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【まとめ読み版!】大好きなギザ歯の彼女が愛を込めてお弁当作ってくれたの可愛すぎて無理 愛おしい

作者: 鍵ネコ

2万字ありますので結構な読了時間となっています

お時間の確保、よろしくお願いします





「りょ、料理なんて余裕よ!」


それは、間違いなく俺の失言が原因で引き出された言葉だった。いや、失言と言うよりかは圧倒的言葉不足か。


目の前でワタワタとする彼女の姿を前に、俺は今一度強く反省した。



俺は母子家庭で母親と二人だけで暮らしている。



だが、母さんはまぁまぁ家事が苦手な人間で、料理が特に嫌いだと言う。そして実際その嫌いが講じて味が非常にまずい。


俺は母さんの料理がそこそこ苦手だった。


母さんの性格はかなり大雑把なのだ。

何するにも横着をし、計画性を持って買い物をしようとなっても、なんとなく必要になりそうだなぁという考えだけで物をポンポンカゴに入れていってしまう。


料理なんてもってのほか。


味噌はひと掬いでいいと言っているのに3回もすくって投げ入れる。市販の乾燥わかめを全部鍋にぶち込み溢れさせる。


皿に取り出さないといけない冷凍食品をそのままレンジにかけて容器を溶かしてしまう。


そんな中でもとびっきりヤバい料理が出て来たことがある。



それは、野菜炒めだ。



野菜炒めが不味くなるなんてありえない。

さっと炒めて塩とコショウをかけるだけでも美味しいそれを、どう調理すればいいのか。


やり方は簡単だそうだ。


まず鍋に揚げ物でもするのかと言う量のごま油を注ぐ。その中に野菜はザブンっとぶちこんで、電気コンロをビチャビチャに汚す。

強火で結構な時間揚げ…炒め続ける。

最後に塩を砂糖と間違えて。


「入れる量は小さじ1でいいんだって!」

「え、そう…? なんか見た目が物足りなそうだったよ」

「だからいっぱいいれたってか! 入れたってか!」


そうして出された野菜炒めは、それはもう酷かった。

味の表現なんていらない。

あれは食べ物じゃない。


一口目から思わず吐き出したのも、皿に盛り付けた時に知らぬ間にかけられていた追い砂糖のせいだろう。


野菜炒めなのにジャミジャミして気持ち悪かった。



ほんとなんだろ。これは新鮮な残飯か。



流石にこんなもの食ってられない。

けど食材も勿体無いから水洗いして、味付けしなおして、そうやって野菜炒めという既定路線に戻したはずなのに。


「なにこれまっず」

「まぁ…腹に溜まればご飯なんてなんでもいいのよ」

「よくねぇよ!」


どこか美味しくない野菜炒めが出来上がっていた。


まぁそんな調子なものだから、料理について勉強して、許可が降りた10歳の頃から俺がご飯を作るようになっていった。


だが俺は朝に大変弱く、無理やり起こされようものなら怒鳴り散らしてしまうくらいに豹変する。


流石の母さんであっても、そんな俺の手綱は手放してしまっている。


結果朝ごはんと昼ごはんを作る事はなく、だからコンビニで買った弁当や菓子パン、それか食堂で昼を過ごしていた。


そんな日々を送る中でついさっき、見たのである。


「手作り弁当ってだけでもマジで嬉しいのに味が美味いって何事よ。それもちゃんと苦手なカボチャ入ってない! マジで最高ー!」


丁度ひと月前に付き合い始めた彼女と食堂に向かう道半ば。


カップルが中庭のベンチでご飯会を開く光景が伺えた。


時期は10月。

俺たちみたいなカップルが増殖する時期。

そうした光景は珍しくなかった。


ただ、手作り弁当、と言う言葉が俺たち2人の注目を仰いだ。


他人の弁当なんて気になるものじゃない。

けど、手作りとなると一気に玉手箱みたいな存在感を放ち出す。


一体どんなものを入れているのか、ハートの形を取り入れていたりするのかとか。

恋人同士特有の不思議な弁当模様が見られるのではと目が自然と向いてしまうのだ。


俺たち2人は示し合わせたわけじゃないが、進める脚が妙に遅くなっていた。


そうして一瞬だけ見入るように目を開けた先。

男の子の膝上にあるピンクの2段の弁当箱。


そこには、とても一般的な具材が立ち並んでいたーー


(いや…えぇ……)


と、なんだかんだ思い込んでいたのだが。


○様々な技巧が詰められた飾り野菜。

○とても美しい形で焦げのない美麗な卵焼き。

○綺麗な黒豆。


○人参やインゲンなど彩りを包む肉巻き。

・照りがとても綺麗だ。上にまぶしたゴマがいいアクセントになるだろう。


○レンコンや人参、タケノコにふきなどが入った結構本格的な煮物。

○タケノコのカツオ節和え。


可能な限りコンパクトに。

けれどスペースを最大限利用して盛り付けられた料理達。


和食のオーラを充満させるその箱の下。


もう一つの弁当箱から出てきたのは日の丸弁当……ではない! ただの白米!!


でも多分それは上段の箱に入ってある料理の味付けが全体的に濃いからだろう! というか日本食は米に合うように作られている!

あくまで日本食基準に則り!

おかずと一緒に食べて濃さを中和してって事だアレ!


「はい、味噌汁もどうぞ〜」


汁物用と書かれた紙を貼り付けた水筒。

そうして差し出される、一杯のお味噌汁!


「もはや和食の料亭で出てくるご飯だなこりゃ。こんな充実した昼ご飯初めてだよ。いやあってたまるかって話でもあるんだけどね」

「ふっふーん、これぞ家庭科部 部長の実力よぉー」

「あぁ…菊ちゃんの彼氏でよかった、俺よかった…」

「おぉ泣くのはいいけどその前に食費食費〜」

「あっいっけなぁい菊ちゃんに納税納税〜」


たった一瞬だけで獲得した弁当の情報量。

そして、歩く背に聞くそんな2人の会話。


「いいなぁ…弁当」


あそこまで凝った弁当、普通作ろうと思えない。


作る時間があってもあの煮物、黒豆、タケノコは必ずコンロかレンジを長時間支配する。

他の料理を作る時に邪魔だし、何かと目をかけてあげないと美味しくなくなる。


料理の最大の敵。

【めんどくさい】がとても詰まってる。


でもあの弁当には食材達がしっかり美味しそうに調理され、ぎっしり詰まっていた。


それが前日から仕込んだものか、朝に作ったものかは関係ない。

貴賤はない。

何故ならそれらを作ったと言う時間が必ず存在しているからだ。


好きな人に喜んでもらおう。

その一心があるとは言えあそこまで手をかけられるあたり、とてつもない愛がそこにはあった。



俺は料理越しの愛情みたいなものを受け取った記憶がない。



だから、そんな愛情満載の弁当を見てただ一言、口からこぼれ落ちてしまったのだ。



『いいなぁ…弁当』



と。


うん。やはり思い返すと失言だ。

明らかに具合が悪い。


俺はすぐさま言葉たらずな部分を埋めていこうと瑞希に顔を向ける。


が、しかし。


「わ、私たち長いこと一緒だったけどまだ付き合ってひと月だしいきなりそんなのしたら重いかなぁーって思って言わなかったけどそ、そんなに弁当が欲しかったのね! い、言ってくれればよかったのに!!」

「え、いやそう言うわけじゃなくて…なんて言うか…誤解だから」


鋭利なギザ歯がテンパリすぎてとてもよく見える。


(今指をいれたら突然ここがアウトレイジの世界になるかもしれないな)


あまりにも捲し立てて言ってくるものだからとりあえず宥めてから話をしていこう。

そう思ってゆっくり話そうとするも。


「べっべつに私だって料理くらい作れるから! お弁当だって余裕でつくれるから! だっ、だから! えっと、りょ、料理なんて余裕よ! よゆー!」


瑞希はすっごい落ち着きがない。


「う、うん。別にそんな慌てなくていいんだよ」

「お、おち、落ちちち着いてるって」


どの口が言っている。

その口に目の玉と耳を授けてやりたい。


まぁでもこの感じ、かなり勘違いしているのだろう。

うちの彼女は付き合う前と変わらず、ちょっと自分の中で話を補完してしまう癖がある


もちろん今回は俺が100%良くなかったのだが、そう言う性質を理解できれば、自ずと瑞希の心情を紐解くことができる。


そう。

きっと今瑞希はこう考えている。


(弁当を羨ましがってる…? それもカップルのを見て? それに対して私はそんなそぶりを見せてない。でも確かに恋人同士だと手作り弁当を渡し合うって話を良く聞く…もしかして私…俊介に気が利かないなって事を遠回しに伝えられたって事? え、やだ待って)


みたいな。


そして多分この予想、一言一句違えてないんだろうと思う。付き合ったのはひと月前だが知り合ったのは去年から。


ほぼずっと一緒にいた俺は、そろそろ鮫島瑞希という女の子の事を十全に理解してきていた。


だから伝える。

瑞希が落ち着いて受け入れてくれる言葉を選んで。


「気が利かないなとかそう思って発言したわけじゃないから安心して。単純に俺さ、ああ言う愛のこもった…って言うとすっごい変な感じするけど、ああいう手の込んだ弁当を家族にも作ってもらったことなくて…羨ましかったんだよね。それでつい」


本音を丸々投写して言葉にした。


結局これが一番話が拗れなくて済む。

そしてお互い納得のいく流れを生んでくれる。


そう、なるはずだった。


「そ、そそれそれならわたっ私がお弁当作んなきゃだ! ま、まっかせなさいな旦那! わたしゃ天下の台所ウーマン! 料理は天衣無縫よよよ!」

「ちょちょちょ、なに、なんなの。瑞希の脳みそはどこでバグり始めたの、おい瑞希、おーい、おぉーい」


今日は普段の100倍位は調子が悪い。


何か思い詰めるようなきっかけがあったのだろうか。

長い付き合いになってきていて、そして恋人だからとは言え相手の私生活を丸覗きしている訳じゃない。


分からないところはわからない。


だからそう言う部分を本人の口から聞きたいのだけれど、今は自分の世界に行ってしまわれた様子。


返事がない。


俺はそんな彼女の手を優しく抱いて、近くのベンチに座る事にした。



細くて小さな綺麗な手。



水荒れは愚か爪だって割れていない。

指にすごく気を使っているからなのだろう。

こまめにハンドクリームを塗り、爪をヤスリにかけたりもしている。毎日均等な長さの爪。


瑞希曰くおばあちゃんに言われたようで。


「手は心の鏡写し。手入れを怠ると生活に出るわ」


との事らしい。


きっとその真意は、最も見やすくって最も他人に見られる手を丁寧に扱えれていない時点で身なりや振る舞いが雑になっている証拠。


手から気にかけて綺麗なままを維持しなさい。


そんな所だと考えた。

けれど瑞希はそれはもう額面通りに受け取って、それを生真面目に守っている。


人はそれを馬鹿だと言うが、俺はそうとは思わない。


俺みたいに変に言葉の真意だとか裏を読む人間と違って、瑞希の性格はまっすぐだと言えるからだ。


純度100%を突き進むような、とてもいい子。


もちろん瑞希が流石に困ってしまうだろうと言う話には注釈を添えたりするが、基本は隣で瑞希の良いところを黙って眺めている。


律儀な所、とってもかわいい。

真面目にまっすぐ受け取って、それをやり続けられると言うのは尊敬している。


「……はっ! ご、ごめん俊介…」


小さな体に肩を寄せ、左手で手を繋ぎボーッと瑞希が戻ってくるのを待っていると慌てた様子で瑞希が声を上げた。


「おっ。お目覚めですかお嬢様」

「お嬢様とかやめてよぉそんなんじゃないからぁ。…ぁ、てか食堂……。混む前に行こって私から言ったのに…」

「あぁー、そういやそうだね。…ぅーん……ちょっとダメそう」


うちの学校の生徒数は多い。

そして食堂を利用する生徒も多い。


それに対して食堂は特別大きいと言うわけでもなく、だから毎昼カバーしきれず一生あの場に人を混在させている。


一応学校は移動販売する業者と提携して生徒の分散を図っているが、それでも人の波は変わらず荒い。


マジでいつも運動会している感じだ。


ただ、授業が終わって直後はギリギリ秩序が保たれている。俺たち2年の教室は校舎4階。

食堂まで1番遠いから少し急足ではあるがその瞬間を狙って来たのが今さっき。


瑞希はひどく落ち込んでいた。


うん。仕方ない。こう言う時は…。


「瑞希さんや」


そう呼びかけると、今度はちゃんと顔を向けてくれた。ただその顔は見て取れるほどに落ち込んでいる。

とてもわかりやすい顔というのは見ていて疲れない。


それに一喜一憂がしっかり100%のとこまで振り切ってくれるから可愛く見える。

正直落ち込んでる表情もかわいい。


こう、なんだろう。ぎゅって抱きしめたい。


けれどここは外。

人前。

そう言うのは控える事にしている。


「……?」


俺は瑞希に息が当たらないように呼吸をして、ポケットから一つの包み紙を取り出す。


「目、閉じて」

「え、うん…」


長いまつ毛。

折り畳まれる大きな目。

綺麗な鼻筋の下にある薄い赤桃色の唇。


俺はそこに茶色い長方形のカケラをクイッと優しく押し入れる。


「んっ…」


パリッと、瑞希の口の中で砕ける音が聞こえて来た。


そうしてバリバリ咀嚼する瑞希の頬は緩んでいく。

目尻も満足そうで、さっきの落ち込みはどこへやらと言った雰囲気。


「美味しいっ」


瑞希は大のチョコレート好き。

だから一段と笑顔が強い。

ニヘラと笑うその顔は死にそうなくらい愛おしかった。鋭利な歯はどこか柔らかそう。


(くぅう…!! はぁ…。マジで天使)


そんな昼であったが談笑で時間を潰していたらあっという間だった。


今はお腹が空いているが、放課後喫茶店に行こうと言う約束をしていて、どちらかと言えば楽しみの気分の方が強い。


だったのだが…。


「ごめん俊介っ、ちょっと用事できて喫茶店行けないっ」


放課後に入り10分くらい教室で待ってと言われ待ったあと、小走りで戻って来た瑞希は早々にそんな言葉を口にした。


その顔はとても申し訳なさそうで、苦渋の決断と言った風だった。それに瑞希が喫茶店に行くのを諦めると言うのは相当な事があったのだろう。


「…分かった。じゃあ俺先に帰っとくね、また連絡する」

「うん…ごめんね」


俺は敢えて理由を聞かず階段を降りていく。

そして、近くのロッカーの影に身を隠した。


(やっぱキモいなぁ俺…)


そのあとしばらくしてキョロキョロと不審者な挙動を振り撒いて階段を降りてきた瑞希を観測する。


向かう先は2階。


近くに3年生の教室があるその階で、瑞希は不安そうに歩みを進める。


そして、たどり着いた先はーー


「お邪魔します…ぁの、白鳥菊さんはいらっしゃいますか」

「……ぁ、あーはい! 私です…けど……」


髪の毛をポニーテールに結んだ女の子は瑞希の元へと小走りでやってくる。

そして初対面。

開口一番、瑞希は言った。


「あっあの!」

「うん……なに、かな」

「白鳥さんの…その…で、弟子にしてください!」


ーー家庭科調理室だった。


「……ぇ」

「入部届の紙とこの時期からの入部も認めてもらってますっ…なので……お願いします…!」


ーーー


鮫島瑞希(さめじま みずき)


私の名前は鮫島瑞希。

ワタシは鮫島瑞希です。

さめぇじまぁ〜、みずきぃ〜。


私は昔から自分の名前の響きが大大大大好きだった。それはもう愛していると言っても過言ではない。

そしてその語感の気持ちよさによく言葉にして楽しんでいた。


この自分の名前を読んで満足する行為。

私はこれを遊びだと認識していた。

理由は単純明快。



楽しいからだ。



けれど、周囲は愚か仲の良かった友達にもそれは理解されなかった。

確かに思い返せば誰1人としてそんなことをしていなかったからだ。


でも、そんなたった一回の悪目立ちで私はみんなにこう呼ばれるようになった。


「お前変だよな」


それは男子からか女子からなのか、覚えてない。

気づいた頃にはそれはあだ名に発展していて「変子ちゃん」とか「変ちゃん」とか、英語を覚え始めた年には「strange」から言葉をとって「スト」なんて呼び方もされていた。


ずっと。

それはずっと。

私の本当の名前を忘れられてしまうほどずっと使われ続けた。


それに関して少なくとも私はなんとも思っていなかった。



……いや、なんとも思わないようにしていたんだと思う。



小中学は同じ区域の子で集まるから知り合いしかいない。あだ名の使用は変わらずされて、名前も忘れ去られたまま。


その3年間を終えれば次は高校が待っていた。

私は特別頭も良くなく、地元の高校にただ進学したが、同様の子が半数くらい居た。


ただ、唯一違うことは他半数以上は知らない人で構成されていたと言うこと。


だから私はこの時、幾数年ぶりに知らない人と隣り合う事になった。


「どうも、秋空俊介です」

「わ、私…私は……えっと…へん、じゃ、なくてえっと、あの……。私は…」


もう散々と言われて来たあだ名が、私にとってそれが真名であるかのように侵食していた事に気がついたのはその時で。


「へん…へ、ちが。え、ぁ、み、み、みず、みずき…で…す……」


それが、彼氏との初めての会話だった。


ーーー


弟子にしてください、なんて言われて呆気に取られない人間なんていないだろう。

ましてや部活中、急に呼び出されたと思えばそんな調子。


瑞希の前で状況が読み込めず、少し立ち尽くすポニーテールの女の子、白鳥さん。


対してグーッと綺麗な目をまっすぐ向ける瑞希。


その2人の沈黙は少しして、ようやく解かれた。


「で、弟子入りかぁ…こりゃあまた、何てこったい」


後頭部を描きながら部屋の中に目を移す。

きっとあそこから部員の目がさして来ているんだろう。


「弟子…って、てか何で私なのかな…」


白鳥さんは至極当然な疑問をそのまま瑞希にぶつけた。


俺もそんなこと言われたらオッケー出す前に聞いてしまう。白鳥さんの気持ちや考えてる事がなんとなくわかる。


瑞希はそうした白鳥さんの質問に目を輝かせたまま言った。


「実はそのっ、お昼…に、白鳥さんがっ、その…彼氏さんにお弁当振る舞ってるのを…たまたま…見て…」

「あっ、あぁ……。まぁ中庭だしね」

「それで…あの」


とてもぎこちない喋り口。

そう言えばこうして俺以外の誰かと話している瑞希を見るのは初めてだった。


「ねぇっ」


そんな時、白鳥さんは瑞希の手をギュッと握って瑞希の続ける言葉を遮った。


あまりにも突然な事に体をビクンっと激しく浮かした瑞希。


「は、はい!」

「私のお弁当見た目どうだった!」


そして聞かれたことはそんな事だった。


多分お弁当に関しての感想が彼氏からは最高評価しか出ないから他のサンプルも欲しかったところなのだろう。が、あれはもはや自己評価でも最高評価にしかならんだろ、みたいなツッコミが俺の心の中で疼いているが押し黙らせる。


そして、瑞希は言った。


「すっごい綺麗でした!! 芸術品というか美術品というか! 見たことのない形の野菜があって詰め込んでる料理も綺麗に置かれてて! 美味しそうで綺麗で! 料理の美術館って感じでした!」

「きゃあああ、あぁもー嬉しいっ! なになに美術館とかちょー嬉しいんですけどー!!」


ほぼ叫びに近い喜びの声を上げる白鳥さんは、それはもう足をその場で後ろに蹴り上げ、跳ねる勢いで足をバタバタさせている。


ルンルンな時の足運び。


握っている手も激しく上下している。

残像が見えて来た。


「おぉー褒められてんねぇ流石ヨーダ」

「わわなに遥ちゃん」

「いや、気になって来ただけよ」


そんな所に一人の女の子が来た。

あの会話の感じなんだかんだ白鳥さんとかなり仲のいい関係なんだろう。

長いブラウンヘアーをポニーテールにしている。


制服の上に着ている白いエプロンは長身ぎみの彼女のスタイルをよく見せている。


そうした会話を目の前に、瑞希は少し困惑した様子だった。


「あ、あの、白鳥さんって菊ってお名前でしたよね…ヨーダってどこから来てるん、ですか…?」


ちょっとばかし言葉を選んでいるようで、どこか抑揚のない平坦な声。そしてぎこちなさ。


それを聞いて、けれど遥と呼ばれた女の子は思い出すように語った。


「んぁあ…それはね、この子3年になる時に部長に選ばれたんだけど、そん時に大声で『私は部長だー!』って偉そうに言ってきたんだよね。だから部長っぽくない名前に変えてやったんだよ。語源は「ぶちょーだー」の「よー」と「だ」から来た感じ」

「いやぁまさか遥ちゃんにあだ名をつけてもらえるとはあの時は感激したねぇ、部長になれて良かったって」

「どっちかと言えばスターウォーズだから嫌がれよー」

「イヤーダー」

「あはは、なんかフォース感じる」


楽しそうに遥さんのポニーテールを揺れていた。


「あだ名って…良いものなんですね…」


かなり、消え入るような声。

掠れた、そんな声。

2人はそれに敢えて反応はしなかった。


「そんで、どうすんの、師匠になるの? シショーダーに進化するの菊」


遥さんは腰に手を当てて白鳥さんに目を据える。


「んー、それをねぇ今見定めようと思うんだ」

「見定めるとか…めっちゃ上に立つやつっぽい」

「えっへん!」


両腰に当ててわざとらしく背を仰け反らせる白鳥さんに。


「忍たまの冷えた八宝菜まであと3ー2ー1ー」

「しないよ! 腰が逝っちゃう!」


大きく黒色のポニーテールを揺らして体勢を立て直す白鳥さん。ポケーっと放置された瑞希に改めて目をくべる。


「それでなんだけど、取り敢えずここじゃ何だし中入って座って話そうよ」

「は、はい!」

「……あ、急ぎの用事とかは?」

「断って来ましたっ」

「あら」

「よっぽど弟子になりたかったんだな…」


はい。

うちの彼女、俺との放課後諦めて来ているんです。


「何でそんなに弟子になりたいのか、純粋に気になるなぁ」

「そりゃあヨーダのテクを盗みたいからだろ、なぁ?」


そう話ながら席に座ると、瑞希は首を大きく縦に振った。


「…はい。本当にその通りです」

「な?」


はい的中ーっと指を拳銃のように折り曲げて遥さんは白鳥さんに向け、放つ。


「ぅ"致命傷…」

「なんでだよ」

「き、君の弟子入り理由をもう少しちゃんと聞いたら治るかも…」

「いやなんでだよ」

「あの、実は私彼氏がいるんですけど…」

「そんな真面目な顔で話し始めないでよ、いや、真面目な話だったか…」


遥さんは流されていたボケの潮流から浅瀬に帰って来て、呼吸を整えながら語る瑞希の言葉を耳に押し込んでいく。


「私…彼氏にお弁当、作ってあげた事なくて。だから作ってあげたくて…でも私料理なんて一度もしたことなくて、彼氏とかってどう言う料理が好きなのかわかんなくて」

「「ふむふむ」」

「それで、私、彼氏さんにすっごい愛の詰まったお弁当渡してた白鳥さんに、手取り足取り教えて欲しいって、おもい…まして…」


そうした瑞希の独白。

二人は静かに目を合わせ、少しして遥さんが。


「おいおいヨーダこりゃあお前責任取るしかないだろ」


白鳥さんの肩を激しく揺さぶりながら言ったのだが、白鳥さんはかなり真剣な面持ちを残していた。

だからだろう、スッとその揺さぶる手を遥さんは引いた。


「オッケー。…じゃあ、もう一つ聞きたいんだけどね」

「な、なん…ですか…」

「料理を学ぶだけなら普通に入部したら良いと思う。けど私に弟子入りとなったらちょっと要件は変わるのよ」

「ヨーダ、まじめだ…そんな顔テストで欠点取ってる時にしか見たことない」

「う、うるさいなー! しっしっ、さっさと生姜焼き作って来てっ」

「あーい。君、弟子入り頑張ってね」


そうして遥さんは二人に背を向けて遠のいていく。


「あっそう言えば君、名前なんていうの」

「ぁあ! す、すみません! えっとわ、わたしは…えっと…瑞希……です」

「おー!!! 瑞希ちゃん! 名前かわいいね!」


白鳥さんは何気ないのだけれど、きっとそれは本当に今思った事で、新鮮で。

だから産地直送のその言葉を受け取った瑞希は、まるでひまわりが咲いたみたいな顔を浮かべていた。


「じゃあさじゃあさ、そんな瑞希ちゃんに質問なんだけど」

「はいっ」

「彼氏さんのこと、どれだけすーー」

「ーーめちゃくちゃドチャクソ精一杯に大好きです!!」

「おー…私の言葉が食われたよ、まるで映画のジョーズが人間を丸呑みするみたいに」

「私の苗字鮫島です!」

「サメだぁああ!!!!」


ーーー


私…鮫島瑞希は、一年生の頃、顔がいいと…とても……評判だった。


クラス内顔面偏差値なんてイタヅラなランキングを誰かが勝手に作って、そうして勝手に一位に君臨させられる程度には顔が良かった。



一応、顔がいいのには自覚があった。



手と一緒に肌や髪もお手入れしてるから、自信があった。


でも、そんな甘い蜜に寄ってきた男の子はみんなあっという間に冷めるように離れていった。

女の子はもとより鮫島瑞希という人間とは中々馬が合わないと言った風で、近くには既にいなかった。



私は高校生になっても、また、まだ、孤独になっていた。何も、変わらなかった。



一応何か変えようと思って色んな人に話しかけて、それこそ女子の輪に入ろうとしたけど、失敗してあの有様。


結局学校生活の中で誰かと言葉をかわす機会なんてプリントを渡し合う時くらい。



ただ1人を除いて。



入学当初から席替えが入るまで隣の席だった秋空俊介くん。


少し顔が怖く見えるくらいにはキリッとした顔立ちで、身長も私からしたらとても高い。

でも、彼は平均くらいだって言っている。


そんな彼は話しているとよく ノホホン と笑う。


キリッとしている顔が、とても優しく変わるんだ。

その表情に何か裏が見えるとかはなくって、自然な笑みを前に私は何年かぶりに心が昂っていた。


嬉しかった。

こうしてちゃんと話してくれる人がいて。


嬉しかった。

バカにするような言種で話しかけてくる人じゃなくて。


嬉しかった。

あだ名じゃなくて、私の名前をちゃんと面と向かって呼んでくれていた事が。



とても、とても、嬉しかった。




それは一緒に話していると泣けてきてしまいそうなくらい、嬉しかった。


でも、そんな日も長く続かない。


気が付けば席替えの時期。

席替えの結果は漫画やアニメみたいに上手くいかなかった。


とても遠くに彼はいる。


私が窓際の奥の方に座っていて、彼は教壇側の出入り口に席を構えている。




とても、遠い。




だから、とても悲しかった。


そして、私の隣の席になったのは、小学校中学校と同じだった男の子だった。

名前は覚えていない。

顔も覚えていない。

でも、知っている人だった。


そんな彼は言う。


「よぉー、スト。最近よく秋空くんと話してるよなぁ、付き合ってんの?」


ズカズカ、何の気なしに話しかけてくる。

彼自身には全く害意はないんだろうけど、私には迫り来る闇のような怖さがあった。


それは、まるで楽しい昼を終えて怖い夜が来てしまったようで。


ビクついたまま何も言わない私を見て彼はため息を吐いた。


「んだよまともに話してそうだから声かけてんのに全然何も変わってないじゃん」


その言葉は、勘違いしていた私の心を。


「変なのは変わってねぇんだな」


痛烈に叩き割ってきた。


「そ、そん、そんな…」


胸がギュッと苦しくなった。


でも正直、分かっていた。

私は別に変われていないということを。

秋空俊介くんという男の子が受け止めてくれていただけで…でもでも、今までそんな人いなくって、だから甘えて…。


「顔はいいのにそんなんだから嫌われんだよ。こんな奴と付き合ってる秋空くんって何考えてんのか。体のためとかかな」


悪寒が、走った。


それは多分、私の心にへばりついた醜い疑心の微睡。

あの日からずっとずっと絡みついていて、だからこそ簡単にはなくなってくれなかった、不安の塊。


どこか、秋空俊介くんという男の子と話している時でも、そういうことを考えた事があった。


私は変な子だ。


変で、変なのはつまり良くない事で。

みんなが言うから間違いなくて。

だから、そんな私と話してくれるなんて何か裏があるんじゃないかって。


私は顔がいい。


肌にも気を配ってる。

おばあちゃんが指だけじゃなく肌も髪も綺麗にするのよと言ってたから、頑張って毎日してる。


ご飯やお菓子を食べすぎないようにもしてる。


大好きなチョコレートは一日一つ。

体型の変化やむくみが極力起きないようにしている。


それもこれも、これ以上私が変な…やばいやつにならない為に。着飾って、誤魔化すしか手立てがなかったから。



だから、きっと、私の身体はとてもいい。



私は、目の前の彼からそんなことを言われて突然と真冬に立たされた気分になった。

それも、今まで着せてもらっていた服やコートを無理剥がされたまま、ただ1人ポツンと。


誰かに助けて欲しくなった。

辛くなった思いを発散させたくなった。

泣こうと思った。



けど、泣けなかった。



それはもうずっと、そうしてきたから。

それが癖ついて、涙が出なくなっていた。

氷が、蛇口を堰き止めてしまっていた。


でも中に渦巻く不安と苦しみの水は確かにある。

確かにあるから、溜まってく一方で。

私はもう。



壊れそうだった。



席替えの後の授業なんて身は入らなくて、ずっと吐き気が酷かった。手先も冷たくて、ペンなんて握ってられなかった。


こんな気持ちにさせてきた彼はもう興味なさげで、私を見なくなった。



私はあだ名をつけられてから周りの目を気にするようになっていた。


それもこれも、誰からも声なんてかけられないからだ。みんな心の中でどう思ってるのかわからなくて、私自身で補完するしかなくって、そうしていた。



それは秋空くんとも一緒で、いくら心開いて話してくれていると分かっていても、受け止めてくれると分かっていても、長く長く続いた私のこれはもはや性格の一部になってしまっていた。


私は私自身を変だと思う。


だって普通の人は変って言われないし。

だって普通の人はわからないことは聞いている。

だって普通の人は何も気にせず誰かと話している。

だって普通の人はとても感情豊かで、楽しそうにしている。


だから私は、違う。


「よっすー瑞希ー。遊びに来たよー」


そして、そんな誰とも違う変な私でも。


「ぇ……」


俊介くんは、歩みを寄せてくれていた。


「いや、席替えしたら周り女の子ばっかでさぁ、休み時間暇なんだよね」

「…ぁ、ぁ……」


彼はいつも通り話しかけてくれた。

何気ない感じで、気さくに。


だけど私は、今朝方と違って声が出なくなっていた。


とてつもない不安な心が私の心を蝕んでいた。

それでも期待する私の心は強く光を発する。

そしてそれを闇が抑え込む。


口から出るのは言葉なんかじゃない。


変な、声みたいなナニカだけだ。


「何だーその声。機械でももっとハッキリ声出すだろ、さすがスト。変だわ」


それは、彼だった。


授業を終えてスマホを触っていたようで、机の上には乱雑にそれが置かれていた。

スマホの電源はついたままだ。


そのまま体を捻って私の声を聞くなりそう言ってきていた。そしてまだ彼は言葉を綴るのをやめない。

その綴る先の言葉、それはもうわかっている。


心の内側がわからなくても、言おうとしていることはわかっている。


「なぁー」


だからもうやめてほしい。

そんな気持ちでいっぱいで。

もう吐きそうで。

泣きたいのに泣けなくて。


「秋空くんはさー」


お願い、なんでもするから聞かないで。

それだけは、聞きたくない。


「なんで」


嫌だ、聞きたくない。


「ストとそんな感じで話せんのさ」


聞かされる、また聞かされる。

嫌だ。



本音なんて、聞きたくない…!



「ぁー……」


お願い秋空くん、もう私に近づかないで…!


「ストって……なに? さっきも言ってたけど」

「ん? ……ああごめん、身内ネタ。小中こいつと一緒でな」

「あぁ。…ちなみになに起源?」

「ぁーえっとねー…ストレンジって言葉あんじゃん?」

「奇妙なって意味の」

「それそれ。んでこいつ、変だからさ。ストってあだ名付けられたわけ」

「……それが、あだ名…?」


やめてほしかった。

でも彼は言い切った。

その言葉の生まれも、理由も、全部。

秋空くんから一度も出たことのない「変」という言葉を明確に示して。


耳を防がせて欲しいと強く、空が張り裂けてしまうくらいに、泣くように叫んだ。



でも、体が言うこと聞いてくれない。



ずっと震えてる。

ずっと震えたまま動けない。

ずっとずっと、すっごく寒い。



なんで。



疑問に思っても、それが解ける訳じゃない。

ずっと寒い。凍えそうで、死にそうで、もうこの際死んでしまった方がーー


「瑞希が変…? …んぁーそうかな?」


ーー辛くないんじゃないの。


「ぇ……」

「……え、いやいや、変だろ言動全部、なんか、変だろっ」

「んー、まぁ君の視点がそうならそうなんだとしか言えないかな。ただ俺から見た瑞希は普通だと思うよ」

「…は…??」

「ちゃんと声かけたら声返ってくるし、話してたら話し返してくれるし。言葉にだって裏表がない。表情コロッコロ変わってかわいいじゃん」

「…そ、そうか…? え」

「まぁ別に人の意見だから受け入れろとか思わないけど、少なくともーー」



あぁ、何でだろう。

さっきまであんなに言葉を耳に入れたくなかったのに。



「ーー俺には普通の女の子に見えてるよ。…ぁ、特別みたいな話をするなら性格が真っ直ぐなとことか、笑顔が可愛いとことか。そこは普通じゃないな」



今じゃとってもその声と言葉を聞き入れたい。



「後声も可愛い。てかそもそもあれだ。君が感じてる変の方向性、俺からしたらマイナスというよりプラスなんだよきっと。普通よりもレベルが高いって意味のプラス」

「ベタ褒めするなぁ秋空くん…」

「いやだって本当の事だから。こんな女の子と話せる機会、俺の一生涯がもう一度来ても出会えないね」


そう、秋空くんは豪語する。

そしたら彼は圧倒されて、苦笑いを浮かべていた。


「あぁ、そう。…ぅん、まぁなんつーか…お似合いだと思うよ」


なんというか、なんとも言えないと言った風。

彼の心のうちを読めないから、今秋空くんの言葉を聞いて何を思っているのかわからない。


でも一つ言えることは、私は変だ。


そして、そんな変な私に肩入れする秋空くん。


きっと、彼は秋空くんのことをこう思ってる。


変だって。


「あぁそうだ」


秋空くんは空気の悪い微妙に長い沈黙を味わった後、彼に向かって声をかけた。


「な、なんだよ」


少したじろぐ彼は、見上げた先にあった顔を見て少しばかり怯えた顔をした。


「もう、瑞希に声かけないであげてもらえる?」

「…いや、それは…俺の…勝手だろ」

「君が顔を向けるだけで震えてるんだよ瑞希。多分君のこと嫌いなんだ。…普通の人なら、そういう気配りできて当然だよね」


それは、怒りでも何でもないはずのただの言葉。

表情も、落ち着いていて、それでいて、所作もおおらか。


なのに、とても怖いと感じた。

今まで感じた怖いとはベクトルが違う。

怒りをはらんだ、重たい空気圧。


私自身に向けられてないはずなのに、私まで足がすくんでしまった。


「わ、わかったよ。気づけなくて悪かったな」


そう言って彼はスマホを持ってどこかに行った。

そうして空いた席に秋空くんは悠々と腰を落とした。


「いやぁこの席が1番だな」


秋空くんはとても満足そうにそう言った。


それから私はまた、秋空くんとは普通に話せるようになっていった。


すぐにとはいかなかったけど、時間をかけてゆっくりと。


いつの間にか私たちはずっと一緒にいて、登下校も一緒にするようになって、帰りなんかはスタバとかコメダとかの喫茶店に行っちゃったりしてっ。


たった1人との付き合いなのに、まるで何百、何千人にも優しくされているような夢見心地。

今までを取り返すような幸せがギュギューっと私の心に押し寄せてくる。



その幸せは、そして、いい意味でパンクした。



これが好きという気持ちなんだと、私は理解した。


ーーー


「私、私、本当に彼氏のことが好きで、大好きで。……でも好きになる程自分が彼の身の丈に合わないんじゃないかと思うようになって…実際私全然ダメダメな人間なんです」


ーーでも。


「そんな私に変わらず彼氏は優しくしてくれて、待ってくれていて、歩幅を合わせてくれるんです。けどそれって、つまりはいっつも迷惑ばっかかけてるってことで…今日なんて私のせいで食堂いけなくて、ご飯なしでっ、そのっあのっ」

「ぅん。大丈夫、ちゃんと全部聞いてるから。それに急いでないよ、大丈夫」


白鳥さんは瑞希の手を取り言う。


「ゆっくりでいいよ」


と。


瑞希はそんな言葉に少し間を置いて、声を震わせた。


「ありがとう、ございます…」

「な、何で感謝されてるのかわからないけどどういたしまして! は、ハンカチいる!?」

「…いらない……」

「なら上げなーい!」


そう言いながら胸ポケットから取り出したハンカチを天井に向けて持ち上げた。

それを見た瑞希はにへらと、涙の粒を落としながら笑った。鋭利な歯は、けれどとても柔らかそうで。


「上げてるじゃないですか」


とても美しかった。


「ぉ、おおお、おいおいおいおい、なんだ天使が舞い降りたぞ」

「ぇ、ぃゃ天使なんて…そんな。彼氏にしか言われた事なかった…」

「おい彼氏、聞いてるかー!! 幸せにしろこの子ー! 可愛いぞ彼氏ー! 私によこせー!」

「ヨーダうるさーい!」

「あへ、すいやせん」


遥さんの声が家庭科調理室全体に大きく反響した。


「ごめん、聞かせて」


そして落ち着きを戻した白鳥さんはあらためて瑞希の手を握った。


「………私。私、人にこんなに尽くしてもらったの初めてで、だから、私もいつか尽くしたいって思ってるんです。彼氏に一緒にいて嬉しい人、幸せな人って思ってほしいんです」


ーーそれに。


「私今朝テレビで丁度恋人の弁当事情聞いて、ほとんどの人が一回は作ったことあるって言ってたんです」

「ふむふむ」

「でも私、まだ一度も作ったことなくて…そんなそぶりも見せてなくって…気が利かない女だって思われてると思ったら怖くて…嫌われるんじゃないのかなって、私普通じゃないから変だから…」


白鳥さんはそんな瑞希の手をギュッと握りしめる。


「助言その1! お弁当渡さないだけで恋人を嫌いになるやつとは別れてしまえ! その2! お弁当は普通作らない!」


そして強く言った。


「で、でも…グラフが…それに白鳥さんも…」

「いいかい? 私の場合は頼まれてやったのだよ。家庭科部の部長の腕をせがまれてねっ。ちゃんと1000円徴収したさ」

「そ、そうなん、ですか…」

「料理ってね、すっごい面倒くさいの。作る手間も時間もかかるし、食器を洗うのが1番苦痛。手間をかけるほど洗い物も増えるから大変なんだよね」


うんうん!

本当にそう!

どれだけ料理が上手くなっても思う!


とてもすっごく共感する!!!


「それに、カップルを観察してみたらわかると思うけど手作り弁当を作るのは初めだけ。あとはみんなめんどくさくなってしなくなる」

「……そう、なんだ…」


瑞希は少し残念そうな声を発した。

それを聞いて白鳥さんは。


「まぁ…お金をもらって作ったと言っても、もちろん愛は詰め込めるだけ詰め込んだよ。義務じゃない」


何かを察したように言葉にした。


「さっきも言ったけどめんどくさいの。めんどくさい事ってお金をもらってもしたくないわけ、料理なんて高々1000円で作りたくない」

「……でも、レストランとかは…1000円で…作ってます…」

「ちっちっち。一般市民を舐められちゃあ困るよ瑞希ちゃぁん。あれは商売、こっちは商売じゃない。客層に合わせて価値を変える必要のある商売に対して、私たちは自身の労働価値と商品価値を自分で決められる」


ーーじゃーあ。


「そうなるとね、私は自分を高尚な存在だと捉えているので自身の労働力に無限の価値をつけるのさ。つまりはプライスレスなの」


瑞希は小さく。


「プライスレス…」


おうむを返す。


「でもさ、私作ってるじゃん?」

「はい…作ってました」

「プライスレスなのに」

「はい、プライスレスなのに」

「プライスレスに野口秀雄は敵わないはずなのに、どうして私が作ったか。その大きすぎる溝を何で埋めてたか。それが私のつよーーーーい愛っ情っなのっさっ」

「おーいヨーダ髪ファッサファッサするな、こっちに飛んできたらどうするー」

「私の髪の毛はまだ丈夫ですー!」

「そういう話じゃねーよバカ! バリカンで剃りあげるぞ!」

「バァリバリバリバリぁちょ、なんで包丁持ってくるの。ねぇ遥ちゃん、ねぇ良くない。その持ち方は銃砲刀剣類所持等取締法違反してる、してるからぁあ! あのほんとごめんなさい!!!」

「………次やったら……すぞ…」


気迫が凄かった。

遠目から見る俺でもとても感じた。

あれを目の前で見た瑞希、大丈夫か…?


あぁ大丈夫そうだ、放心状態だ今。


それから暫くして瑞希の意識が戻ってくるのに合わせて呼吸を整えた白鳥さんが瑞希を見つめた。


「まぁ……だからね。もし誰かにご飯を作るってなったら、絶対どこかに相手を思う気持ちが必要なんだ。そうじゃないと嫌な気持ちでご飯を作ることになる。結果的にそれは長続きしない」

「はい…」

「私は、確かにお金をもらったけどそれはあくまで食費代で、彼氏自身それ以外にも色々尽くしたり何かくれたりしてくれてる。て言うか食費は良いって言ったのに出すってうるさかったんだよねぇ、お弁当に感激して言われるまで忘れてたみたいだけど」


ーーま、なのでですね。


「尽くしたい瑞希ちゃんと、尽くしてくれる彼氏さん。喜んでほしいと言う気持ちから愛も感じました。総評として、満点です。私が下す言葉は合格です」

「ごう…かく……?」


呆気に取られた瑞希は一種何を言ってるのか理解できず、ただ言葉を返した。

けれど白鳥さんが「弟子入りの」と注釈を入れると、ハッとして、疑問ではないオウムを返した。


「ごう、かく…」

「はい。そうです。合格です。おめでとうございます。あなたは私の心を掴み取ったんです」


瑞希は段々と顔を花開かせていく。


「ありがとう…ございますっ」


満開の笑顔はサンシャイン。

ついにヒマワリの次元を超えた瑞希。

自慢の彼女だ。


可愛い。


「じゃ、早速だけどーー」


俺はそうした一連の流れを見て、ちゃんと先に帰ることにした。


瑞希が何を考えていたのか察しがついたからとは言え、こう言うのはやっぱりよくない。

それに、ちゃんと瑞希のいいところを受け入れてくれる人がいた。


あんな怯えた顔をしている瑞希見たくなくて、そんな顔をさせたくなくて。

そんないろんな理由があったけど、やっぱりちゃんと。



自分は気持ち悪い奴だなと自覚した。


ーーー


それからひと月ほど経ったある日の昼。

俺は瑞希に何も買わないでと言われたので何も買ってこないままその時間にやって来た。


外は11月。

結構本格的に冷えてくる。

それでも瑞希は中庭を選んだ。


そして、あの時。

弁当を渡していたカップルの使っていたベンチに腰掛ける。


ベンチは冷たい。

けれど人肌を受けてすぐに温まる。


「ぁ、あー、寒いねー」

「ね、これから冬になるって感じ。アマゾンでカイロ箱で買わないと」

「…カイロって箱で売ってたりするの?」

「うん売ってる売ってる30個入りとか全然ある」

「そうなんだ。私も買おっかな」

「手袋だけじゃあったまるの遅いしオススメ」


とても緊張してるのが伝わる。

もう表示が力んでるし、何より放つオーラが緊張してるって声を大にして溢れている。


「………」

「……」


沈黙が、入り浸る。

かと言ってここで会話を広げるのも違うと思った。

俺は瑞希が勇気の蛇口を開け切れるのを静かに待った。


「そろそろ、お腹、空いてくるね」


そしてそれは、強い呼吸の後開けられた。

口から多量の白い吐息が顔を出す。


「…だね。俺なんだったらもうお腹空いて倒れそう」

「えぇ!? ぁご、ごめんじゃあえっと!


けど、おどけた言い方をした俺の言葉にすっごく申し訳なさそうにして持って来たリュックの口を開けていた。


このリュックは恐らく何かを悟られないためなんだろうけど。確かに木を隠すなら森とは言うのだけれど。


「はい!!」

「これは…? って言うのは変か。お弁当、作ってくれたの?」


こんなに眩しい木の枝、森なんかじゃ到底隠せるわけが無い。


「い、いったでしょ、私にかかれば余裕なの」

「…ふーん。じゃあお手並み拝見しますかね…」

「…ぅ、ぅん…」


俺は知っている。

彼女が家庭科部の部長に弟子入りしたことも。

毎週一回、どかで急用だといって部活に行っていることも。


白鳥さんと言う友どちができて、土日のどちらかによく遊びに行っていると言うのは建前で料理を教わっていることも。


それが俺に渡すお弁当のためだと言うことも。

それを俺が知らないと思っていることも。


でも俺はあれから家庭科の調理室に向かってはいない。


だから知らない。

どれだけ瑞希が料理上手になっているのかを。


「おぉー…何これすご」


そうして現れたのは、あの日、丁度ここで見た料理のラインナップ。飾り野菜はなかったが、料理自体は全く同じだった。


形は歪じゃ無い。

かなり整った卵焼きの形。煮物やタケノコの火の通りも色味からして柔らかそう。肉巻きや黒豆の照りも良い。


「凄いね、大変そうなものばっか」

「うへへ、実際大変だった」

「へぇ……余裕なのに?」

「ぁ"っ。余裕でも大変なの!」


ぽかっと肩を叩かれる。

ムスッとした表情がすこぶる可愛い。

睨みつけてくる目もとっても可愛い。

上目遣いのダメージに倒れてしまいそう。


ほんとまつ毛が長い。

これでメイクじゃ無いんだから本当に彼女は、鮫島瑞希は至る所全てが美人だ。


「それじゃあ、いただきます」

「…どうぞ」


俺の手には少し小さいプラスチックのピンクのお箸。


それで早速と、卵焼きを一つ掴み取る。


口に入れようとした時に見えた卵焼きの裏っかわ。

そこに少し、ほんの少し狐色の焼き色が卵焼きに抱きついていた。


(もー隠しちゃってーかわいいなぁもー)


焼き色があるからって不味くなるわけじゃ無いし、逆色味が食欲をそそることもある。


でも多分、瑞希は余裕と言い放ったからには完璧な姿を見せないと、と思ってるんだと思う。

墓穴にハマってるとこも可愛い。


けど、違うよ瑞希ーー


「すっごい美味しい」


ーー君はもうずっと、俺にとって完璧な存在なんだ。


「ほんと…?」

「うん、ほんと」


なにが、とか、細かい食レポはしない。

ただ俺は美味しさを味わっていろんな料理を口に入れていく。


凄く愛の味も感じる。



そして俺はふと、思った。



母さんのご飯を味わって食べたことなかったけど、もしかしたら愛のあるご飯を振舞っていてくれたのかもしれない。と。


母さんはいつも疲れて帰って来てもご飯を毎日作っていた。


料理本も買ったり、動画を見てみたり。

そう言う日は確かに味は不味くなかった。

まぁ性格がどうしても長続きをさせなかったのだけれど。


もしかしたら俺は母さんの気持ちを蔑ろにしてしまっていたのかもしれない。



「この卵焼き好き」

「ぅ、うん…ぁっ」


切り分けられた卵焼きを一つ、瑞希の口に軽く押し入れる。


出汁の効いた卵焼き。

味付けは甘くもなくしょっぱくもなく、どちらにも転んでいないから万人受けする味付けで。


でもだからこそ普通と言われがちで、普通になりがちな味付け。


だけどこれはちゃんとおいしくって。

それは凄いことで。

瑞希が頑張ったのがよく分かる味で。

だから美味しい味になっていて。


この場で一緒にその美味しさを味わって欲しくて。

俺はそうして食べてもらった。



間接キス。



そんな事を意識するほど子供じゃない。


けど、瑞希は違ったようだ。

口からスッと抜き取る箸の軌跡を目で少し追って、シュンっと高速で俯いて、ゆっくり咀嚼して、少し顔を赤らめて。


でも。


「すっごい美味しくない?」


卵焼きを食べ終えると。


「…ふふん」


彼女は満面の笑みを浮かべてこっちを向いた。


綺麗な白い歯。

鋭利な歯先。

けれどそれは表情が加わるとどうしても、とても柔らかそうで。


「言ったでしょ、料理なんて余裕なのよっ」


ひまわりのような綺麗な笑顔はとても眩しくて、綺麗だ。


あぁ可愛い、もうすっごい可愛い。愛おしい。

なんですか殺しますか、殺されてますかなんですか?

え、俺の死因心不全ですか?


(あぁ、でもそれでもいいや)


と、思ったが、それはダメだと俺は心の中で首を振る。俺は一生この子を手放さないし置いていかない。

そんなことしたく無い。


だから決心する。



この子を絶対に幸せにすると。



そして、同時に強く思った。


「あぁ"マジ天"使"!! も"ぉおおおまじ大好き"! 可愛すぎてマジ無理! いやほんとありがとう神様!! そんでもって瑞希ありがとう愛してる!!!!」

「んぇっ!!?」


そんな俺の気持ちを、瑞希がどう受け取ってくれるのかだけは想像がつかない。

けど、俺はわからないからこそ期待した。



彼女に俺の全身全霊の大好きが伝わっている事を。



俺が鮫島瑞希の事を、どれだけ愛おしく思っているのかを。どれだけ俺が可愛すぎて無理だと思っているのかを。愛しているのかを。


2万文字の読了お疲れ様でした


本作品は、他に連載しているローファンタジー作品に恋模様やそうした恋愛の変遷を描いていきたく、そして「自分がちゃんと書けるのか」と言う練習を目的として書いた物になります。


……要は恋愛小説書き慣れてませんアピールです。


誠に本当にとんでも無いくらい拙作ではありましたが、最後までお読みくださりありがとうございました。


また、「高校生2人のすれ違った結果の歪な恋愛模様」を描いた短編・短編分割版もございます。


【だから、まだ、僕達はベストフレンド】


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よろしければご一読下さい。

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