7.私のいるべき場所
知ってる。知ってるよ、あの人。
忘れたりしない。私がずっと気がかりだったもん。
頻繁に顔を合わせていた……私の護衛騎士さん。正式な専属ではないけど、護衛はいつもこの騎士さんだった。
でもどうしてここに?私を連れ戻しに来たの?
王宮に、戻る?
言葉が浮かんできて一気に不安になっちゃう。大丈夫、見つからなければいいだけ。
急いで登ろう。そうすれば姿が見えなくなって、通り過ぎるはず。
短い足を上に乗せて思いっきり踏ん張る。うぅ、登れない。後ちょっとなのに……。
手と足の痛みに襲われる中、目が、合った。合っちゃった。
「「……。」」
しばらく無言の間が続く。あちらも目線を離さず、かすかに目を見開いているように見える。
逃げないと。連れ戻される、王宮に。なのに体が動かない。
いや!いや!ここにいたい。
ララ、ソガ、マーナ、他にもたくさんの人と出会って、一緒に同じ時を過ごした。
王宮での生活は楽。それに比べて下町は大変だし、綺麗でもないし、豪華でもない。
だけど、いま戻った王宮よりも、ここで過ごした方が楽しい。大変でもいい。少しぐらい綺麗じゃなくても、豪華どころか質素な暮らしでいい。
マシーナやお父様達と過ごした時間が楽しくなかったわけではないよ。でも、マシーナはいないし、お父様も変わられた。
だったらララと、ソガと、マーナと。楽しいことも、大変なことも、辛いことも、全て分かち合って生きていきたい。
大変な道を選んでいるのは知ってる。でも、私の気持ちは変わらない。
「おい、隠れないで何してるんだよ。すぐ見つかったじゃないか。」
ソガの声が聞こえた。そういえばかくれんぼの真っ最中だった。どうやらあっさりと見つかっちゃったみたい。
「とりあえず行くぞ!」
すぐに見つかって上機嫌なのか、つまらないのか分からない声。でも、そんな普通の会話が、私にとって特別に思えてきた。
「うん……うん!行く!」
えへへ、涙が出そうになっちゃった。
手を軽く引っ張るソガについて行こうと歩みだした途端だった。後ろから想像していた声が耳をつらぬく。
「お待ちください!クレア様!」
足音が聞こえる。お願い。何も言わずに帰って。気づかなかったふりをして戻ってよ。
「あんた、見かけない顔だな。誰だ?」
ひぇー!王宮の護衛騎士にその口の利き方!下町育ちだし、騎士だと知らないから仕方ないけど、知ってるこっちはヒヤヒヤするよ。
「我が主、クレア様にお仕えする護衛騎士だ。……クレア様、お迎えに上がりました。」
ソガは状況が読み込めずに頭を垂れている騎士と何も言わない私の顔を交互に見ている。
「……騎士さん。人違いじゃないですか?私は下町で暮らしているクララというものです。誰かに頭を下げられるような高貴な方がこんなところにいるはずないですよ。」
帰って、このまま何も言わずに。それだけを願い、心を込めて放った。あたかも他人のフリをして。
「クレア様……。」
何かを感じ取った騎士と、いつもと雰囲気が違うことに気がついたソガ。二人の視線が痛い。
王宮に戻っても大変。下町に残っても、質問攻めされるのがわかっている。だけど、やっぱり……
「用がないなら失礼します。……ソガ、行こう。」
「あ……う、うん。」
冷たくあしらうように接し、ソガと触れている手に力を込める。そして何歩か歩みを進めた途端、
「クレア様!!当主様がお待ちです!クレア様!今すぐお戻りください!」
大声で叫ばれた。なんでだろう。どうして思い通りにいかないの?これでソガに私の正体を知られたも同然よね。……ならいっそのこと……。
「騎士さん、私は戻らないわ。ここが好きなの。いま戻っても私が危険なだけ。あなた達には迷惑をかけるけど、戻りたくないの。どうしても……。」
後ろを向いたまま、言い放った。だけど、あちらも簡単に諦めるはずがない。
「無理です!迷惑だと思っているのならば今すぐお帰りください。」
バッと振り返って騎士さんの顔を見つめる。
「なぜ?お父様はもう私に関心がないわ。探してすらいないでしょう!?」
「確かにわたくし共は当主様の命令で動いているわけではありません。しかし、王宮ではわたくし達がお守りいたします。なので……」
お戻りください。その言葉を聞く前に私は叫んだ。これ以上聞きたくなかった。……聞けなかった。
「嫌よ!!」
ソガも、ずっと話しをしていた騎士さんも、その後ろに控えている騎士さんもビクッとしたのが分かった。だけど、私は言葉を続ける。
「言ってるでしょう?帰りたくないって何度も。何を言われても帰らないわ!」
なんでそこまでするのよ。お父様の命令でもないのに。わざわざこんな大人数の騎士を連れて。
「そこにいる少年が危険だとしてもですか?」
騎士さんがそんな風に尋ねてきた。意外な言葉に頭の中はハテナで埋め尽くされた。
「どういうこと?」
なんでここでソガが出てくるわけ?嫌なものが背中をつたった気がした。
「クレア様が帰らない原因を作ったと思われるそこの少年は、罰せられるでしょう。そして、調査して他の人も。」
……なんで?巻き込むつもりは無いのに。私は帰りたくない。それだけなのに、みんなが危険になっちゃう……。
王宮に帰れば私が危険。帰らなければ他のみんなが危ない。
一体どうすれば。一瞬そんなことを考えたが私の頭の中では既に決まっていた。
「一つ約束をしてくれる?」
「戻ってくださるのであれば。」
きっと約束してくれる。信じている。
「ソガや他のみんな。ここの人はもちろん、あっちの人も含めて誰にも危害を加えないこと。それを約束して欲しいの。」
もし断られたらなんて考えていたが、意外にも騎士さんは即答した。
「もちろんでございます。罪のないものに危害を加えるつもりはありません。」
そうなったら、家で話をするのが最善だけど、ララに言ったら反対されたり、着いてこようとするはず。どうすれば……。
「明日の午前十一時、ここに来て。……別に逃げたりしないわ。下町の人の命をかけて。」
不安そうにしていた騎士さんに対して決意を伝えると安心したような顔になった。しかし、またしっかりとした顔に戻る。
「承知いたしました。明日朝のお待ちしております。」
そうしてこの地獄のような一日は終わった。
あとから聞いた話だが、マーナはずっと見つけてもらえなくて拗ねちゃったらしい。
今日のことを歯車にし、私のこれからを変える出来事が目前へと迫ってきていた。