二日目
『79月131日』
多い多い多い。月は12まで、日も31までで十分でしょ。
……いや、一日目もそうだったけど、そもそも夏休み期間中なんだから7,8月だけで十分だったわ。私もしっかり毒されてるなあ。
『「市役所」「武市くん」「マラソン」』
今回は思ったより普通なキーワードだ。少なくともちゃんと人間界を舞台にした内容になりそうで少し安心。
……いや、そもそもこれは嘘日記だろう。事実を書いてないことを受け入れるんじゃない。坂本くんのドアインザフェイスに引っ掛かるな私。坂本くんにそんな意図は全く無いだろうけど。
『あの日から何日経ったのだろう。今も夢に見る、全てが始まったあの日……。
昼休みが終わり気怠い雰囲気が漂う授業中。ぼんやりと窓の外を眺めていると、スーツ姿の男の人や制服姿の女性など、年齢も恰好もバラバラな人たちが校門から入ってくるのが見えた。
一体何だろうと気になって見続けていたら誰も彼も動作が異常に緩慢なのに気付いて、まるで昔見たゾンビ映画を彷彿とさせるような状況に嫌な予感を覚えたのを強く覚えている。
その時校庭で授業をしていた体育の先生がその場に駆け付け、校舎に向かおうとする集団の一人に近づき声をかけているのが見えた。
すると声をかけられた人が先生の腕を掴み、それに気づいた集団の他の人たちもその場に集まって来た。異様な雰囲気を察した先生は腕を振りほどこうとしていたが、ビクともしなかったようだった。
そうこうしている内に先生に近づいてきた他の人たちがそれぞれ先生の顔を、胴体を、四肢を掴み、思い思いの方向に引っ張り、引き千切り、先生の絶叫が響き、そして……。
その時には異常に気付いた他の生徒や先生もその様子を見ていて、あまりの光景に立ち竦んだりその場で嘔吐したりへたり込んで失禁したりと阿鼻叫喚の様相を呈していた。
僕も何も反応出来ず呆然とその光景を見続けていたが、先生を「消費」しきった集団の内の一人と目が合った……ような気がした。
その瞬間悟ったんだ。すぐにここから逃げなきゃ僕らも同じ目に遭うって』
いや怖い怖い。なんでゾンビパニックが始まってるの。力が入り過ぎていて日記のレベルじゃないんだよ。
というかここまでキーワードが一つも入ってないのか。ここからあのキーワードをどう活かしてくるんだろう。
……いや違う違う。楽しみにしちゃいけないんだよ。飲まれるな、冷静になれ。
『あの人の形をしたナニカが生徒や教師を襲う地獄のような光景が繰り広げられる中、必死に学校から逃げ出した。だけど学校から出ても、そこかしこで同じような光景が広がっていた。
何とか市役所に逃げ込んだけど、そこまでの道中ですら多くの知り合いが犠牲になった。
岡田くん、楢崎さん、勝先生……他にも沢山。
とりあえず安全は確保出来たものの、あまりのショックで塞ぎ込み無気力になっていた僕たち。でもそこで武市くんが「僕たちは子供だけど、それでも何か今出来ることをやろう!」とみんなを誘い始めた。
大人の指示に従ってバリケード作りやら物資の移動やらを混乱のままに始めた僕たちだったけど、無心に何かをしていたおかげで徐々に状況を受け入れ始めることが出来たのだと思う。
あの頃から今に至るまで。指導面でも心理的な支えという意味でも、様々な面でみんなを支え続けてくれている武市くんには感謝しかない。
これを書いている時点であの日から79月131日が経った。
必要な物資を収集に行ったり、その過程で仲間を得たり喪ったり。
他の生存者グループに出会って協力したり、時には対立したり。
ラジオもテレビもスマホのネットも使えなくなって久しい。漫画やゲームの主人公じゃない僕らは、こうなった原因を知ることも打開する手がかりを得ることも出来ぬまま今も市役所で生き続けている。
僕らはいつまで続けることになるのだろう。この終わりなきマラソンを……。
おわり』
最後のおわりで気付いたけど、そういえばこれ絵日記だったわ……。
というか死んだなあ。私死んだなあ。いや別に活躍したかった訳じゃないしそもそも出演したくもなかったけど、ナレ死は流石に予想外だったなあ。
そして一気にキーワード回収してきたなあ。マラソンをこう使うとは。でも日付の回収はちょっと強引だったかな。こんなことで苦しむくらいならちゃんと暦通りにしておけばよかったのに。
しかし武市くん、私たちとしてもクラス委員長とかをやってくれる明るくて頼りがいのある子だって認識だったけど、坂本くん視点でもそういう印象だったんだなあ。でも頼りがいがあると言ってもまだ小学生。教師として負担が集中しないよう配慮してあげないとなあ。
こんな機会に得たくない気付きだったなあ……。