平均的な夜中から朝にかけての夫婦
見切り発車でとんでも夫婦の話をスタートさせます!
その日の夜も、旦那は自宅に戻ってくる気配さえ見せなかった。
「奥様……旦那様はまだお戻りになられておりません……」
そんな事を、心底申し訳なさそうに言うのは家令の男性で、自分の仕えている雇い主が、その妻に対してあまりにも不誠実ではないだろうか、と憤っている節がある。
「奥様は毎晩、旦那様のためにお夕食を待ち続け、寝室で旦那様をお待ちになっていらっしゃるというのに……!! 新婚だというのに、旦那様はあまりにも奥様をないがしろにし過ぎていらっしゃる!!」
そのないがしろにされていると思っている奥様に対しても、丁寧で礼節を保った扱いを続けてくれているあなた方、使用人の方々がすごいと思います、と私は内心で思いつつ、表面上は穏やかな顔をして、仕方がないのよと言う風を装い、家令の男性、アーノルドにこう言った。
「大丈夫ですよ、アーノルドさん。明け方までにはお帰りになるでしょうから。旦那様がお帰りになられたら、きっとお疲れでしょうから、湯殿やそのほかの手配を速やかに行っていただければ問題ありませんよ」
「奥様は寛大に過ぎます!! このアーノルド、今度こそ旦那様にびしっと」
「だめですよアーノルドさん。旦那様は気に入らない人を直ぐに辞めさせたり追い出したりなさるでしょう? アーノルドさんほどの人でも、旦那様は容赦しないと思いますから」
「奥様、しかし!」
「私の事なら大丈夫ですよ。ね」
私は本当は眠くてたまらないのだが、欠伸を押し殺して、ぐっと我慢して表面上は穏やかでよくできた奥方様を装い、今度こそびしっと旦那様を叱るのだと息巻くアーノルドさんをなだめた。
いや、本当に、アーノルドさんがやめるとこちらに色々支障をきたすわけで、やめさせられたり追い出されてしまったりしたら困るのだ。
そのため、私はこうしてやめてもらったら困る人達を説得しつつ、今日も一人広い寝台を独り占めして悠々と就寝するわけであった。
この時間より後に眠ると、これから起きるであろう事に対抗できないので、他に選択の余地はないのである。
そして、広くて快適で清潔な、二人分以上の面積を持っているだろう豪華な寝台で、一人ぐっすりと眠っていた私は、どかどかという乱暴な足音が近付いてきた事で目を覚まし、そっと身構えた。
本当はまだ眠たい。今は何時だとこれまたお家のものとは思えないような、立派で豪華な置時計の方を見ると、やはり明け方、結局旦那様は夜明前に戻ってこなかったのだなと思った。
あの人いつ寝ているんだろう。
そう思いつつ、私は寝台で身構え、そして。
これまた寝ている人間の事など何一つ考えていないような、やたらに大きな音を立てて、いいや大きな音を立てるのが目的じゃないか、と思う様な音を立てさせて、誰かがどかどかと足音を隠そうともせずに室内に入ってくる。
ちなみにここはこの屋敷の主人の寝室なので、使用人たちはこんな風に入って来る事は出来ないし、両親だって入って来られない。
時間も時間だ。普通の人間はまだ夢の中のような時間帯なので、こんな迷惑千万な音とともに室内に入る非常識は滅多に存在しない。
そう、滅多に存在しないだけで、全く存在していないわけでない所が問題なのである……
どかどかと乱暴な足音を立てて、ばさばさと布が動く騒々しい音を立てて、誰かが寝台に近付いてきて、私の肩をこれまた遠慮などない調子で掴んで揺さぶり始める。
「おう、旦那様がお帰りだってのに、嫁が何ぐうぐう寝入ってんだよ! ここはお帰りなさいって出迎えに来るところだろうって何度も言ってるじゃないか!」
揺さぶった挙句にそんな暴言を立て続けにまくしたてた相手に対して、私はすぐさま起き上がり、起き上がりざまに寝台の上に立ち上がり、体勢を整えて、一気に自分の拳の威力を
「威力十倍」
と強化し、相手の体に叩き込んだのだ。
そして。
「防音二十倍! ……時間を考えて帰って来いってなんべん言えば理解するんだこの脳みそ豆サイズ男!! 普通は寝てるんだよ!! あんたみたいに徹夜で遊び惚けてる人の方が少数だわ!! あたし何回も、日付をまたぐ前に帰って来いって言ってるでしょうがああああああ!!」
叩き込まれた拳の威力でうずくまって呻いている男に、寝台に仁王立ちになって怒鳴り、うめく馬鹿を見下ろして、指を突きつけて言うわけである。
「お帰りなさいって言われるのが憧れなら、もっとまっとうな時間に帰ってこい!!」
「ほんとうるせえ女……なんでこんなのが俺の嫁さんなんだか……もっとお淑やかでお上品で楚々としたのがよかったぜ……」
「ふん! そんな素敵な相手に縁談を持ちかけても、皆さっさと別のもっといい人と婚約してて出遅れたくせに! なーにを言ってるんだか!」
うめいた後にぶうぶうと私に対しての不平不満を言う男に、私は現実というものを突き付け、欠伸をしてから寝台を降りて、まだ拳の威力のせいで立ち上がれない男に近付き、こう言ったのである。
「徹夜でお帰りになられたんだから、さっさと清潔になって、お休みになられてください。朝食の時間までだったら、休めるから」
「ほんとお前何でいつも飴と鞭をやりやがるんだ……」
「まだ痛む? やっぱり八倍以上にあげちゃだめか……」
「お前本当に、その魔数術の使い方極めてて信じらんねえ……」
「そこまで言えるなら大丈夫ね。私もう少ししたら身支度を整えて、厨房の監督に行かなくちゃいけないから、誰かを呼んでね」
それだけ言って、私の方は一人でも支度が出来る衣装に身を包み、髪の毛を整えて、軽くお化粧も済ませて、朝ごはんの支度のために、そろそろ火をともし始めている厨房に向かったのであった。
これが、私と私の夫のありふれた一日の始まりなのである。大体何か決定的に間違っている物の、お互いこれでそこまで苦情が出てこないので、これで進めている事でもあった。
 




