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結婚以降思いもしなかった招待などについて

私はあまり夜会には出ない。そもそも私を旦那様は夜会に出す予定があるのかないのかわからないのだ。

それって社交界的にどうなのか、貴族的にどうなのかと言う事もあるだろうけれども、無い話ではなかったのだ。

基本的にそういう状態になるのは、奥さんが病気がちとか体が弱いとか、そういう事情で表にあまり出たくない事情があるからだ。

私はそういう事はなにも無い、なんなら社交界にもデビューはしたのだ。

しかし結婚した後、まだ社交のシーズンが来なかった……何しろ結婚式を執り行ったのは社交界シーズンが終わったばかりの時期、まだ季節は一巡りしていない……からだ。

そもそも、社交シーズン以外の夜会は招待を受けた人間が出席するわけで、育ちゆえに知人も人脈もなにも無しだった私は、誰かから招待状をもらえる人間ではなかったのだ。

それゆえに、別に今の状態で夜会に出るって事をしなくても、私が変人というわけではないよな、と思って暮らしてきたのだ。

しかし。


「こればっかりは欠席できない招待状……」


数日前に届けられた、結婚式の招待状を横目で見て私は呟いた。

この結婚式の招待状、誰からのかというと。


「義姉様の結婚式って……赤ちゃんが生まれてすぐって事だけれど……まあ結婚式をしないと、赤ちゃん私生児になるからな……」


私から婚約者を寝取った義姉からだ。

彼女が結婚を急ぐのには理由がある。

未婚の女性が産んだ子供はどれだけの身分の母親でも、私生児。周りから後ろ指を指される育ちになってしまうのだ。

そもそもできちゃった結婚を、貴族の女性はしないのが普通なので……いかに義姉様が私の旦那様との結婚が嫌で、私の婚約者を寝取り、婚約破棄の流れにしたかがわかる。

だがしかし。


「事情が事情だから、面の皮がよほど厚くなきゃ私を招待なんて出来やしないのでは……」


結婚が嫌。それはわかる。その部分だけはわかる。

でも。

結婚が嫌、だから異母妹の婚約者を寝取って妊娠して奪って、異母妹に自分の結婚相手を押しつけちゃおう。

なんて事をしやがって、なのに

異母妹達夫婦を、結婚式に招待しちゃおう。

なんて考えるか? どういう考え方でそうなる?


「絶対に私への嫌がらせだろう。としか思えない状況」


義姉様達は私が不幸な結婚をしたと思って居るだろうから、自分の幸せな結婚を見せたいと言うようにしか思えない。

あの人達は私を見下しているのだから。


「……今はとにかく、仕事をしなくちゃ」


私はいったん招待状を脇に置いて、家の事を行うべく立ち上がった。

家の事が満足に出来なくちゃ、貴族の奥方様は務まらないのだから。





「今日も旦那様が早く帰ってきてやったぜ」


「お帰りなさい。深酒はしていらっしゃらないようでうれしいですよ」


私は旦那様がかまってちゃんのさみしがりの側面を持つと、いい加減に自覚したので、できる限りお出迎えという奴をしてあげる事にしたのだ。

事実、私が使用人達を引き連れてお出迎えをしに行くと、旦那様は目を瞬かせた後に、うれしそうに……うれしそうに笑った。

旦那様の面は非常に整った、男性的かつ貴族的、王族と言われても違和感のない造作らしいので、その顔がうれしそうに笑うのは、綺麗と言って良かった。

山賊のうるさい笑顔ばかり見てきた私にとっては、どれだけ旦那様が粗野と言う事を言われても、上品にしか見えないのだが。


「ちゃんとお出迎えする心づもりがあって結構じゃねえか、嫁の心得ってのを持ち始めたんだろ」


「あなたが非常識なお時間にお帰りにならなければ、お出迎えくらいしますよ。あなた今までのお帰りのお時間をご自分で考えてみてはいかがですか?」


「顔合わせた途端にお説教かよ。お前はおれのお袋か。……お袋の方がお説教しねえな」


冗談めかしていった旦那様が、ちょっと思い出した様に言った時、私はあきれたという調子でこう言った。


「夫の間違った道を正す手伝いをするのも、妻の心得ですよ。ご両親がご隠居なさった後に、夫の間違いを止める権利を持つのは、妻以外にいると思いますか? 誰しも彼しもぽんぽんとクビするあなたの様な方への注意を、忠誠心が厚いとはいえ使用人にさせられると思われますか?」


人前なので口調は丁寧にしておく。説教の中身はいつもの物に近い。


「説教がなげえな……」


「長いと思われるのは、あなたに自分のやってきた事への後ろめたさがあるからですよ。……夕食はどこかでおとりになりましたか?」


「仕事上がりで食ってねえよ」


「承知いたしました。少しお待ちくださいね」


「早くしろよ」


「また、山賊みたいな事を」


なんだか懐かしい台詞を聞いて、私はちょっと笑ってから、旦那様を晩餐室に案内させて、急ぎ厨房にむかったのだった。



「あら、何が起きたのですか? 料理人達の空気が悪いですよ」


「あ、奥様! 料理人達がお夕食の方向性で対立して……まだお支度がほとんど整っておらず……」


はらはらしていたのは、皿洗いの見習いの少年で、事情を説明出来たのは、暴力といとわない空気になりつつある人々から、ちょっと遠くに居たからだ。


「あなた達」


私は公爵家夫人として、威儀を正して彼等に声をかけた。

彼等は一触即発の空気だったが、私の方を見てはっと我に返った様子だ。

そして時計の方を見て、顔色を思い切り悪くした。

夕食の時間は公爵家では決められている事。その時刻まではまだ少しあるけれども、しかしきちんとした準備をして下ごしらえをして、公爵家らしい夕飯を準備できる程、時刻に余裕があるわけがない。

彼等が青ざめるのは道理なのだ。


「お、奥様……」


「こ、これはこれは」


「旦那様がお夕食をとられます。支度は?」


そこで料理人達がざわめく。誰彼かまわず、気に入らなければ紹介状も書かずにクビにすると有名な旦那様が、今まで遊び歩いていたからお夕食の時間に間に合う頃に居る事なんてほとんど無かったのに、今、この状況の中、旦那様が帰ってきていて夕飯を待っている。


準備がどうあがいても間に合わない!


彼等の心が読めるようだ。私はまわりを見回して、大きく息を吐き出してから彼等に命じた。


「急いで野菜をみじん切りにしなさい。それからフォンをとる支度をしなさい」


「奥様! 今からフォンなんて時間がありません!」


「口答えをしないで! 責任は私がとります。早くしなさい」


私は鋭い声で命じ、その言葉に血の気が引いた状態の料理人達が動き出す。

彼等にとって、紹介状を書かれずに追い出される事こそ恐怖だ。

紹介状は履歴書ともいえる。他の職場に行く時に、それがなければ自分の腕前を評価してもらえない。


「パンを用意しなさい」


「発酵時間が足りません!」


「焼く時間もありません!」


「二度目ですよ、口答えをしない!」


私は厨房で怒鳴るように指示を飛ばしていく。あと十五分。


「発酵時間は十倍。煮込みの時間は四十倍。お肉の漬け込みの時間は五倍」


私は彼等の支度した物に、魔数術をかけていく。

目算で発酵を完了させる。フォンは必要な時間と同じだけ煮込めた。漬け込みも大丈夫。


「術を解除。……焼く支度に移って。スープの仕上げを。できあがり次第、マナーに則って旦那様にお出ししなさい!」


「はいぃ!!」


私の指示に、料理長まで泡を吹く勢いで動く。

そして、夕食の時刻。鳩時計が鳴り、厨房から銀のワゴンで晩餐室に、料理が運ばれていくその時。


「あの……奥様……」


旦那様をなだめていたアーノルドさんが現れて、こう言った。


「旦那様が、奥様とご夕食をとらないのはおかしいとおっしゃっておりまして……来ていただけますか?」


「わかりました。ちょうど準備も一段落したところです。……皆さん、もう大丈夫ですね?」


「はい!」


私の確認に、料理長達が頷く。

そこで私は、旦那様の元にむかったのだが。


「おい、粉まみれじゃねえの。何してんだよ」


「お夕食のお支度の指揮ですよ」


「貴族の奥方様が手を動かすなよ」


「事情という物があるのですよ」


「これからはおれが夕飯をとると言ったら、お前も同じ席で取れ」


「あらあら、今までのあれこれを考えると、ずいぶん虫の良い事をおっしゃって」


私はあきれた調子を隠せずに言うと、旦那様がにやにやと笑った。


「そんな夫でもお前の夫だぜ」


「はいはい」


そして、私が若干粉まみれという所以外は、時刻に忠実に夕食は進み、旦那様が怒り狂って誰かをクビにするという事件は回避され、夕食は無事に終わったのだった。


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