ヒマワリ会と教祖
『亜地獄は何故「にわか」なのか。
それは「本当の地獄」が他にあるからだ。
だが意識が亜地獄に囚われ続けて、その状態が常態化してしまえば「本物の地獄」に堕ちる可能性も高い。
決して「にわか」と「本物」は遠く隔たっている訳ではないのだ。
なので本物の地獄に堕ちないためにも亜地獄に囚われても、そこから抜け出せるように、人間の意識は鍛えられ免疫を獲得しておかなければならない。
そういう意味から言えば「危険度の低い亜地獄までも悉く祓っていく」ことは社会にとって望ましくないのだ。
人間は「単に存在し続ける」ということにさえコストを支払う必要がある。
インターネット空間に存続するのにネット端末だけでなくOSやアプリのバージョンアップが必要となるように』
「日向葵著『地獄の鏡』かぁー。何者なんだろう?この日向葵って人。
向日葵と漢字が同じだし『ヒマワリ会』と関係がありそうなのは判るんだけど…」
楓は竜童から借りた冊子を読みながら
著者の正体に関して興味を持った。
母親に訊いてみれば何か判るかも知れないと思い、訊いてみたところ
「情けない!今まで私が何度も何度も『ヒマワリ会』の素晴らしさを語ってきてあげてるのに。
あんたの耳はずっと私の言葉をスルーし続けてたんだね?」
と母親は怒り出した。
「え?お母さんの話はいつも『柴田先生が素晴らしい』って話で、それ以外に無かったよ?」
楓は首を傾げながらツッコんだ。
「…ともかく。日向葵というのは『ヒマワリ会』の初代会長、つまり開祖である日向照様のペンネームであると同時に芸名よ。
健在でいらっしゃった頃はメディア露出もあったからね」
小百合は誇らしげに胸を張って言う。
「知らないなぁー」
楓が正直に言うと
「お姉は物を知らないからねー」
と茉莉が口を挟んできた。
「あんたは知ってるの?」
楓は不審者を見るような目を茉莉に向けた。
「昔『日本版エ◯ガー・ケイシー』って呼ばれてテレビに出てた人がいたでしょうが」
茉莉は溜息を吐いた。
「流石は茉莉。楓とは記憶力が違うね」
小百合は茉莉をヨイショした。
「へえ?『ヒマワリ会』の会長さんって柴田先生じゃなかったんだ?」
楓が訊くと
「いや。今の『ヒマワリ会』の会長は柴田さんて人で合ってる。
だから『初代会長』が日向葵だってお母さんも言ってるじゃない」
茉莉がイラッとしたように言った。
「いや。日向葵はペンネームで本名は日向照だってば」
小百合が補足する。
「どうでも良いけど。日向照って名前、照る照る坊主みたいなイメージの名前だね」
楓が連想した事をシレッと口にした。
「…ダメだ。この女、人の話聞く気ないんだよ」
茉莉がまたも毒舌を吐く。
「え?あんた達の話をちゃんと聞いたから照る照る坊主みたいだって言ったんだけど?」
楓が反論した。
「あんたは『偉大な先人を尊ぶ』っていう感覚が無いんだろね」
小百合が溜息を吐いた。
「『当人の前で尊重してるフリをする』という事が出来れば問題ないでしょう?
『リスペクトしてない相手に対しても丁寧に接して、こちらのdisり感情を気付かせない』ように礼儀を身に付けてるからって特に人間関係に問題ないよ?
逆に『リスペクトしてない相手に対しては露骨に軽視してる態度を取る』みたいな事をしてたら茉莉みたいな性格になって友達できなくなっちゃうんじゃない?」
と楓はシレッと指摘する。
茉莉には友達が少ない。
昔から家に友達が遊びに来たり、家に友達から電話がかかってくる事もない。
(…というか、茉莉に友達っているのかな?)
と内心で楓も両親も心配している。
茉莉は成績も良いし、運動神経も良い。
課題はそつなくこなし、服を選んだり、買い物のセンスも良い。
顔も可愛い。
ただ「リスペクトしてない相手に対して露骨に軽視している態度を取る」という欠点の為に…
本来ならばしなくて良い筈の苦労を自分自身に招き寄せてるタイプの人間だ。
「頭が良い」という面が理系に向いていれば「無駄に人間関係や社会に対する嫌悪感を自分の中で肥大化させていく」ような罠にハマらずに済んだのかも知れないが、残念な事に茉莉の頭の良さは「文系」の方向に向いている。
なので茉莉は様々な物に対して、当人の中で理屈を捏ねている。
そしてそうした理屈によって対象に対する嫌悪感を強化している。
楓としては
「茉莉って自分で自分の首絞めるタイプだよね」
と思いながらも静観するしかない。
何せ全くリスペクトされてないので、楓が何かアドバイスしても茉莉の心には全く響いてくれないのだ。
「お姉は『友達ができない』とか言って脅せば私が怯むとでも思ってるのかも知れないけどね。
私はあんたみたいな『自分というものを持ってない人間』とは違うの。
『自分というものを持ってるから孤立する』って言うんなら…
それは私がおかしいんじゃなくて、社会が…此国がおかしいの!」
と茉莉が偉そうに断言した。
「…本当にあんたみたいな人間って『日本』が嫌いだよねー。
協調性の無さってのは社会に同調圧力が有るから起こるんじゃなくて、無意識の自己顕示欲から起こるんだよ?
その辺を勘違いしたまま無意識の自己顕示欲を拗らせるから、『自分は人災で不幸にされている』『自分は不当なレッテルを貼られて正当な評価を得てない』とか思うようになって、社会に対して逆恨みしてテロリズムに流れるインテリ馬鹿が出てくるんだよ?
あんたまでそんなインテリ馬鹿になってしまうんなら、あんたが大学に進学するって言って、お父さんとお母さんが賛成してても私は絶対阻止するからね?
自己顕示欲拗らせた大卒のインテリ馬鹿みたいな人種が身近で湧いてくるなんて気持ち悪くて仕方がないからね」
楓は思わず辛辣な意見を放った。
(別に、普段から姉として尊敬されてなくて蔑ろにされてるから、報復として言ってる、とかじゃないよ?…多分)
「あんたってホント最低だよね?知ってたけど」
と茉莉が視線だけで殺せるなら殺してやると言わんばかりに睨みつけてくるが
楓は思わず
「事実を指摘される度にそういう反抗的な目で他人を睨んでたら、あんた。
人生に必要な事を誰からも学ぶ事が出来ないまま、社会を逆恨みし続ける事になるだけだよ?
それこそ『偉大な先人をリスペクトする』よりも『偉大じゃない先人の言うことにも一片の真理がある』と思う方が世の中を渡っていくのに役立つと思うよ。
お父さんもお母さんもあんたに甘いから、あんたがおかしな事になってても気付かないんだろうけど。
あんた高校で孤立してクラスメイトから虐められてるんでしょ?
ウチの高校の下級生から言われた事があるんだからね?」
と畳み掛けて茉莉の急所を突いた。
ーー途端に
茉莉が持っていたグラスが
楓目掛けて飛んで来た。
楓が避けたグラスが食器棚のガラスにぶつかり派手な音を立てて辺りを破壊した。
「ほんっと、あんたってサイテー…」
茉莉はドスドスと音を立てながら階段を上がっていって、ドアが壊れかねない勢いでドアを閉めた。
小百合にとっては寝耳に水だったらしくて
「楓…今の話、本当なの?」
と恐る恐るといった様子で小百合が尋ねた。
「私から話すのもどうかと思う。
それに私から話を聞くと、それがお母さんの中で先入観になるかも知れないよ?
茉莉に直接訊いてみるのが一番だと思う。
でもあの子は私が居ると絶対話さないと思うから、私抜きでお父さんとお母さんが話を聞いてあげてよ」
と楓は言った。
(イジメのある物理的空間とか、イジメに囚われる意識空間とか、そういう所にも「亜地獄がある」って事になるのかな?)
と、ふと楓は思った。
(結局のところ、私は随分前から茉莉に共感できなくなっていたんだよなぁ。向こうが露骨にこちらを蔑むからというのもあるんだけど「根本的に合わない」のだと思う。あの子の考え方とかにしても「どうしてそうなる?」という見方になってしまう。学校の勉強だと茉莉の方が私なんかよりも成績が良いのに、根本的な所であの子は頭が悪過ぎる…)
『家族がイジメ問題で悩んでいる』という状況は何処にでも転がっている。
それに対する対処法としては
金銭の奪取や暴力などの加害者が判明済みの刑事事件に該当する行為が行われたのなら、警察を呼んで法的手段に訴えてるつもりで対応するのが一番だし
加害者が判明していない嫌がらせ(自分が見ていない間に持ち物が破損されたり隠されたりする)の場合は
先ずは精神科を受診して「精神的苦痛を受けた」という事を履歴として残し、その後は法的手段に訴える事を前提として証拠を集めつつ「記録をとる(日記を付ける)」事が大事だと思う。
別に「執念深く相手を恨んで報復してやろう」などと思う必要はないのだけど
「必要に応じて反撃するべく準備を進める」姿勢を示した方が
不思議なくらいイジメは止む。
妙に情念的になって
「絶対許さない!!!!!」
などと思うと
不思議なくらい『対人関係の緊張は持続していつしか慢性化してしまう』のだ。
楓は小百合と一緒に無言で
割れたグラスや食器棚のガラスの破片を拾い集めた。
そして食器棚の食器を全て出して洗い、食器棚の棚を全て拭いて、床に掃除機を掛けた。
小百合はショックが大きかったのか沈痛な面持ちをしている。
一方で楓は
(こういう問題って、霊能者から見たらどういうとらえ方になるんだろう?竜童先生に訊いてみよう。普通の人が相談すると時間単位で相談料を取られる事を思えば、弟子って便利だよなぁ)
などと、今し方起こった出来事をまるで「他人事」か「学習すべき症例データの一つ」と見做しているような考え方をしていたのだった…。