1.突然の崩れ
クレア・ジュア・ヘリオス(ソレール王国の第三王女。花と紅茶が好きで、尽く してくれる人にはついつい甘くなる。)
マシーナ(クレアに仕えるメイドでありながら距離が近すぎてよく怒られている。芸術が好きだがセンスがいいとは言えない。)
アナティア・ジュア・ヘリオス(クレアと同い年の妹。ある日を境に性格が変わる。)
「あなただったの?ずっと探していたあの人は……。」
私は前の姿と重なった彼を見て、泣きながら立ち尽くしていた。
───ソレール王国
「お父…様、お…母様、ごきげんよう。クレア…が参りました。」
私はちいさな舌で緊張しながらも一生懸命に挨拶をして深々とお辞儀をする。
「あぁ、クレア、おはよう。」
「おはようクレア。今日も可愛いわ。」
私はこの時間がご飯の時よりも、お散歩の時間よりも好き。朝にお父様であるソレール王国の王様とお母様である王妃様に挨拶をするこの時間が。
お父様はいつも、えっと…まつりごと?だかなんとかで怖い顔をしているし、それを見たお母様が心配そうな顔をしている。そんな二人が笑顔になってくれるこの時間が本当に大好きだった。そして、当たり前にずっと続くものだと。
たった三歳の私には分かっていなかった。この幸せな瞬間に影が差し掛かってきていることに。
──────ソレール王国の庭園
「お父様!見てください。新しく覚えた舞です。どうですか?」
私は軽やかに踊ってみせる。ひらっと舞う白いスカートに、袖の広い服。まるで、白鳥のように優雅にばたつかせた。
「すごい綺麗だな、クレア。空から舞い降りた天使のようだ。」
天使だなんて。嬉しいな。私はすぐにでも飛び跳ねたい気持ちを必死に抑えながら、満面の笑みでお礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます!お父様!」
ペコリと一礼。いつも挨拶の時は緊張するけど、しばらく話しているうちに気にしなくなってるの。それも明日になると緊張するんだけどね。
「王様。アナティア様が謁見を求めております。」
「アナティアが?……通せ。」
珍しい。アナティアがお父様に会いに来るなんて。
アナティアは内気であまり王様に会いにこない。前は渋々挨拶に来ていたけど、見かねたお父様が挨拶カットを許したの。
前に会っていたのは半年前の…けん、けん……国ができた記念日の行事だった気がする。私が知らないだけかもしれないけどね。
「お父様、クレアお姉様。ご挨拶申し上げます。」
「あぁ。」
「久しぶりね、アナティア。」
アナティアは私と同じ三歳。
だけど、私は十二月の二十一日生まれで、アナティアは三月の四日。お母様はアナティアの母である第二王妃様よりも身分の高い第一王妃様ということもあり、アナティアは妹にあたる。
このちょっとした違いでも重要なことなの。王宮とはそういうものだからね。歳、身分の差は色々なところに影響がある。
「なんの用で来た?」
私と話す時とは別人のように冷たい言い方だった。ちょっと驚きながらもアナティアに目を向ける。
いつもは「えっと、その……。」という風に口ごもっていたアナティアだったけど、今日は違った。
「お父様とクレアお姉様が庭園にいらっしゃると聞きまして。ご一緒できたら…と。」
可愛らしい微笑みを向けてきた。なんか雰囲気変わった?元々の可愛さがやけに引き立てられてる気がするの。
「お父様。アナティアとは久しぶりに会いましたし、私も一緒にいたいです。」
本心。アナティアとはあまり会っていなくて、姉妹だけど、あまり仲良くなれていない。せっかくの機会、逃す訳にはいかないわ。
「……いいだろう。迷惑だけはかけぬようにしなさい。」
「ありがとうございます。お父様、クレアお姉様。」
──────十数分後
うーん、お父様とアナティアの関係が良くなってる気がする。どちらかと言うと、アナティアが言い寄っている感じっていうのかな。
「お父様。こちらのお花を差し上げます。綺麗な花を見つけたので、心を込めて……健康と平和を祈って取って参りました。」
「おぉ。そうか。ありがとう、アナティア。」
先程よりもくつろいだ笑顔を見せるお父様を見ているのは嬉しい。だけどちょっと寂しいな。そんな時、
「王様。重臣が執務室でお待ちしております。」
少し遠慮しながら話す側仕えが焦った顔をしている。いつもギリギリまで待ってくれているけどこの様子だともう限界かな。
「もうそんな時間か……クレア、アナティア、すまんが行ってくる。続きはまた今度な。」
「はい、お父様。」
「次にお会いできる日を楽しみにしております。」
お父様の後ろ姿を見ているとアナティアの方から話しかけてきた。
「クレアお姉様。私たちはどうしますか?」
「せっかくだし、もう少し一緒にいようか。」
二人になれる機会なんて中々ないから嬉しいな。
「そうですね。皆、下がりなさい。」
「「かしこまりました。」」
アナティアの声に後ろに控えていた侍女が一斉に下がっていく。別にみんなを下がらせなくてもいいけど……。二人の方がくつろげるし、まぁいっか。
一方護衛の騎士は困った顔で顔を見合せている。その様子にすかさずアナティアが
「どうしたの?早く下がりなさい。」
と少し冷たく言い放つ。
「し、しかし……もしも何かあったら……。」
それもそう。私たちに何かあったら、側にいても、いなくても、護衛騎士の責任。
「お姉様。私は二人きりが良いのです……。」
ボソッと耳元で呟いたアナティアの声は本音のように聞こえた。
「騎士の皆さん。少しでいいので遠くにいて。
門の入口にいれば、怪しい人もそう入ってこないと思うし、ちょっとの間でいいから。」
「……わかりました。ただし、五分間だけです。
二人でお楽しみになりたいことは重々承知ですが、何かあってからでは遅いですので。」
先頭にいた一番偉い人が皆を代表して答えた、渋々とね。
「うん!分かった。」
そう返事すると、スタスタと門へ向かって行った。
「アナティ……。」
アナティア、何する?と言おうと思って振り返ると声が出なくなった。驚きと僅かな怒りと恐怖。
「何を…しているの?」
私の目線の先にはぼろぼろになったピンク色の花がアナティアの靴の下敷きになっていた。
そのピンク色は、私がさっきあげた花……。
「汚いバイ菌さんがついた物をきれいにしてるんですよ。お姉様、見て分かりませんか?」
クスクスと笑いながら花を再び踏みつける。
醜い。さっきまでは可愛らしかった花が、見たくないほどヨレヨレになってしまっている。
「お花さん、かわいそうだよ。足をどけてあげないと。」
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