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魔女はのんびり暮らせない ~装飾魔女のアニス、 恋に見切りをつけて田舎に帰るのこと~  作者: 茉雪ゆえ
アニスはのんびり暮らせない

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10/30

アニスはのんびり暮らせない 3

「師匠、ミシェールを見ませんでした?」

「裏庭にいるんじゃないかね?」


 師匠と穏やかな昼下がりを過ごした後。

 医者の勧めるのんびりライフを実行すべく、夕飯を自炊しようとキッチンに向かったアニスは、その途中でいつも飛びついてくるミシェールの姿が見えないことに気がついて首を傾げた。


「ここ数日、夕ご飯の準備には必ず現れて、料理を手伝ってくれているんですよ。でも今日は出てこなくて……」

「外で遊んでいて、寝ちまったのかもしれないねえ」


 お前が小さい頃にはよくあったよ。

 そう言われたアニスは顔をしかめたが、確かにそんな記憶がある。

 あの茂みの中にいるのかもしれないと、アニスは裏庭にまわってミシェールを探した。


「ミシェール? どこにいるのー?」


 しかし、あの茂みにもブランコにも、ミシェールの姿はない。


「おーい、ミシェール? お夕飯を作るよー、もどっておいでー! ……いないなあ。お隣さんのところに行っちゃったのかしら」


 首をひねるアニスに、マーロウも苦い顔をする。


「あの子はやけに森が好きだから、木のうろにでもいるかもしれないね。ちょっと見てくるよ」

「じゃあわたしはお隣さんのところに行ってきます」


 ふたりは手分けして、ミシェールを探す。

 しかし、隣人のところにも、普段子どもたちが遊ぶ森の浅いところにも、ミシェールの姿は見当たらない。隣家の夫婦も探すのを手伝ってくれたが、いくら声を掛けても彼女は出てこなかった。


「まさか、人さらいにあったんじゃ……」

「魔女の弟子に手を出す馬鹿はいないと思いたいがねえ……」


 師弟は顔を見合わせて、互いの顔色の悪さに顔をしかめた。それぞれの脳裏を、最悪の事態が過る。


「……わたし、自警団のとこに行ってきます」

「そうだね。……あたしは念のため、転移の魔法陣を用意しとくよ」

「分かりました」


 アニスは青ざめ着の身着のまま、庵を飛び出し走り出す。その背を見送ったマーロウは庵に戻り、険しい顔をして魔術の準備に取りかかった。



 アニスとマーロウがあちこち駆け回っている、丁度その頃。森の中のミシェールは、絶体絶命の大ピンチを迎えていた。


(お、お、おおかみ……っ!)


 どうしてか、マーロウの張り巡らせた結界を踏み越えてしまったミシェールは、迷いながらもどんどこと森の奥へと進んでしまい、ついに森の支配者である白銀狼と遭遇してしまったのである。


(ど、どどど、どうしようっ……?!)


 小さな小さなミシェールである。自分の数倍あろうかという狼に襲われたら、ひとたまりもない。

 ミシェールはもうひとりの記憶に従って慌てて木に登り、セオドア二世をぎゅっと抱きしめた。


(た、たすけててでぃ!)


 セオドア二世に染みついている魔女たちの匂いに恐れをなしているのか、狼の群れはミシェールの登っている木を取り囲み、唸るばかりである。

 しかし、狼の群れも腹を空かせているのだろう。木から下りてこない良い匂いのする獲物を手にするべく、ドン、ドンと木に体当たりをし始めた。


「びゃあっ!」


 ミシェールは慌てて木にしがみ付いた。その間もミシミシ、ゆらゆらと、太いはずの木は狼によって揺らされる。

 いくら、大人かもしれない人の記憶を持つミシェールでも、その身体は三歳ほどの子どもである。必死に泣き叫ばないように喉を震わせてこらえるが、それもそろそろ限界だった。怖くて怖くてたまらないのだ。

 その時、群れのボスと思われる、ひときわ大きな狼がミシェールのいる木の幹に体当たりをしてきた。


「ああっ」


 必死に木にしがみ付くミシェールの手から、セオドア二世が滑り落ちた。


「てでぃっ! ことりしゃん!!」


 エプロンのリボンも解けてしまい、小鳥のオーナーメントもセオドア二世と一緒に、地面に向かって落ちていく。

 ミシェールが思わず手を伸ばしかけた、その時。


「ギャン!」


 地にたたきつけられた小鳥のオーナーメントが、爆発するように眩く輝き、木にぶつかってきた狼を弾き飛ばした。狼が悲鳴をあげてのたうち回るその間に、刺繍の小鳥は本物の鳥に姿を変え、森から勢いよく飛び出していく。


「にゃに……?」


 そうしていくらもしないうちに――


「ミシェール! 無事かいっ!」

「ミシェール!! 大丈夫ッ?!」


 頼もしい大人の声が複数、ミシェールのもとに現れたのだった。


   *


「師匠ッ! 小鳥が!」


 自警団の青年たちと町や森の中を探し回っていたアニスは、森から弾丸のような勢いで戻ってきた赤い小鳥に悲鳴をあげた。

 小鳥はアニスの前を旋回するとピッピッと鋭く鳴き、するりと小鳥の刺繍に戻る。


「でかした!」


 刺繍の小鳥をアニスが拾い上げたその時、浮かんでいたマーロウが、疾風の勢いで滑り混んできた。


「小鳥のつがいは?」

「ミシェールのところに残っているはずです!」

「なら、たどれるね!」


 マーロウが丸めて持っていた、魔法陣の描かれた魔紙を広げる。


「大魔女様、これは……?」


 アニスの手の中の小鳥の刺繍に目を留めた自警団の団長が、マーロウに問う。


「これはね、ウチの弟子が考えた、迷子捜索の魔法陣だよ」


 マーロウは誇らしげに答えた。

 刺繍に戻った小鳥、これこそが、アニスの仕掛けた魔法陣のひとつ、『導きの小鳥』という、迷子捜索システムである。

 あのアミュレットの刺繍は、ひとつひとつに意味があり、それぞれに小さな魔法陣でもあるのだが、全体でもひとつの魔法陣をなしている。

 それは、持ち主が迷子になってその身に危険が迫ったとき、刺繍の小鳥は実体化して庵に戻り、つがい――裏面に刺繍された小鳥の居場所を伝えるという、たいへん複雑な魔術を込めたものだった。


「この小鳥の対になる小鳥を、うちのチビが持っているはずだ。こっちの小鳥があれば、あたしの魔法陣でそこまで跳ぶことができる」

「それはまた……」


 とんでもない魔術なのではないか、と言いたげな団長に、マーロウは声を尖らせた。


「詳しい説明は、後日にさせとくれ。――アニス、行くよ!」

「はいっ!」


 転移の魔法陣を発動させながら、マーロウが団長を睨み上げる。


「ああ、お待ち下さいお供しますよ!!」


 転移の魔術の発動しつつある陣に、腕に覚えのある団員たちが武器を携え乗ってくる。そうして陣がひときわ強く光ると、もののふ達とマーロウ師弟は、その場から姿を消していたのだった。



「ミシェールっ!」

「うわああああああん!」


 転移した先でその瞬間、事態を把握した魔女達と自警団員は、それぞれの武器や魔術を用い、あっという間に狼たちを追い払った。

 特に、弟子を襲われたマーロウの怒りは深く、彼女は杖に雷をまとわせて、狼たちが尻尾を巻いて逃げ出して、二度とこの辺りには現れないのではないかと思うほどの、はげしい攻撃を加えた。勿論アニスも参戦はしたが、マーロウの活躍が凄まじく、幸か不幸か彼女の出番はほとんどなかったのだった。


「よかった、無事ね?!」

「うわああああああああああああん!」


 そして、狼たちが姿を消し、大人たちの姿を目にしたことで、木の上のミシェールは一気に決壊した。我慢していたものが上からも下からも溢れて、大変なことになっている。


 アニスがミシェールを木から抱き下ろし、地面に落ちていたセオドア二世を拾い上げて差し出すと、ミシェールはセオドア二世ごとアニスに抱きついて、大音声で泣きわめいた。


「こわ、こわかっ、こわかったよぉおおおお……! こ、こと、ことりしゃんが……ことりしゃんがああ! ばくはちゅしたぁあ……!!」


 結界を発動し、実態のある小鳥に変わるとき、刺繍の小鳥はどうしても、元のオーナーメントから引きちぎられて飛び立つことになる。

 中に摘めた綿が飛び散って、結界が展開したところが、爆発したように見えたのだろう。アニスはにっこりして、「ああよかった、導きの小鳥は上手く働いたんだね」と胸を撫で下ろしたが、ミシェールは力一杯左右に首を振った。


「よくないいいい……!」

「大丈夫大丈夫、また作ってあげるから。それに小鳥さんのお仕事は、ミシェールを守ることだからね」

「みしぇのことりしゃんがあああああ……!」


 狼に襲われた恐怖に加え、初めて手にした素敵なものがあっさり消えてしまったことが、大変にショックだったのだろう。

 ミシェールはアニスに抱かれたまましばらく大声で泣き続け、庵に連れ帰られる頃には、泣き疲れて眠ってしまったのだった。



「……ええと、師匠。これは、なんです?」


 ミシェール迷子事件のその翌日。


 森の奥へは絶対にひとりでは行ってはいけないと、マーロウとアニスによる左右からのみっちりとしたお説教を受けたミシェールは、洗濯されたセオドア二世と共に庭の隅で萎れていた。

 小さな子どもから目を離した自分も悪かったと反省したアニスは、オニキスに慰められているミシェールを眺めながら、今日も窓辺で手を動かしている。

 それはもちろん、ミシェールのための小鳥のオーナーメントを、改めて作るためだ。

 オーナーメントを失ってしまったミシェールが余りにも嘆くものだから、できるだけ同じ色の糸と石を使って、元の小鳥に近いものを再現しようと頑張っているのである。


「お前に仕事だよ。しばらくここにいるなら、丁度いいだろう?」


 そんなアニスの前に、外出から戻ったマーロウが差し出したのは、何やら分厚い紙の束である。

 不穏な気配のその紙の一枚一枚には、『注文書』なる文字列が躍っており、アニスは鼻の上に皺を寄せて、師匠の顔をそっと見上げた。


「あの、なんか量が、多くないかしら?」

「お前の『導きの小鳥』を見ていた自警団の奴らが、ずいぶんと話題にしたみたいでねえ。さっき、自警団に礼を言いに行ったら、誰も彼もが『アレが欲しい、子どもに持たせたい』『遠方に旅立つ家族に持たせたい』とか言うんだよ。せっかくだから、注文書を書かせてきた」


 どこか誇らしげに言うマーロウに、アニスはこめかみをぐりぐりと押して押し寄せる頭痛をこらえた。


「……師匠。わたしは身体と心を癒やすために、ここでのんびり過ごすつもりなんですけど……?」


 弟子として、師に誇って貰える事はとても嬉しいのだが、この量のアミュレットを作るには、そこそこの時間が掛かりそうだ。

 そうこぼしたアニスに、マーロウはふふんと鼻を鳴らしてにやりと口の端をもたげた。


「いくらここが田舎だと言っても、何かと先立つものは必要だろう? 魔法陣屋は求められる内が花だよ。顔色も良くなってきたようだし、いつまでもへこんでないで無理しない程度に頑張りな。なあに、心配しなくとも費用はきっちりもらってやるから」


 そう笑んで背を向けるマーロウの背を睨み、アニスは幾つかの注文書をめくり見て、深い息を吐いた。

 どの注文書にも、親しい人を思う人の心が温かく溢れている。王都での依頼に多かった「誰よりも輝いて見える装飾を」「あの人よりも人目を惹ける魔法を」なんてものよりは、ずっと好みの仕事だ。

 ――それでも。


「……のんびり暮らしって、難しいんだな……」


 思わずぼやいてしまうのは、仕方があるまい。

 注文書の束を抱きしめつつ、アニスは大きな息を吐いて、椅子の背もたれにぐったりともたれかかったのだった。


 なお、それから遠くない未来に、この『導きの小鳥』はこの地域のちょっとした特産品となり、ミシェールの妄想の一部が現実になったりもするのだが……それはまた、別の機会に。

今回のメインストーリーはここまで。

あとは28日、29日にオマケの2話(1話のつもりが1個増えました……)を更新して、今回はおしまいです。


それではみなさま、ハッピーホリデー!

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― 新着の感想 ―
茉雪ゆえさんの作品は、しっかり作り込まれているのが面白く、楽しく読ませていただいています。 今回も更新を首を長く待ちながら、毎回楽しんでいます。 良いお年をお迎えいただき、新年も引き続き宜しくお願…
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