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第9話 溝は出来ず

「それで前回は麻痺毒の薬を大量に作っていて」

「あの知らない香りはその時のか」

「ビストニアではあまり麻痺毒の薬が使われないらしいですね」

「大抵は気合いでどうにかなるからな」


 シルヴァ王子が隣の部屋に移ってからひと月ほど。

 意外にも話しやすい相手であることが発覚した。


 なんでも私が獣人を恐れていると勘違いし、怖がらせまいと距離を置いていたらしい。


 結婚前も何度か会ったことがあるのになぜそんな勘違いをしたかといえば、嫁いできた日に怖がっているように見えたからと。


 また私の方も重大な誤解をしていた。あの日、王の間にたくさんいた獣人達も私云々は関係なく、大事なことが決まる時はいつもあんな感じらしい。


 もちろん敵視もしていたけれど、そもそも人間の女一人で来たのだ。すぐに警戒も敵視も解けていたのだと。そう言われて納得した。


 メイド長は私が獣人を下に見ているとと誤解していたし、調理長は胃に穴が空く寸前までストレスを溜め込んでいた。


 シルヴァ王子が隣の部屋に移動してきてすぐに二人と和解した。


 私が全く傷ついていないことと、獣人が嫌いであったことなどないと理解してもらうまでかなりの説明が必要だった。そしてギィランガ王国の食事よりもこの国で用意されていた食事の方が遙かに美味しいことも。


 母国での食生活についての理解してもらうのが最大の山場であった。

 だが二人とも最後にはぽかんと口を開き、呆けた顔をしていた。


 以降は他の使用人達とも打ち解け、シルヴァ王子はほとんどの時間を私の部屋で過ごしている。


 折角隣に移動してきたのに、部屋で過ごすのは着替える時と風呂に入る時と寝る時だけ。仕事が早く終われば真っ先に私の部屋に飛び込んでくる。


 窓から入ってきた時は本当に驚いたが、獣人に関する常識がアップデートされたと良い方向に考えることにした。


「ラナ様、お茶のおかわりはいかがですか?」

「もらえるかしら。この茶葉、今朝出してもらったものとは違うわよね。南方のお茶かしら。これも美味しい」

「先日頂いたゴーニャンの実のケーキを意識してみました」

「どうだった?」

「大変おいしゅうございました。……半分しか食べられませんでしたが」


 メイド長は分かりやすいほどにしゅんとする。

 嫌がらせに加担させられた代償として、料理長に奪われたらしい。


 冷遇云々で使用人達の間で溝が出来たらどうしようかと思っていたが、そちらも問題なさそうで何よりである。メイド長直々に淹れてもらったお茶を啜り、ほっと一息つく。


「そういえばなぜビストニア側は聖女を妻に求めたのですか?」

「俺達に身近なギィランガ王国民が王家と聖女だったから。言ってしまえば人質を差し出せと告げる際に格好がつけば誰でも良かったんだ。君に神聖力を使って何かして欲しいとは考えていないから安心して欲しい。何か気付いた時に意見をくれると助かるがな」

「魔物の被害がありそうとかですね。了解しました」

「それから俺達が知らない食についても。ゴーニャンの実という果実の存在は知っていたが、お菓子作りに使うという話は初めて知った。我らビストニアの民は常に新たな食を求めている。一部エリアを貸し出しているのはそのためだ」

「ああ、あれってそういう意味だったんですね」


 キリッとした表情で「また食べたい」と溢す。メイド長も力強く頷き、ドア付近で控える使用人達は羨ましそうな視線を向けてくる。


 だが手持ちのゴーニャンの実は全て使い切ってしまっており、薬用にさえ残らなかった。


 すでに例の商人は去った後で、調理メンバーの数人がかの国まで買い付けに走ったという話だが、果たしてまだ残っているかどうか……。


 材料が手に入ればいくらでも作ってあげられるのだが、手に入る確約もないまま約束を取り付けることは出来ない。


 食べられなかった彼らには申し訳ないが、半端な約束ほど残酷なものはない。


 だが私が知っている美味しいものの情報を渡すことは出来る。


「市場で見つけたもので印象に残っているのはラム肉のサンドですね。パン生地に使われている小麦が少し特徴的で」


 以前食べたサンドがいかに美味しかったのか、そしてその小麦の特徴について語る。王子は真剣に耳を傾ける。ぴこぴこと動く耳はすっかりと見慣れたものだ。


「その小麦なら食べたことがある。そうか、平たいパンにすればいいのか」

「フライパンで一枚一枚焼くと良いらしいです」

「一度食べてみたいものだな。美味ければ我が国でも生産を……」

「残念ながら難しいかと。雨量が足りません。それに気温がやや高いので、風味が変わってしまいます」

「なるほど。それはいただけないな。早速手配しよう」


 シルヴァ王子は控えている使用人に合図を出した。ゴーニャンの実の時同様、誰かが買い付けに向かうのだろう。


 ちなみに直接王宮仕えの人が出向くのは彼らの舌を信頼してのもの。

 美味しいと噂のものも、この時点で彼らのチェックをクリアしなければ王族の口に入ることはない。またシルヴァ王子達、ビストニア王家の口は大変肥えており、使用人のチェックをクリアしたものでさえも美味しくないとジャッジを下すこともある。


 厳しい審査を通過するとようやく信頼出来る商人に買い付けを委託する段階に到達するのだと。王家の食卓に並び続けることはなかなかに厳しく、国民にとっては名誉なことでもあるらしい。


 食にシビアであると同時に、未知の味への探究心も強い。


 ゴーニャンの実の一件で王家の方々は私に興味を持ったらしい。獣人を恐れていないのなら遠慮する必要もないと、シルヴァ王子がいる時でもいない時でも関係なく部屋を訪ねてくる。


 今朝も猫獣人のお姫様がやってきて、知っているお菓子の名前を端から唱えなさいと言われた。


 薬草をすりつぶしながらでいいと言ってくれたので遠慮なく作業を続け、一つ一つ挙げたばかりだ。


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