如月邸の怪:三
竜童の指示通りに、身につけるもの全てにパターンを投射して祝物にした為、翌朝には竜童会の三名は『全身祝物ぐるみ』の状態になった。
「邪眼持ちの霊は俺が引き受けるから、蘇芳はそれ以外の出来るだけ弱そうなヤツを相手にしてくれ。くれぐれも無理はするなよ」
竜童は楓に忠告した。
現場の洋館に着くと
昨夜ホテルに来た如月信文の他に
夫人も応接室に姿を見せた。
地下室が発見されて以降
排水溝に血溜まりが出来るようになり
庭からは旅行鞄やスーツケースが幾つも見つかっている。
そうした物が見つかった辺りは
大々的に掘り返したらしく
ゆうに十人分はあろうかという有様だ。
それらの品に付いている残留思念に魂が付着してないのを確認してから、残留思念を読み出して調伏していく。
その時点で楓は判ってしまった。
被害者の一人に伯父の剣人が含まれている事が。
庭から出てきた旅行鞄の一つから見覚えのある玩具が出てきたのだ。
まさかと思って残留思念を読んだら、やはりその思い出の中には祖母の縁子が登場していた。
祖母と伯父はバカな親子だった。
祖母が伯父の後を尾けて
様子を見ていたように
伯父も祖母の後を尾けて
様子を見ていたのだ。
(そんなに気になっていたのなら、そんなに愛されたかったのなら、そんなに寂しかったのなら、会えば良かったんだよ。拒絶される事を怖がったりせずに。バカだよ。あんたら親子は…)
楓の頬を涙が伝っていた。
竜童が楓を見遣って言う。
「これらの遺留品の残留思念には魂は付着してなかったから良いものの、地下室で共感したら憑かれるぞ」
心配してくれているのだろうが
楓は首を振った。
「良いんですよ、この人には憑かれても。身内だから。
祖母がずっと気にかけていたたった一人の子供だから」
と楓が言うと
竜童は意味を悟ったようだった。
「そうか…」
とポツリと呟いた。
そうして遺留品の残留思念を読み出していって、被害者の特徴を挙げていった。
正志が素早く速記でメモを取っていた。
まとめて見ると
被害者は十人。
そのうち
借金まみれの男が四人。
家出少女が一人。
風俗業の若い女が四人。
犯人の知人の女が一人。
という内訳になる。
流石に遺留品の残留思念を十人分も丁寧に読み出していった為に随分と疲れた。
朝から始めたのに気がつくと昼もとっくに過ぎていた。
休憩したいところだが、それだと地下室の処理に入るのが夕方になってしまう。
だが竜童は
「休憩しよう」
と言った。
「恐らく犯行が行われたのは夜なので無難に日中に処理したかったが。
それだと気配を消している霊を見逃す可能性も高い。
なので敢えて霊が活発化する『殺された時間帯』に処理する方が見逃さずに済む」
ただの残留思念ではなく「霊がいる」のが前提の話し方だ。
昨日の時点でそれを既に察知していたのだろう。
休憩が終わり
疲れがある程度、癒された後で
楓達は地下室に降りて行った…。
(ちゃんと見よう)
そう思う事で
そこに遺されている霊が『消しゴムを掛けた後』のような軌跡が空中に描かれる形で可視化される。
魂の粒子が『細かい小さな光』として点在しているのが可視化される。
そして襲い掛かってくる。
悲しみと恐怖の感情と走馬灯のように過る思い出の数々。
(安らかであれ…)
そう念じながら手刀に呪力のオーラを纏わせるべく集中する。
そうして魂の粒子を傷つける。
するとそれまで霊状態だったものも魂状態へと変化して次々と魂が解体されていく。
光を纏っていた魂が光を失って舞い踊る砂嵐のように灰色に変わる。
しかし霊状態のまま残っているものもある。
激しい動揺と恐怖の感情が起こった後
(これ以上、私から奪う事は許さない!)
という自己保存欲求と逆恨みの混じった激しい怒りが向けられたのを感じる。
自意識を取り戻して魂状態になったようだった。
逃げたり隠れ潜む気は無いようだ。
楓は再びオーラを纏った手刀で魂の粒子を解体した…。
こうして一人を無理矢理に浄霊した。
二人、三人と浄霊して
四人目で伯父の剣人に当たった…。
無理矢理に浄霊する前に
祖母の思いを伝えたかったし
剣人の思いを祖母に伝えたかった。
なので『共感する』ことにしたのだ。
憑かれると判っていて、そうせざるを得なかった。
…おかしなものだ。
恐怖で蹂躙された者達は何故か、自分を恐怖で蹂躙した相手に対して悪意も敵意も持たない場合が多い。
逆に怖くない相手だと思えば些細な事でも不満を持ったり逆恨みする。
『犬神』やら『巫蠱』は、何故か自分を苦しめた当の相手である術者に、苦しめられた当の犬や蟲が仕えるという不条理な状態だ。
そこにあるのは
「恐怖による完全なる意思の蹂躙」
つまり
「ストックホルム症候群」
である。
その状態に罹っている存在は
不条理そのものである。
そして不条理は
混沌そのものである。
その状態に罹っている存在を
不条理から解放するべく
自然な状態へと戻そうとするなら
激しい恐怖に基づく認知的不協和
と向き合う必要が出てくる。
そもそも激しい恐怖に基づく認知的不協和を初めて体験して、洗脳誘導に流されずストックホルム症候群に罹らずに「悪を悪だと指摘できる心」を保ち続ける事は誰にとっても難しいのだ。
だけど誰かがそれをやる。
恐怖に蹂躙されてストックホルム症候群に罹った霊魂と共感して、恐怖を共に味わいながら「悪を悪だと指摘する心」を保ち続ける。
そうする事で止まった時間が進み出す…。
悪事を働きながら何の罪悪感も持たずにいた殺人者が急に罪悪感や恐怖を感じ出す。
悪事を働きながら何のリスクも背負わず何の悪運にも見舞われていなかった殺人者が急に悪運に取り憑かれて、やる事なす事裏目に出るようになる。
そういった事態は恐怖に蹂躙されて殺された側の心が、霊魂が、ストックホルム症候群から解放される事と関係しているのだけど。
それを知る第三者は少ない。
それを体験したことの無い人達の
「あくまでも他人事」の薄っぺらい憐れみや疎外を含んだ言葉は何の役にも立たない。
しかしどんなに強い愛情や思い入れがあったとしても、やはり何の役にも立たない。
そこには確かな抗体が免疫力が必要になるのだ。
楓にはそんなものは無い…。




