お茶会の後の想定外の効果について
「……なんかわけがわからなねえんだが」
旦那様のその発言を聞いた私も同意した。
「旦那様とはじめて意見が一致したように思います」
「だよなあ」
私はそう言って、不思議がっている旦那様と顔を見合わせた後にこう言った。
「私、旦那様から溺愛されているって言う評判になったんですけど」
「おれの方は奥さんをめちゃくちゃ大事にしているって話になって、今まで遊んでた奴らから遠巻きにされるようになったんだが」
「どこにその要素があったんでしょうか」
「あれじゃねえの、おれが下書きしたドレスで、お前がおめかしして王女様のお茶会に出たから」
「他に今までと変わった要素はありませんから、その可能性が高いんですけれど……旦那様、女性達の間で、”妻がひときわ美しくなるようにてづから衣装を考える、ものすごい溺愛している人”という評判になってるんですよ。それまでの旦那様の悪評を上塗りする勢いで」
「こっちも似たような感じだぜ。お前を大事にしているって話が出回ってから、誰も遊びの誘いをしに来ない。おれの方から誘っても、悪い冗談ってノリになっていると言うか、遠巻きにされてる」
「旦那様、生活習慣が変わって健康的になるんじゃありませんか?」
「お前言うよなあ」
「旦那様が夜更けを越えても遊びほうけているせいで、どれだけ寝不足のお顔をしていたかの自覚がなさそうでしたが。最近は普通の時間に眠っていらっしゃるから、顔色が良くなって目の下の隈も薄れて健康的ですよ」
「おれの楽しみの方は無視かよ」
「健康でなければ楽しみは心からの楽しみになりません」
「……お前本当に、おれにむかって遠慮無しに言うよな」
「私はあなたの妻なのですから、あなたの健康の事を他の誰が遠慮無く言うんですか」
私が心の底から思った事を口にすると、旦那様は口を閉ざした。
そう。
色々な状況が変わっていったのは、私が旦那様が下書きをして仕立屋の皆さんに作ってもらった衣装やそれに似合った装飾品を身にまとって、王女様主催のお茶会に参加した後からなのだ。
お茶会では、贈った季節のお花の中でもとにかく見事な物に対しての賞賛の他に、私のよそおいに関しての事が飛び交った。
「本当に公爵夫人のためだけに誂えられたようなデザインですわ」
「斬新な部分もあるのに、とても調和していて素晴らしいです……どこの仕立屋で頼んだのですか?」
なんて事を言われまくり、それに対してはちょっと言葉を濁していた私に対して、王女様がにこやかに微笑んでからこう問いかけてきたのだ。
「私も自分のためだけに誂えられた、完璧なドレスを着たいわ。どこのどなたにお願いをしたのですか?」
王女様は礼儀という物を熟知している事もあり、基本的に誰にでも敬語でお話になる。その丁寧さがいっそう彼女の美質を強調していると言っても良い。王女様は国一番の乙女なのだ。
そんな彼女に問いかけられたら、答えない訳にはいかない。私は仕方が無いので正直に。
「公爵様がデザイン画を描き下ろしてくださいました」
そう答えたのだ。そもそもデザイン画を描く人は貴族よりも階級が低い立場とされやすいので、旦那様の評判を落とす可能性もあったが……王女様の言葉に逆らう訳にも行かない。
そのための返答を聞いて、その場にいた女性達がざわめいた後に心底うらやましいという態度で言い始めたのだ。
「素敵ですわ! 愛する夫人のために、てづから考えてくださるなんて!」
「夫人をいつも愛情のこもった視線で見なければ、こんなに素敵なドレスを思いつくわけがありませんわ!」
「愛する人が一番、似合う衣装などを理解しているというのは誠ですわね……」
皆さんが思っていた以上に好意的にそう言い出して、いかに自分の旦那様がそう言ったところは適当かという愚痴が始まり……私はお茶会が終わる頃には、夫から溺愛されている公爵夫人、と言う肩書きになっていたのだ。
「愛は人を変える物ですね」
「あれだけ悪い噂のあったお方だったのに……最近はそう言った話題もかなり減ったご様子でしたし」
「夫人の事を思うと、悪い事など出来ないと言うわけでしょうね」
「私もそれだけ愛してくださる方と結婚したいですわ」
既婚者も未婚の女性も、私のように愛されたいといい、お茶会は何故か、公爵夫人がうらやましくなってしまう会、という形になってしまったのだった。
「そのせいか……」
一部始終を聞いた旦那様がうめいたが、なんとも言えない声でこういう。
「自分の嫁以外の誰に、自分好みの自分が一番似合うと思う衣装を作らせるんだよ」
「愛人とか」
「それで嫁さんないがしろにしたら本末転倒だろ。だいたい愛人ってのは、嫁さんに気付かれないように抱えるのがマナーだぜ。それが夫婦円満って事だ」
「そもそも愛人を抱えるのが問題では」
「そこら辺は意見が分かれるだろうよ。じじいどもの多くは、愛人の一人くらいを抱えていっぱしの男とか言う、変な妄想にとりつかれてるんだから」
「王家がそもそも、複数のお妃様を抱えることが合法だからでしょうね」
「あれか、高貴なお方がそうしているのだから我々も右にならえっていう」
「でしょうねえ。そもそも王家が複数のお妃様を抱えるのだって、権力のバランスのためと聞きますけれども」
「お妃一人だと、権力がお妃の実家に集中しやすくて国が傾きやすいって言うのが、この国の歴史が証明している事実だぜ」
……私は意外な思いを抱いていた。旦那様とこんな風に会話が出来る事は珍しかったのだ。
何せ今まで、朝から晩まで活動時間が被らず、お互いの仕事をしていて顔を合わせない事が多く、ゆっくり会話する事なんてなかったのだ。
しかし、旦那様が夜の遊びの誘いをもらわなくなった結果、こうして一日の仕事の時間が終わって、身ぎれいにした後にゆっくりと、会話する時間が出来たわけだ。
「不思議ですね」
「何言ってんだ急に」
「こうして旦那様とおしゃべりが出来る時間が出来た事が、急にとても不思議になったんです」
「ふーん」
旦那様はわけがわからないという調子だったものの、あくびをしてから寝台にごろりと寝転がり、こう言った。
「やる事無くて暇だから寝ちまおうぜ」
「はい。明かりの燃料も無駄には出来ませんからね」
私はそう言って長椅子に寝転がろうとして……目をすがめた旦那様に抱えられて、寝台の方に転がされた。
「……え?」
「どこの世の中に、奥さん長椅子で自分は寝台とか言うやべえ旦那がいるんだよ」
「一緒に寝る経験はいらないかと」
「あのなあ……子作りする時どうすんだ」
「それはまだ私達には早い話では?」
私は旦那様の方に子作りの意思がまだ芽生えていないと思っていた。
何しろそういう事をするような時間に、いつも遊びほうけて居なかったから。
しかしちょっと違ったらしい。
「骨と皮と子供作る事したら、骨が折れるだろうが。男を受け入れるってのは、女にとって負担なんだぜ」
「そういう商売が成り立つんですから、それなりに体力の必要な行為ではありそうですが」
「まだ骨と皮だから、もっと肉がついて体の負担にならなくなってからだぜ、そういうのは。でもお前、恥ずかしくなったら威力何倍とかやって叩いてくるだろ。そうなったらおれが死ぬ」
「死ぬほどは……」
「股間握りつぶされてみろ、絶対に男として死ぬ」
「ああ……」
あり得そうな話のような気がして、私は旦那様に同意してしまい……その日は何もしなかったけれども、同じ寝台で旦那様と眠ったのだった。




