3.消えたあの子と新しいこの子
夢を見た。
綺麗な声をした女の子が出てくる夢。
歌を歌っていたけど、どこか悲しそうで、何かを伝えたがってるみたい。
その子が白銀の長い髪をなびかせながら振り返るその瞬間、目を覚ました。
顔に違和感を感じてほっぺに触れてみると湿っているのを感じる。気づかないうちに泣いていたみたい。
綺麗な歌だった。なのに今感じているこの感覚はなんだろう。何かを失って、心にぽっかり穴が空いたみたい。
「あれ?マシーナ?」
いつも起こしに来るはずのマシーナが来ない。
……今何時だろう。多分いつもよりは遅いはず。だってお日様が高く昇ってるもん。
「マシーナ?マシーナ?」
時計は十時半を指していた。いつもは七時なのに。どこにいるんだろう。寝坊かな?
「どこにも居ない……あ、そろそろ挨拶に行かないと。」
朝の挨拶の時間はとっくに過ぎている。十一時からは昼の挨拶の時間。来客の人が沢山来るから早くしないと。
──────レーヴェ宮(王様の宮)
「お父様、お母様、ごきげんよう。クレアが参りました。」
やっぱり緊張する。優しいのは知ってるけど、国のトップだもん。でも今日はつっかえずに言えたから良かったぁ。
それからたわいもない会話をして、私は話を切り出した。
「お父様、お母様。実は朝からマシーナが居ないのです。」
「マシーナというと……クレアの専属メイドよね?」
「寝坊でもしているんじゃないか?」
お父様とお母様がそろって反応して見せた。
「私も寝坊を考えましたがこのようなところはしっかりしているので、考えにくいかと。」
しっかりしてる性格のことってなんて言うんだっけ?忘れちゃった。
「そうか……わかった。探してみよう。」
「見つかるまでの間、私の侍女からそちらに送るわね。」
「ありがとうございます。お父様、お母様。」
その後、マシーナは帰ってこなかった。お母様が送ってくれた人も優しい人だけどやっぱりマシーナがいい。ちなみにその人はララといってマシーナの親友だったらしい。
……最近変な事ばっかり起こる。マシーナはいなくなったし、玄関口に花が置いてあったり。
誰かが好意で置いてくれたのかと思ったけど花の下から虫が出てきたことが多々ある。
他にはここ(フジの宮)の壁が一部だけ黒く塗られていたり、ドレスがビリビリになっていたり……。
とにかくいっぱいイタズラされて疲れた。
「ねぇ、この間置いてあった花の名前わかる?」
「シャクナゲの花でございます。」
「そう。」
……なんか無反応ではないんだけど無反応みたいな。ずっと真顔だし、言われたことしかしない。
お母様には真面目な子だと言われたけど…なんかね。マシーナとは似てない。明るいマシーナの親友らしいのに暗いっていうか……決めつけるのは良くないとは思ってるんだけど。
「マシーナ、早く帰ってきてよ……。」
あ、つい声に出ちゃった。でも大丈夫だよね。いつもみたいに真顔……じゃない!?
泣いていた。ララが静かに。
「うわっ!えっと……大丈夫!?どうしたの?」
「すっ、すみませんっ。私が、私が……。」
「ええぇ?」
なになに?どういうこと?どうすればいいの?てんわやんわしていると少しずつ話してくれた。
「私……昨日の夜、マシーナと会ったんです。部屋がすぐ隣だから、ちょうどすれ違って……。
出かけようとしていたからどこへ行くのか尋ねました。そしたら庭園に呼び出されたから行ってくるって……。
誰からかも分からないのに行かない方がいいと止めたのに、行ってしまいました。
そして今日、行方が分からなくなって……ごめんなさいっ、私が止めていれば……。」
親友なのにずっと真顔で心配すらしてないのかと思ってた。
「大丈夫だよ。」
座り込んで子供のように泣きじゃくるその背中に優しく手を置いた。
「あなたのせいなんかじゃないわ。誰に呼び出されたか知らないけど、そのうちひょっこりと出てくるよ。マシーナだもの。
きっと友達と会って話してたら道に迷った、とか言いながら来るわ。だから一緒に待とう?
いつの間にか私たちが仲良くなっててびっくりさせちゃえばいいのよ。ね?」
「……そう、ですね…はい。」
───あれから季節二つ分ぐらい経った。だけどまだイタズラされてる。
はぁ、なんなら慣れてきちゃった。
でも、やっぱり疲れる。ずっと警戒してるからね。でも……
「戻ったわよー。」
「おかえりなさいませ、姫様。」
にっこりと返してくれるララ。いい方向に変わったことといえばこれだけかな。
私にとって仲良くなった側仕えはマシーナに続いてララで二人目。
もともと私は騒がしいのが好きじゃない。だから極力人数を少なくしている。
それと、分担を決めているのもあるかも。掃除、洗濯、料理、身近なお世話係。たくさんの人が全部の種類を分担するのではなくて、一人の人がひとつの分野を全部行う。
一見大変そうに見えるけど、ひとつの事だけをやるとコツもつかみやすいし、全部をやるよりは楽だと思う。
感じ方は人それぞれだから決めつける気はないけどね。
だからお世話係の側仕え以外はあんまり話したりもしないんだよね。会う機会も少ないし……。
それに生まれてからずっとマシーナが世話してくれていたからね。
「さて、さっき摘んできたお花を花瓶に……。」
あれ?ないな。さっきポケットに入れたのに……。
「どうかしましたか?」
「お、お花が消えちゃったぁ……。」
綺麗な花だったのに。ララが慌てた顔で半泣きになった私に急いで駆け寄ってくれる。
「落としてしまったのですかね?一緒に探しに行きましょうか。」
「うん。」
絶対に見つけるんだから!本当だからね!
そんな時だった、
──────ピーッ、ボコボコ、バフッ
な、なんの音?
「あ……すみませんっ!お湯が……。」
話しながら私にはお構いなしに厨房へと走っていく。
「ちょっと、ララ!?大丈夫?」
「全然へ……きゃあ!」
ガッシャーン、という音がして厨房へ入ると、やかんがひっくりかえって、ララが立っていた。
「何があったの?」
「やかんのお湯が溢れ出していたので急いで火を止めようと思ったら軽く触れてしまって、ひっくり返ってしまいました……。」
苦笑いしながら弁明するララ。
しっかりしているように見えて案外抜けている部分もあるのよね。そこは少しマシーナに似ている。
とりあえず平気そうで良かった。火傷もしてなさそう。
「あの、掃除をしてから行きますから、先に探しに行ってもらってもいいですか?少し時間がかかりそうです。」
「分かった。庭園の近くにいるね。」
──────庭園
「おっはなさーん、お花さんどこー?」
軽くリズムをつけて問いかけていると人が見えた。