15.トラブル発生!
「あなた、お名前は?」
名前すら知らないなんて。これじゃあ、何て呼べばいいかもわからないもの。
「あっ、そういえば。まだ言ってなかったね。あたしはフォーリャ。葉っぱの妖精だよ。一応、実体化はしてるんだけど、普通は見えないんだよね。」
「そっか、妖精ね。よ、妖精?……妖精!?」
まさか妖精だなんて言われると思ってなかったから、危うく聞き逃すところだった。
妖精とは、神に仕える眷属であると言われている精霊様の親族のこと。その存在は高貴で、珍しく、お目にかかれるなんて光栄という言葉で表せない、そんな存在。まさかそんな妖精に会う日が来るなんて。
「フォーリャ様。私はクレアと申します……以後お見知りおきを……。」
王族である私が、妖精にどんな態度をとればいいのか、わからなかったが、私が人間である以上、頭を下げる存在だと判断した。
「ち、ちょっと待って!そういうのやめよう!?クレアちゃんはあたし達の恩人だしね。」
焦りながら少し困ったような声が聞こえた。
優しく言われているのに、反論できない。これが妖精というものなんだろうか。
「分かったわ。」
私は姿の見えないフォーリャに向かってニコッと笑った。これは周りから見たら壁に笑いかけてる、ただのおかしい人だよね。
今はフィーナが出かけているからいいけれど、戻ってこないうちに終わらせないと。
「クレアっていうんだね。綺麗な響き。フルネームは?」
「……ジュア・ヘリオス。クレア・ジュア・ヘリオスよ。」
正直いうと、あのお父様と同じ名前を使うのは気が引けた。けど勝手に変えるわけにも、質問に無視することもできない。
「ジュア・ヘリオス……ってクレアちゃん王族!?」
王家に受け継がれていれる名前は、当たり前だけど、他の誰にも与えられない、特別なもの。ジュアもヘリオスも太陽を意味しているの。
「うん、一応……ね。」
実際、こんな離れに住んでいて、執務もせず、両親にも会っていないなんて、自分が王女なのか本当は分からないけど。
「……クレアちゃん。あたしもう行くね。明日、あの場所で待ってるよ。」
いきなりだった。状況が読み込めない。
「ちょっと待って!?あの場所って……。」
私はフォーリャに向かって引き止めたつもりだったが、この場にいるかも分からない。唯一の手がかりである声は聞こえなくなってしまったし。
「帰っていらしたのですね。ただいま戻りました。」
フィーナが帰ってきた。偶然にしては、すごいタイミングね。
「えぇ、おかえり。今日は何を買ってきたのかしら?」
買い出しに出かけていたフィーナに問いかける。
「今日はシチューにしようと思いまして、その野菜とお肉、そしてデザートのイチゴです。」
フィーナは袋を軽く持ち上げて微笑む。やった!シチュー!しかもお肉たっぷり!イチゴもあるし、今日はいい日かも。
「あら、そうなのね。楽しみだわ。」
「期待しておいてください!クレア様。」
自信満々に片手を掲げるフィーナを見て、私まで微笑ましくなる。
「すぐにお茶をお出ししますね。」
スタスタと厨房へ駆け出していく。結構早いけど、音は鳴らさずに、シーンとしている。
「ふふ。懐かしいなぁ。」
ちょっと昔……フィーナが仕えはじめて間もない頃のこと。
足音はドタバタだし、水の入ったカップはおぼんから落とすし、掃除はホコリが残っていて、おまけにバケツをひっくり返していた。
あれからいっぱい努力して、今はそんな事は滅多にないけどね。
「クレア様。ルクリリ紅茶でございます。」
「……ありがとう。」
思わず口元がほころぶ。半年前までは、フィーナの存在を知らなかったって、考えると変な感じだわ。
「……どうかされましたか?」
「いいえ、何でもないわ。……フィーナ。いつもありがとう。」
最近よく見るフィーナの驚いた表情が向けられる。
いきなり改まって言われると驚くわよね。
「こちらこそ。これからも頑張りますよ!……それでは失礼します!」
ニッコリと笑ったあと、厨房へ駆け込もうとする勢いで歩いていたがすぐに止まって、こちらを向く。退室の挨拶を忘れていたのに気がついたんだろうな。
さて、お茶をいただきましょうか。今日はルクリリ紅茶ね。結構濃い味だけど好きなのよね。
いつか……いつかこの紅茶を紹介できるような、親しい人が出来るといいな。
──────数時間後
「ご馳走様。いつもに増して美味しかったわ。」
口元を拭いながらフィーナに目をやる。
「喜んでいただけて何よりです。」
嬉しそうに顔をほころばせると、食器を持って片付けに行った。そろそろ寝ないとはいけないわね。
「フィーナ、私はもう寝るわね。洗い物をしたら早めに帰りなさい。フィーナも疲れたでしょうから、アロマの準備も要らないわ。」
いつもは夢見を良くするのを兼ねて、アロマをたいてくれる。だけど、フィーナはいつもよりも張り切って作っていたから、きっと疲れているだろう。
私に出来るのはこんな事ぐらいしかないけど、少しでも役に立てればいいな。
ベッドに入って、いよいよ横になるところだった。フィーナのとてつもない悲鳴が、両耳をつらぬいた。布団がベッドから落ちるのなんかお構いなしに、厨房へ向かって走って向かう。
「フィーナ!どうしたの!?」
目線の先にはフィーナが腕をおさえて座り込んでいた。
「クレア様。起こしてしまい申し訳ございません。私は大丈夫です。ただ、食器棚が落ちてきただけですから……。」
厨房にある食器棚は、壁につけるタイプのもの。古いからねじが緩んだか、食器をのせすぎたかしたのね。
「まだ寝てなかったから、私は平気だけど……。」
フィーナが腕をおさえているのが気になる。
「怪我はしてない?」
「大丈夫ですから、どうかお戻りください。」
はぐらかされた感じが逆に怪しい。その抑えている手の下を見るのが怖いわ。
「……フィーナ。腕を見せなさい。」




