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16.腕の代わり

「……フィーナ。腕を見せなさい。」


強めにうながす。


「命令ですか?」

「……命令よ。早く見せて。」


正直フィーナに命令するのは心苦しい。

ずっと無理強いはしてこなかったし、命令しなければならないような事はなかったから。


私自身、命令というものが好きではない。

本人の意思と違うことをさせるなんて、人間ではないみたいだから。その気持ちは私にもよくわかる。昔、嫌なほど感じたから。でも命令しなければフィーナは見せてくれないはず。


優しすぎるから、私が心配するのを知っているから、フィーナは隠そうとしてる。ごめんね、フィーナ。それを知っていても、私は知らざるをえないわ。あなたの主だもの。


「……分かりました。」


フィーナはスっと手を差し出す。


「これは……。」


ひどい怪我。食器の欠片が刺さって、おさえている手からつたって血が垂れていく。


「なんで…なんで早く治療しないのよ!?」


一刻も早く治療しなければ後遺症が残ってしまうかも。


「立てる?」


はい、と言う返事を聞くと、寝室まで連れて行く。


「ベッドに座ってて。」


救急箱はあっちの棚だったかしら。急がないと。


「あのっ、クレア様っ!?何をしていらっしゃるのですか?」


何って……救急箱を探しているだけなんだけど。


「フィーナ、救急箱、どこにあるの?」

「そちらの棚の二段目ですが……私、自分でできますから!」


何回言っても諦めようとしないみたい。


「フィーナはさ、私から罰を受けないとって思っているのかしら?」


フィーナは基本、私の言う事に素直に従う。命令なら特に。それが主従っていうもの。

ただ、ここまで引きが悪いと、相当な罪悪感に侵されているという決断に至った。


「そうです。私は主であるクレア様の就寝の邪魔をしてしまい、ご迷惑、ご心配をおかけしましたから。」


反論できない。いくら離れと言えど、王宮で暮らしてきたから分かる。

本、人、社会。様々なところから主のとしてのあるまじき姿を教わった。

功を立てたら褒美を与える。罪を犯したら罰を与える。

それが主従関係の大前提だ。


「……分かったわ。フィーナ・ガミール。罰を与える。」


フィーナがベッドから素早く降り、膝を床につける。


「あなたは主である王女の睡眠の妨害をし、心配をかけた。

主である私に苦労をかけることをとても嫌うため、私、クレア・ジュア・ヘリオスがしばらく側仕えの仕事……つまり雑用を行う、という罰を与える。期間は傷が治るまで。

また、その間は私の指示以外の際は謹慎をすること。反論、異論は認めない。」

「……っ!」


何か言いたげに目を大きく見開いて私を見つめていたが、言葉を発することは無かった。

それが、主従契約というものだから。訴えても覆ることのない決定事項。


王宮で仕えてきてそこまで経っていないけど、フィーナは十分に理解しているはず。それを分かってて利用するなんて、はたから見たら私…悪者ね。


「……質問が、あります。」


質問?想定外なフィーナの行動に少し焦る。

だけどそれは表に出したりしない。こういうのはまぁまぁ得意。ここではいつ誰が見ているか分からないからね。


「何かしら?」


フィーナのことだから異論はしない……はず。

私の心臓が小さくドクドクしている。もし、異論を出したら?私は主として、側仕えのフィーナに追加で罰を与えなければならない。そんな事はしたくない。


「クレア様は雑用のやり方や場所などが分からないのではないですか?だから……。」


お願いだから。それ以上言わないで。


「やめて!」


気がついたら叫んでいた。


「クレア…様?」


「お願い。もう、それ以上言わないで!私は、私は……王宮のしきたりに逆うことはできない。たとえ、どこに住んでいようと王族である限り。私はあなたまで失いたくはないの。だから、だから……。」


どうか。これは私の切なる願い。

たとえ、家族が私を愛してくれなくても、見てくれなくても、世界中の皆から嫌われても。

わたしはフィーナと今まで通り暮らしていくだけで幸せ。周りがどうだろうと。それ以上は何も望まない。


「失礼します。」


ぎゅっと私を抱きしめてくれるフィーナからは、優しさを感じた。心地いい、いつまでもこうしていたいよ。


「クレア様。恐れながら助言をいたします。あまり、無理をなさらなくていいのですよ。」


王女と言えどまだ、五歳です。付け加えた。


「でも、もう五歳よ。自由気ままに過ごしていいほど幼くないわ。」


そういった途端、フィーナの目に涙が溜まった。


「クレア様。難しいと思いますが昔のことは忘れてください。そして、思ったことはなんでも言ってください。そのほうが楽しく過ごせるはずですよ。五歳はまだ子供なんですから。」


子供?五歳の私はまだ子供……なの?子供というのは両親が会ってくれていた三歳までではないの?


大人ではないが、子供でもないと思っていた。

でも、あの時は、色々と感覚がおかしかったのかもしれない。


そうなのね。私はまだ、子供でいられるのね。周りの人を頼って、手を借りて、手助けし合ってもいい歳なのね。


フィーナの腕にうずくまり、自然と溢れ出てきた涙を静かに流しながら、久しぶりに昔のことを考えていた。

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