この世という仮想空間
楓は気絶する瞬間。
意識が真っ暗になるまでの
ほんの一瞬の時間に
白昼夢を見ていた。
それは蟻地獄の巣に嵌る夢だ。
砂砂砂の海の中で
突然足場が崩れて下へ下へと引き込まれる。
不可抗力に訪れる突然の破滅。
激しい恐怖と
それに基づく激しい認知的不協和。
恐慌状態。
(こんな情動に呑み込まれていったんだ…皆…)
という諦めの心が起きて
そして意識を手放していた…。
目が覚める時にも夢を見た。
今度は天幕のようなものの中にいる。
時折、砂の降る音が
ザザザーッと
サラサラと聞こえてくる。
天幕の高い所に
天窓のような穴が空いていて
そこから月明かりが漏れ入って来ている。
光の射す所にだけ
そこにだけ
細かな細かな空気中の塵が
ゆっくりゆっくりと舞ってるのが見える。
思わず神聖な気持ちになって
両手を胸の前で組んで静かに祈る。
穏やかな気持ちーー。
そんな心持ちで目が覚めた。
目が覚めると目の前に祖母がいた。
もう狂っていない正気の祖母だ。
楓を見ると深く頷いた。
それから祖母の欠片だった光の粒の纏まりは
水中に沈んだ金属の下に閉じ込められていた空気がブクブクブクと浮き上がっていくように浮かび上がっていった…。
だけど全てではない。
上がらなかった分もある。
(竜童先生が言ってた「迷惑料代わり」ってヤツかな?)
と思った。
楓は剣人の霊魂が縁子の霊魂を認識出来たのかどうかを知らない。
気絶していたからだ。
だが竜童に言わせれば
「そんな事は上がれなかった欠片が上がる事と実は関係ない」
のだと言う。
人が生きている間
魂は自我と癒着する。
そして肉体が死ねばすぐさま魂は自我との癒着を解いて上がっていく。
上がれなかった分の魂は自我と癒着し過ぎているのだという。
「此の世で体験した人生」という体験型のシミュレーションゲームを「真実だ」と信じ込んでしまった為に起こる現象なのだという。
そうした上がれない霊魂は
此の世で体験した人生というものが
体験型のシミュレーションゲームのようなものだと
先ずはその事実に気付かねばならない。
それに気付いた後に、尚且つ本体との繋がりがある時に上がれるのだ。
日向流でいうところの『守護神』とは
そうした体験型シミュレーションゲームには参加していない霊魂の事であり
『此の世』というものが本当はどんなものであるのかを
(実はインターネット空間と似たような仮想空間であることを)
教えてくれる存在なのだ。
しかし
『守護神にまみえる』
という事は恐ろしいことでもある。
幻想の入り口。
黒に近い濃い紺色のカーテン。
カーテンには銀色の五芒星が模様として描かれている。
そして五芒星の中には『目』が描かれている。
無数の星々を模した模様の中の『目』の中に
本物の目を見つけるような驚愕。
或いは
月明かりに照らされた夜。
大きな河の水面のさざ波がキラキラと星のように煌めく。
そうした輝きの中に鰐の目が混じっていてこちらをジッと見詰めている事に気付いた時の驚愕。
そういったものに似た驚愕。
それを経る事なのだ。
誰のアドバイスもなく
誰の助けもなく
ただ一人。
此の世の外の存在と対峙する。
それと出会ってしまえば
人は『此の世』という場所の幻想性に気付く。
しかしそうした体験は
「人生」の中で起こる「奪い合い」を「真実だ」と思い込み
他者から多くを奪ったり他者の命を奪っておきながら、自分を正義だと、自分は悪くないのだと、そういった欺瞞に耽り続ける者達や
或いは被害者意識に共鳴して
「貸し」など存在しないのに
社会に対して「貸しがある」と錯覚し
「貸しがあるのだから、それを取り立てただけだ」といって、己れの悪行を正当化する者達にとっては
掛け値なしの恐怖なのだ…。




