表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

竜童会

「先生」に勧められたということもあり、急に小百合は娘の身の振り方について「弟子入り」という時代錯誤な案を検討し出した。


「お母さん。別に大した問題じゃない事に関してならお母さんの言うようにしても構わないと思うんだけど。

私の人生に関わる問題を私以外の人間が決めるのは…たとえ親でも間違ってると思うよ」

と楓は言ってみた。


「そういえば、あんたが先日行った霊能探偵事務所って何処にあるの?」

小百合が訊いた。


「電車で○○まで行って駅を出てから大通りを挟んだ向かい側の更に向こう側の道に公共の施設っぽい所があるよね。

その施設の北側の路地を入っていくと古着屋があるんだけどさ。

その路地の並びのビルの四階だよ」

楓は思い出しながら答えた。


「…よくそんな所、見つけたわね。

というかあんた、まだ古着屋とかで服買ってたんだ?

他人の着た服なんて気持ち悪いと思うんだけどね…」

小百合が本気で気持ち悪そうに顔をしかめる。


この母親は「念抜き」と称して、楓が買ってきた古着を洗濯する濯ぎの時に柔軟剤代わりにレモン汁を使ったりする…。


「いや、服の趣味のことはこの際置いておいて」

余りにも貶され続けてきた方向へ話が進むのを何気なく回避。


「そうだよね。うん。それが訊きたいんじゃなくてママが訊きたいのは、その真行寺さんて人がどんな感じの人だったかって事だよ」

小百合が拘るのはどうせ…


「それはつまりイケメンかどうかって事?」

楓がズバリ訊く。


「おおぉ!この娘は話が早くて助かる!」

高校生の娘が二人もいるオバチャンが何故そんなに男の容姿を気にする!


「…いや。残念ながら普通の人だったよ。

キモいってほどブサイクでもなければカッコ良いという事もない普通のオジサン」

楓は思い出しながら答えた。


「オジサンって…。50代とか?」

小百合が露骨に眉を潜める。


「…お母さん。私を幾つだと思ってんの?私から見たら30代でも立派にオジサンだよ」


(年齢不詳っぽい人だったけど、流石に50代ではない筈。多分30代)


「なんだ。30代の十人並みか。チッ」

小百合が舌打ちした。


(全くこの母親は…)


「人様の見た目がそんなに大事なのかね…」

楓が呆れたように訊くと


「ママの人生経験上、見た目が悪いヤツは心根も悪い!」

との事。


「お母さんの人生経験は多分ものすごく偏ってるから、力説しなくても良いからね?そういう独断と偏見は」


(この母親もだけど、お仲間のオバチャン達も皆、自由奔放過ぎる。アイドルの追っかけ感覚で「先生」に入れあげてて、よく旦那さん達は文句言わないよなぁ…)


「それじゃ。やっぱり先生に紹介してもらう人に期待するしかないわね…」

と小百合が呟く。


「私の主張は無視かい…」

楓は思わず呻いた…。




しかし「弟子入り」案には色々と問題が多い。


普通に考えて判ると思うのだが…


一度客として相談に来た事があるというだけの女子高生が「弟子入り」志願でのこのこやって来たとして


それを「じゃあ、弟子にしてあげましょう」とスンナリ受け入れる人がいるとは思えない。


(現実的に考えて無理過ぎる…)


楓の方では「イケメン先生」がかなり無茶振りをしてきているのを理解している。


一方で母の小百合は、その辺の「一般人の心理事情」が念頭から消失している。


そもそも『真行寺霊能探偵事務所』の所長さんから頂いた名刺に乗っている電話番号は固定電話だ。


事務所をずっと留守にしているらしく、全く連絡もつかない。



そんな訳で小百合は「先生」にお願いして、「先生のお知り合い」を楓の弟子入り先として紹介してもらう事にさっさと決めてしまった。


(お母さんてもっと私の話を聞いてくれる人だった筈なんだけど、最近私の人権は無視されまくっているような…)

と思いながらも


楓は少し興味があった。


何せ、自分でも「同じ生活圏をグルグル回るだけのワンパターン大好き」な井の中の蛙だという自覚があったのだ。


それがここのところは

急に井戸から引き揚げられて「世間」というものを(一般の世界とは微妙に異なるが)見せつけられているのだ。


(面白い)

と感じない筈がない。


そういった好奇心もあり、自分の意見など全く聞かれもせずに話が進められることに対して、楓は大して抵抗もせずにいた。



ーーそしてとうとう

楓の今後の身の振り方を変えてしまう

運命の日がやって来たのである…。



***************



先ずはいつも小百合が出入りしている『ヒマワリ会』の施設に母娘共々顔を出した。


(こうして見ると、宗教とかじゃなくて「普通のNPO団体」っぽく見えるんだけどね。実態はやはり宗教。世間の皆さまもNPO団体に支援してもらうという事が宗教団体やら政治団体の下請け組織に借りを作る事なんだってちゃんと知っておいた方が良いと思うんだよなぁ…)


などと『ヒマワリ会』に対して否定的な事を考えながら

表面的には完璧に愛想笑いを貼り付けて母娘のお仲間のオバチャン達に挨拶をする楓であった。


妹の茉莉が社交辞令の素養が欠如した娘であるのとは正反対に

楓は小さい頃から社交辞令というものを従順に受け入れて、周りに倣えで覚えていった。


そうして愛想笑いをしながらオバチャン達の世間話に相槌を打っていると

「先生」の「秘書兼弟子」のオバチャンがやってきた。


竜童りゅうどう先生の御宅までご案内するように仰せつかってます」

との事だ。


どうやらイケメン先生こと柴田先生のお知り合いは竜童先生というらしい。


蘇芳親娘は大人しく秘書兼弟子のオバチャンの後ろについて行く事になった。


そして竜童家に着くと…

『竜童会』という立札が門柱に掛けてあった。


「「………」」


一瞬、蘇芳親娘の脳裏に

(暴力団!?)

という発想が浮かんだが

(いや。まさかね)

という打ち消しがすぐさま発動した。


(霊能者に弟子入り志願に来て暴力団に売り飛ばされるとかあり得ないよなー)

という訳である。


その時の蘇芳親娘は「あり得ない」と思ったし、実際にこの時はそうした悪質なものではなかった。


だがそうした事態は実はあり得るのだ。

それを数年後には楓は実感する事になる。



秘書兼弟子のオバチャンがインターホンを鳴らして中から応答があった。


声は男性のもので、イケメン先生によく似た声だった。


母は期待に胸を膨らませ

娘はそれを牽制するべくジト目で見た。


ドアが開いて中から出てきたのは.イケメン先生を少し若くしたようなイケメンであった…。


応接間に通されて社交辞令の挨拶やら世間話が延々と繰り広げられた。


このイケメン。

なんとイケメン先生の弟さんなのだとか。


(イケメンの血縁者はやはりイケメン)

という遺伝子の法則を発見した親娘であった。


そのイケメン弟ーー

正志まさしさんという名前だが)

の説明によると

楓の位置付けは『助手兼弟子』というものになるのだそうだ。


仕事に関しては後でまた詳しく説明しながら実際にやってもらいますから、との仰せだった。


それなら仕事の際には邪魔になるだろうから、という事で母の小百合とイケメン先生の秘書兼弟子のオバチャンは先に帰っていった。


非常に愛想の良いイケメンである。


(これはもしや恋の予感、とか期待できる?かな?)

などと甘い考えを楓は抱いていたが…


母親とオバチャンが帰った途端に

雰囲気が急変した。


「それじゃこっちね」


と、やたら砕けたぞんざいな物言いで顎で方向を示したかと思うと

楓を振り返りもせずにサッサと歩き出した。


この竜童家。

かなりボロい。


玄関を入って室内に上がる時の段差がかなりあったので

(コンクリ床の土間がある、築ン十年の家か?)

と楓は予測したのだが案の定であった。


一軒家で庭らしきスペースもあるものの古くて廊下や階段がギシギシ音を立てる何とも雰囲気のある家屋であった。


「竜童先生お待たせ〜」

と正志が言った時に

楓は自分の勘違いに気付いた。


(てっきり正志さんが竜童先生だと思ってたけど、考えてみれば正志さんが柴田先生の弟なら苗字も同じ筈だ。何で勘違いしてたんだろう?)


正志に声をかけられて

こちらを振り返った人はーー


…容姿に関して描写するのは控えよう

と誰もが思う有様の男だった…。


(詐欺だ…)

とだけ楓は思ったのだった…。

しかし詐欺がその程度のもので済む筈もない。


「おい、正志!お前『女子高生連れてくる』っつったよな?何だその女、セーラー服じゃねえじゃねえか!」

と、その男ーー

いや。「竜童先生」は怒鳴った。


楓は呆気に取られた。


竜童家の二階ーー

恐らくは仕事部屋ーー

には沢山の紙が散乱していた。

(イラスト…だよな?上手い。でも何処かで見たような?)

「…これって、人気の乙女ゲームのイラストですよね」

楓が食い入るように見詰めた。


「驚いたか?乙女ゲーム製作の影にこんなムサいオッサンがいて」

と竜童が自慢気に鼻の穴を膨らませた。


「そうですね。もう二度と乙女ゲームを楽しめなくなりそうなレベルでショックです」

正直な意見だ…。


「それよりもお前は何故セーラー服で来なかった?」

と、あくまでも竜童はセーラー服にこだわる。


「そんな話聞いてませんし、何よりウチの学校の制服ブレザーですからね?」

楓はシレッと答えた。


実はセーラー服で来るようにという指定があったのは知っている。

「またまた、支部長さんは冗談がキツイんだから」

と小百合が相手にしなかっただけなのだ。


「全く世の中はどうなっとるんだ?

何故全ての高校の女子の制服をセーラー服にせんのだ?

政府は頭がおかしいのか?

狂っとるのか?」

と竜童が呻くが


((いいえ。狂っとるのは貴方です!))

と楓と正志が内心でツッコんだ。


「見ての通り、俺の本業は絵師だ。

霊能の方で弟子になりたかったら、絵師のアシスタントを先ずは頑張れ」

と竜童は言い切った。


「はあ」

と間の抜けた返事をすると


「仕事中はセーラー服を職場の制服ユニフォームとして採用するので、通販で注文する。

サイズを言え」

竜童が偉そうに尋ねた。


「それじゃ、Mサイズで」


「アホか!サイズと言えばスリーサイズに決まっとるだろうが!」

と竜童が喝を入れた。


「いえ。通販サイトではS、M、L、LLのサイズ表示しかありませんから」

と正志がツッコんだ。


「それにしても何だって、こんな若いのをコッチに回したんだ?貴志は一体何を考えてるんだ?」

竜童が首を傾げる。


「ああ、この子に罪は無いんですよ。

何でもこの子を弟子にすると、この子をダシにして母親が毎日押し掛けて来るだろうから。

流石に身の危険を感じたから引き受けられないとか言ってました。

大変ですよね〜オバチャンのストーカーが何千人もいる人気者は」

と正志がシレッと答えた。


(…私の前で、そういう事言っちゃうんだ、こいつ…)

楓は自分の母親がストーカー呼ばわりされて面白くない。


「おい、お前。取り敢えず通販が届くまでは正志こいつの女装用のセーラー服を借りておけ」

と竜童が偉そうに指示した。


まだ正式に弟子になるという意思表示もしていないにも関わらず、何故か楓は正志の女装用(!)のセーラー服を着せられて夕飯の支度をさせられて帰宅したのだった…。


家に戻ってから母親に

「あの正志さんて人、竜童先生じゃなかったよ?」

と言うと


「そうらしいね〜。ママも勘違いしてたんだけど、柴田先生からお電話があってね。

竜童先生はお忙しいから面接は正志さんに任されてるってお聞きしたの」

ウフフと小百合はご機嫌だ。


柴田先生から直々にお電話を頂いた!という出来事で舞い上がっているらしい。


(絶対確信犯だよね?詐欺だよね?)

と楓は思いながら、母親の作った夕飯を食べたのであった…。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ