発端
夏休みの宿題。
それは長い休み期間に相応しい膨大な量でもって、計画性のない生徒たち及びそれに巻き込まれるであろう保護者や関係者に対して途方もない負担を強いる悪魔の存在である。
私が教員を務める小学校にも当然夏休みの宿題はあるのだが、その中には他ではあまり見ないであろう特徴的な宿題が一つ存在する。
その名も『三日絵日記』。
名前の通り夏休み中のうちの三日間の絵日記を描くものなのだが、一番の特徴は『その三日が連続していなくても良い』という点である。
夏休み開始直後でもいいし真ん中や終盤でもいい。印象的な出来事や外出などのイベントがあった時に描けばいいのだ。
「三日坊主絵日記」なんて揶揄する人もいるようだが、個人的には三日坊主で大いに結構だと思う。なぜなら夏休みの絵日記における一番の目的は、思い出を残すことの良さ、つまり絵日記を描くことの楽しさを知ることであると思うからだ。
そう考えるとほぼ毎日義務的に「今日は何もない素晴らしい一日だった」で〆られる絵日記を描くより、例え三日でも気持ちを込めて楽しかった思い出を絵日記に描いた方が将来の糧になるはずである。
夏休み後の宿題チェックが楽になることも含めて、この宿題を考案し定着させた先人には本当に尊敬と感謝の念に堪えないものである。
そんな風に今までの私は三日絵日記を御しやすい宿題だと思っていた。
そう思っていたんだ……。
夏休みが終わってすぐのある日。私は一冊の絵日記を前に……正確に言えば絵日記に添えられた一通の手紙を前に頭を抱えていた。
その内容はこうだ。
『勝先生へ。
坂本です。突然のお手紙失礼します。
単刀直入に要件を書きますが、実は夏休み中に絵日記を書くのを忘れてしまっていました。夏休みはとても楽しかったのですが、いかに楽しかったと言えども過ぎた思い出をもとに描いたのでは正確に絵日記を書くことは出来ません。
そこで完全に嘘で絵日記を書くことにしました。
とはいえ完全に嘘では制御不能になるのは目に見えています。なのでランダム性に委ねることにしました。
手順としては、
①日付については「月」と「日」。
②日記内容については「場所」「人物」「行動」。
③上記項目に当てはまるキーワードを紙に思いつくままに書き出す。
④書いたキーワード部分を切り取って紙片を作る。
⑤くじ引きの要領で各項目ごとに紙片をランダムで一つ引き、それに沿って絵日記を書く。
という形にしました。
これはそういった手順で書かれた絵日記となります。よろしくお願いいたします。
追伸:使用した紙片も添付しますのでご参考になれば幸いです。
6-4 坂本』
……私が頭を抱えている理由はお分かり頂けたことと思う。
宿題回収時に絵日記と共に小さな紙片でパンパンに膨らんだビニール袋を渡され、何だろうと思いつつ職員室に戻ってからチェックしてみると、絵日記の中にこの手紙が入っていたのだった。
普段の坂本くんは決して悪い子ではない……というかむしろ周囲の空気が読めて事前に配慮出来たり気を利かせてくれるような良い子なんだけど、時々こういう突拍子もないことをするんだよなあ。
絵日記自体がどうあれ既に坂本くんの職員室呼び出しは決定しているけど、それはそれとして中身が気になるのも確か。
ロクでもないことになっているのだろうという諦念と若干のワクワク感が入り混じる中。
宿題チェックは教師の義務と自分に言い聞かせながら日記を読み始めたのだった。