意外なる旦那様の才能に関して
お茶会のご招待があった。これはありふれた話だ。少なくとも私が実家ではほとんど呼ばれなかった物ではあるわけだが、それは私を世間に出したくなかった両親と、姉や兄の意向によるものと言って良いだろう。
生まれが生まれである私を、父と義母は出したくなかったのだ。第二夫人という言い方が正しいのかわからないほどの相手との、接待の結果生まれた私を、世間の明るいところに起きたくなかった人々の考えの結果とも言える。
こうして結婚しなければ、お茶会の誘いなど握りつぶされていたに違いない。
私にとってはとても少ない経験しか無いお茶会だ。お茶会の作法というものは家庭教師である今では友人と言って差し支えのない彼女から、みっちりはっきりたたき込まれている物の、何を用意して何を手土産にして……と考えるときりが無い。
そして公爵家夫人をご招待出来る人というのは限られており、なんとこの国の王女様が主催しておられるわけである。目上の人を招待する事はあまり出来ない事とされているし、出来るのは相手と私的にとても親しい場合に限られる。
表舞台にはデビュタントくらいでしか出てこなかった私は、なんとも言えない事にこうして公爵家夫人の身の上になったので、私が呼ばれていくのはもっと目上の方の所……結果的に王女様の所しかあり得ないのである。
「ううん」
「ああ? どーしたぁ?」
「旦那様、お酒くさいからもっと距離置いて」
「うるせえなぁ、せーっかく旦那様が男同士の付き合いを早く切り上げて帰ってきたってのによぉ」
「お酒を飲み過ぎて羽目を外しそうになって、お目付役の護衛の方に肩を借りる状態で帰ってきて何を言うの。あきれた」
「おまえはぁ! そーいう時に褒めろよ! もっとおれを褒めろ!」
旦那様がとても珍しい事に、結婚してから初めて、まともな時間に帰宅してきたその日は、ちょうどお茶会のお誘いのお手紙が来た日で、王女様のお誘いを断る事はあり得ないので、出席は決定系で、ただ準備に悩んでいたのだ。
そんな頭を悩ませている私などどうでも良さそうに、長椅子にぐだっとだらしなく寝転がり、旦那様がぎゃあすかとわめいている。
元々酔っ払うとうるさい人なので、右から左に流せるけれども、こんなにかまってちゃんだったとは思わなかった。
護衛の人もきっとかまってちゃんの暴走に付き合って大変だろう。特別手当は必要だろうかと頭の片隅でちょっと思ってしまった。
「でぇー? 悩んでんのなんだよ」
酔っ払った旦那様が、おっさんくさいかけ声とともに起き上がって、私的な綺麗な装飾の机の上で、あれこれとリストを作ろうとしている私を背後から見下ろす。
私は反射的に背後をとられた結果、肘を思い切り相手にたたき込んでしまった。
「ぐうっ」
まさかの攻撃だったのだろうか。旦那様がうめくけれども、威力を倍にもしていない私の腕力では威力にたかがしれている。
すぐに復活してきて、私の見ている招待状その他を見た様子だった。
「こんなの、おめかしして、手土産は良い感じの花とかでいいだろ。物なんざ王女様は全てにおいて超一流、下手な物渡す方がはずかしいぜ。その点季節の花はいいよなぁ、盛りの花ってだけで話題になるぜ。こんなのの話題のネタにちょうど良いのはそういうのだろ」
……あんまりろれつの回っていない会話をしていたと思ったのに、旦那様の言葉はその時だけまともで、その後は
「おまえはぁ、ひんそーでおめかししてもぉ、あれだけどなあ、うひひひ」
等という、こちらに対してかなり失礼な発言をして、寝入ってしまったのだ。
「……」
私は腕力を五倍に上げて、旦那様をとりあえず寝室の寝台の上に寝かせて、それからちょっと考えた。
「言い出しっぺは旦那様なんだから」
言い出しっぺに色々付き合ってもらうのも、いいだろう。
「恨むなら自分の発言を恨んでね、旦那様」
こう言った物がよくわからない妻に、無責任に助言なんかするからこうなるのよ。
私は、見た目だけならとても上等な人を見下ろしてから、一緒の寝台に寝るなんてとんでもないから、長椅子に座って目を閉じた。
山賊のねぐら時代が長い私にとって、長椅子は寝ていても体が痛くならない素敵な仕様と言って良かった。
「とても仲がよろしかったんですね」
翌日、旦那様の仕事の空き時間を狙って私は彼に突撃を噛まし、王女様主催のお茶会に着ていく衣装を新しく仕立てたいから、付き合うようにと旦那様に断言した。
「何言ってんだよ」
「あなたが昨日、私におめかししろとおっしゃったんですよ。ならば責任をとって旦那様の基準でのおめかしを教えてくださいな!」
これをそばで聞いていたアーノルドさんは絶句していたが、真顔になって旦那様にこう言った。
「旦那様、これは喜ばしい事ですよ。普通の奥様は、衣装の事になると夫の意見など何も聞かずにあれこれ決めておられますからね。ご友人方にもとても自慢できますよ」
「自慢できるのか? たかだか衣装を選ぶのを手伝うだけで?」
「はい。奥様が旦那様の事をとてもとても重んじていると、ご友人方に自慢できる話になります」
さすがアーノルドさんは優秀な人だから、普段私の事を気にしてくれている分、こちらに加勢してくれているらしい。
私はここぞとばかりに身を乗り出した。
「旦那様、私は侯爵夫人としてふさわしいお茶会の衣装を、旦那様の基準でどうしても知りたいのです。旦那様の恥ずかしい妻になりたく有りません」
「ふうん」
そんな物か、と言いたそうな旦那様が頷いて、そしてあっという間にお抱えの仕立屋やその他の十人近い関係者が一瞬で呼び出されて、私の衣装を決めるファッションショーもどきが始められたのである。
私にはどれも綺羅の世界の美しい物だったのに、旦那様は乗り気でも無かったのに非常に口を挟んできた。
「それはそうじゃない」
「そっちは色が良くない」
「それは裾が無粋だ」
着ている私はどれも綺麗だと思うのに、旦那様はああだこうだとどれにも難癖をつけていく。
そしてややあってこう言った。
「おい、下書きしてやるからそれに合わせて一から仕立てろ」
「は、はいっ!?」
旦那様が自分が衣装の下書きをするなんて言い出した時、仕立屋の人達関係者は……息をのんだのか、何かわからないけれども空気が確かに変わったのだ。
そして目を輝かせて、先述の通りに私に言ってきたのである。
「そうかしら?」
「はい! 奥様のお召し物を自分が考えるなんて、愛でしょう、愛!」
「なんて素敵な夫婦仲なのでしょう」
「奥様はとても愛されていらっしゃいますね!」
関係者達が口々にそう言うけれども、素人の下書きなのだから、それから作る仕立屋の人達関係者の腕がとてもいいのでは? と内心で思ってしまったのであった。
そうして下書きを用意してこれの通りに作れ、これ以上に作れ、と言われた皆様が、お茶会の数日前に完成したそれらを持ってきて、私はまたファッションショーもどきをしたのだが……思った以上に体が楽で、素敵なものに仕上がったので、旦那様って服飾の才能もあったのか、あんなだめ人間なのに、とちょっと見直しそうになったのであった。
これが騒ぎを引き起こすなんて、想定外だったけれども。




