如月邸の怪:四
「蘇芳!!!」
竜童が叫んだ。
楓が白目を剥いて気絶したのだ。
「やっぱり無理か。…クソが!」
竜童が呟いた。
剣人の霊魂を楓では受け止めきれないと竜童は思っていた。
案の定だ。
だから(そうなるだろう)と予測していた通り、竜童は自分が剣人の霊魂を引き受ける事にしたのだ…。
(またかよ。…クソッタレが…)
竜童は自分のお人好しぶりを自分で呪った…。
竜童の中には何人もの人間が居座っている。
比較的、死んだばかりの者はすぐ上がっていく事が多い。
まだ本体の魂が次の転生をしていない場合は「本体と繋がる」のが容易なのだ。
それに引き換えある程度時間が経っていると、本体が何処かで転生していたりする事があり「繋がる」のが難しい。
なので長く居座る事になる。
それでも何かのキッカケで不意に「繋がる」ので数ヶ月から数年かけて上がっていく。
一番始末に困るのが、本体が地球を出て行っている場合だ。
これまでのところ地球以外のところと「繋がった」ことはない。
(蘇芳の伯父さんなんて一体何十年前に亡くなってるんだよ…。無理だろ。『半永久的居座り組』がまた増えるんじゃないのか?)
と、竜童は内心では剣人を受け入れるのを躊躇っていた。
だけど楓は気絶していたし、楓が剣人を受け止めきれずに発狂する事態は回避したかった。
それでいて無理矢理に剣人の霊魂を解体するのは楓の本意に沿わないものだと判っていた…。
しかし自分の中に自分以外の者を受け入れるのはそれなりに負担になるのである。
自分が中学生くらいの頃まで
十四年くらい前まで
父親の日向照から色んな人間の魂を注がれていた事に恨みは無い。
おそらくそうしなければ死んでいたのだろうから、そうなったのだ。
生き残るために。
だが健康になってからは極力「本体と繋がり難そう」な霊魂は受け入れないようにしてきた。
『半永久的居座り組』は厄介だからだ。
例外として父親の初恋の相手である「時雨」の身内…
娘の「雫」に関しては受け入れた。
雫は生まれつき障害があって
ずっと車椅子の生活だったそうだ。
薮睨みで、鼻にチューブを突っ込まれたままの生活で、言葉を発する事もなく、他人に感謝を表することも、他人から感謝されることもなく
時雨が乳癌で亡くなった後は施設に入れられて、その後間もなく「痰が気道を塞いだことによる窒息死」をしたらしかった。
随分前に亡くなっていたという事なのに、遺留品には残留思念の他に霊魂が残っていた。
自分の身に何が起こったのか判らずに
ずっと迷っていたのだ。
その意識はずっと生きながら夢の中にいたかのようなボンヤリしたものだった。
竜童にとっては
「自分の身に何が起こったのか判らない。自分の身に何が起こったのか知りたい。自分が知らなかった事、気づかなかった事を、知りたい」
という思いに共感する事は容易かった。
日向雨という本名は
日向照の出来損ないの息子というイメージが連想される。
なのでイラストレーターとしての名は
母方の姓を名のることにした。
下の名前は「雨」以外なら何でも良かったのだが
気まぐれで「雫」にしようかと思った。
「でも雫だと余りにも女みたいな名前だよな…」
と考え直して「零」にした。
何故雫の名前を使おうとしたのかと言えば…
二次絵の世界自体が「生きながら夢の中にいる」ようなものだと思ったからだ。
…しかしその雫にしても
まさかこんなに長く居座り続けるとは
正直予想していなかった訳だが…
(蘇芳の伯父さんてヤツも相当長く居座る事になるんだろうな…)
そう考えて竜童は思わず溜息を吐いたのだった…。
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「申し訳ありませんでした!!!本当に申し訳ありませんでした!!!」
楓が平身低頭で謝り続ける。
仕事中に気絶したのだから足手纏いもいいところだと自覚できているのだろう。
竜童と正志が顔を見合わせた。
「『殺された人間』を気安く自分の中に受け入れようとする事が危険な事だと理解できたのなら、それで良い」
竜童がそう言うと
楓は気になっている事を訊いた。
「あの…それで剣人伯父さんの魂は…」
「それなら俺の中に入ってる。そのうち『本体と繋がった』なら上がるだろうさ」
竜童が答えると
楓は
「そうですか…」
と呟いた。
「それで先生。邪眼持ちの霊は一体誰だったんですか?」
正志が興味津々といった様子で尋ねた。
「最初に殺されたらしい家出少女だった。
田舎から出てきたところを『美容整形で綺麗にしてやる』と騙されて連れ込まれ殺されているようだな。
他の遺体同様に眼球やら内臓が取り出されている所から臓器売買の話をそっち系の組織から持ちかけられた犯人が、実験台の為に殺したといったところか…。
そして最初に殺された者が邪眼持ちだった所為もあって、その後の被害者達も此処に囚われ易い形になっていたみたいだな。
普通の分体よりも量が多かったからな」
竜童が淡々と答えた。
結局、残留思念と付着霊魂の解体に当たり
「犯人を告発してくれ」
という思いを伝えてきた者は
ただの一人も居なかった。
有ったのは
ひたすら恐怖と逆恨みだ。
だがそれを
依頼主に正直に伝える義理はない。
依頼主には「警察に通報して事件を明るみに出さないと霊が上がれない」と報告してから、警察に通報させた。
犯人の整形外科医は数年前に他界しているので、臓器売買に関わる組織の連中の逮捕に繋がる可能性は低い。
ただ犯人の名誉が損なわれるだけだ。
(それでも犯人や臓器売買組織の人間達のカルマがこれ以上増えずに済むように、と配慮する必要はあるだろうさ…)
竜童は皮肉でも嫌味でもなく
本当にそう思ったのだった…。




