸住宅だとどうしても、本を置くのは限界があるし……、そもそも、本って高いもんなあ)


 個人でたくさんの本を持つのは、貴族や富裕層、学者くらいのものだ。何代にも渡って魔女達がコレクションしてきた書物や巻物は、大変な貴重品である。


「ごほんがいっぱい……」

「危ない本もあるから、触らないようにね」

「……あい」


 興味津々で手を出そうとしたミシェールの手を握り、花や薬草の図鑑と毒物の歴史の書物などを手に、今度は居間へと移動した。

 冬の始まりの庭は、黄金の枯れ草と飴色の枯れ葉、落葉し、静謐な気配を見せている木々に彩られ、静かな美しさに満ちている。


(秋冬の森も好きだけれど、貴婦人の茶会ならやっぱり春よねえ……。今が春なら、実際に庭に出て草木を観察するのも良かったかも。ああそうだ、私がここにいた頃に庭の花を描いてたスケッチブック、捨てられてなければどこかにあるはず……)


「ごめんくださいましー!」


 分厚いウールのブランケットが敷かれ、その上に綿がたっぷりのクッションが並べられた、古びた木製のベンチの上にミシェールを下ろしたその時、ガラランという家畜用のベル(この地域ではドアベル代わりに、牛や羊の首に付けるベルをぶら下げている家が多いのである)が鳴った。同時に響いたのは若い女性の声である。


「誰かしら」


 アニスは首を傾げた。聞こえた声に、聞き覚えがなかったのである。

 魔女の庵を訪れる女性は、ほとんどがご近所さんだ。配達は基本的に男性が多いし、マーロウの友人やアニスの姉弟子が訪ねてくることも、滅多にない。

 つまり、聞き慣れない声の女性が訪ねてくることは、極めて希なことなのだ。


「ちょっと出てくるわね。――はあーい!」


 アニスは卓上に本を置き、こくりと頷いたミシェールの頭を軽くなでると、玄関へ向かった。


「どちら様ですかー」


 魔女の庵は特別だ。

 居住者に対して悪意を持つ者は、戸を叩くことができないような、古い魔法陣が設置されている。それが反応していないということは、少なくとも敵意のある者ではないはずである。

 木炭で汚れた指を前掛けで拭いつつ、庵の扉を開けたアニスはしかし、見えたものにおののいてピクリと固まった。そこにいたのは、麦穂のような黄金の髪を秋風に揺らした、美しい女性だったのだ。


(え、誰?)


 ぱちぱちと瞬きし、アニスは目の前の女性を呆然と見つめた。その佇まいはいかにも上品で、上流階級の育ちだと立ち姿からにじみ出ている。装いも今時流行のスリーピースで、

 彼女は戸を開けたアニスを目にするとぱっと瞳を輝かせ、貴族女性らしい美しい礼を取ると可憐な声を張り上げた。


「わたくし、王都から参りました、セルフィーユ・コールラビと申します! あの、装飾魔女のアニス・シードさんはご在宅でしょうか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ