6.ママとお友達
──────同日の夜
「ララ、準備できた?」
目の前は暗闇。だけど確かに、大切なララが居る。
「はい。服を三着ずつ、一週間はもつであろう飲食類。換金できそうなものとお金。他にも必要なもの……確認済みです。」
「そうね。じゃあ行こう。」
四年間暮らしてきたこの王宮ともこれでお別れ。いざその瞬間になると寂しくなるのよね。
「寒いわ。」
外に出てポカポカの体が一気に冷えた。
こんな時間に外へ出たことがないから知らなかった。
「……。」
ララが無言で震えている。寒さからか、あるいは別の何かからか。
ララはまだ二十代前半だけど、十年近くここで働いてきた。お母様に重宝されて、名残惜しいのかもしれない。
「ララ、ここに残りたい?お母様の元へ戻る?」
ララがそれを希望したら、それに従う。今まで尽くしてくれた、せめてもの礼儀だもんね。
「……そんなことありませんよ。少し、昔を思い出しただけです。」
「そっか。」
なんか、深く触れない方がいいと感じた。
一番心配なのは、護衛をしてくれていた騎士さん達。罪になったりしないよね?最近お父様は私に厳しいし、気にしすらしないはず。
それからひたすら歩いた。足が次第に動かなくなってくると、一休みをし、また歩いての繰り返し。どれくらい経ったのか、分からないけど、ぽつぽつと家の中から漏れた、明かりが見える。
「ここが下町……。」
思っていたよりも整ってて、充実した生活が送れそう。
「家はこちらです。」
ララが家を手配してくれた。あなた一体、何者?
私の部屋半分ぐらいのこじんまりとした家だったけど、暮らすには十分な広さだった。
「ありがとう、ララ。」
──────時は進み、夏を迎えようとしていた。春の初めに摘んでいた花は枯れ始め、ララとの下町生活にも慣れてきた。
幸い、捜索手配はされていないようで、王女が居なくなったという噂も聞かない。無事にいったみたい。
「ふんふんっふーん!」
鼻歌を歌いながら、家で絵を描いていた時だった。扉がゆっくりと開き、外の生暖かい空気がふわりと漂う。
「ただいま。」
「おかえり!」
洗濯代行の仕事へ行っていたララが帰ってきた。メイドとしての技術を利用して稼いでくれているララのおかげで、充実した日々を送らせてもらっている。
さすがにクレア様呼びに敬語だと町の人に不審がられるからね。変更することになった。ララって意外と適応力の高い演技派かも。
それとクララという名前でやっている。クレアだとララが呼び捨てにしにくいのと、万が一バレたら困るからね。
ちなみにクララの由来はスペルが似てるからってとこかな。
「クララ、今日は七つ野菜スープにするわね。」
「やったー!」
うん。どこからどう見ても普通の平民家族だね。平和すぎる生活に、毎日にっこにこ!
「おーい!クララ。来たぜ!」
「クララ〜!昨日の続き教えて〜!」
扉越しに無邪気な声が聞こえてきた。最近は毎日聞く声でもある。
「ソガとマーナ?」
「そうみたい。行ってくるね。」
活発でなんでもやる気がある好奇心旺盛な男の子、ソガ。
少し天然だけど明るくて飲み込みが早い女の子、マーナ。
二人とも私が下町に来てからできたお友達。ちなみにどちらも私よりも一個上の五歳なの。
──────下町街
「今日は私の家に来るよね!?」
「いいや、僕の家だね。前はクララん家、前の前はマーナの家に行っただろ。」
「そうだけどクララもお人形さんとかあるお家の方が楽しいもん!」
あはは。どっちも譲らないみたい。よし!ここは私が!
「マーナ。今日はソガの家に行こう?次にマーナの家へ行くからさ。」
「む〜。クララが言うなら……まぁ、いいけど。」
渋々と言った感じだったが応じてくれた。頬を膨らませている感じが歳上ながら可愛い。
「ありがとう。マーナ!」
満面の笑みで抱きつくと嬉しそうにしている。
何とか解決……。どっちが歳上なんだか。
王宮と下町だと違うっていうことはあるけどね。
──────ソガの家
「あらぁ〜、いらっしゃい!マーナ、クララちゃん。」
ソガのお母さんであるジャンティおばさん。
気さくでいい人。マーナだけ呼び捨てなのはやっぱり時間の差かな。
「おばさん!こんにちは!」
「ジャンティおばさん、お久しぶりです。おじゃまします。」
マーナと私はジャンティおばさんに挨拶をする。
ソガの家はちょっと離れてるからね。久しぶりに会うこともあるの。
「はい、こんにちは。本当に久しぶりねぇ。さぁ、入って!」
手招きをしながら中に入れてくれる。家の広さは私の住んでいる家とあんまり変わらないけど、本が多いから狭く感じる。本だけじゃない。色んな道具もいっぱい。
ソガのお父さんは文官で、難しそうなものが沢山ある。息子のソガは文官よりも騎士とか冒険者の方を目指しているらしいけど。
「よし、クララ!始めようぜ!」
「続き続き!早く、早く!」
部屋に着くなり、二人ともわくわくした様子で目をこちらに向け、きらきらさせてくる。
「うん!わかったよ。昨日やった事は覚えてる?」
「もちろん!木の文字をやったよ!」
「五個覚えた!」
「そうだね。昨日で木の文字は終わったから、今日は金の文字に入ろうか。」
私は二人に文字を教えているの。下町ではなかなか読み書きできる人がいない。教えてもらえそうなソガのお父さんは忙しいからね。
私の場合はだいぶ前に文字の学習が終わっちゃったけど。
お父様が勉強に力を入れていたからね。あの時は楽しかったな。
基本の文字は六種類に分かれる。
月の文字、火の文字、水の文字、木の文字、金の文字、土の文字。
前は太陽の文字もあったみたいだけど、多くの人が扱えなくてなくなったんだとか。それだけ難しいんだって。ちょっと興味わくよね。
「金の文字は気の文字と同じ五文字。でも形は全然違うから集中して覚えないとダメだよ。」
「「うん!」」
二人が揃って返事をした。
いつも意見がぶつかるのに、文字を知りたいこととか返事とかはよく揃う。
いいな、そういうの。
私にはそういう人がいなかったからちょっと羨ましい。そしたら後ろの扉から音がなってジャンティおばさんが入ってきた。
「あらぁ!また文字も勉強をしているのかい?」
「あぁ!楽しいからな。」
「クララ教えるの上手なの!」
「へぇ、クララはどこで文字を教わったんだい?言葉遣いも綺麗だしねぇ。」
「えっと……ママ(ララ)から教わりました!」
「ああ、ララさんね。若いのに仕事もできるし、優しいのに勉強までできるのかい?また、すごい人を母に持ったねぇ。」
ララに関心した様子を見せるジャンティおばさん。だって、元々は王女の側仕えだからね!
教えるよりもごまかすの方が一苦労だわ。
──────約一時間後
「うっへー、疲れた〜……。」
「いっぱい頭使ったぁ。」
二人とも疲れた様子で倒れ込むように机に身を任せた。
ずっと集中していたんだもん。すごいよね。
「二人ともお疲れ様。今日の勉強は終わりにして外にでも行く?」
気分転換に行かないとね。ご褒美、ご褒美!詰め込みすぎは良くないって聞いたことあるの。
「「行く!」」
またしても揃ってこちらを見た。ほんと、家族みたいね。
──────下町の公園
「よぉーし!おれが怪物役だ!十、九……」
ソガが後ろを向いてカウントダウンを始める。
「「わ〜!逃げろー!」」
私とマーナは全力疾走で逃げる。
これはいわゆる怪物ごっこというもの。違うところだとおにごっこ?とも言うらしい。風の噂でね。
私は少し遠く……公園の端の方まで来た。どこに隠れよう。うーん……。
「あっ!あの場所いいじゃん!」
大きな木を見つけるといいアイディアを思いついた。
木に登ろう!王宮で運動頑張ってたし、できるはず!
「うんしょ。」
はぁはぁ、結構キツいかも……。ん?あそこにいる人達、見たことがあるような?そう思っていたら先頭に立っていた一人が振り返った。
「……っ!」
知ってる。知ってるよ、あの人。