憑かれやすい子
楓の予想通り
楓が霊能探偵事務所を訪ねた事を話すと母親の小百合は
「そんな得体の知れないインチキ霊能者のところに相談に行くなんて、お金が勿体ない!まさか変な事を吹き込まれなかったでしょうね?」
と嫌悪感を露わにした。
(お母さんにとっては「先生」以外の霊能者は全部インチキなんだよね…)
「楓がそんなに悩んでたんなら今度はちゃんと柴田先生に相談しようねーーって。
…あんた今ずっと学校休みだったわね。そういえば。
予約を土日に指定しなくても良いなら早目に予約が取れるかも知れない。
早速支部長に連絡しなきゃ!」
と小百合はまたも「先生」を頼りにするらしい。
小百合が信奉している霊能者。
実は或る仏教系新興宗教の坊さんだったりする。
しかし坊さんでありながらなかなかのイケメン。
人当たりもよく聞き上手。
中年主婦達のアイドルと化している。
「信者=ファンクラブ」だ。
書籍を出せば出したで、初版本を期間内に購入した方にはもれなく握手券がついてきます、というノリである。
(生臭坊主の「先生」に何が判るって言うんだろう?)
ハッキリ言って期待できない。
とは言え群れ来る中年主婦達のアイドルで居続ける為でもあろうが、不倫くさい下半身に関する噂は全く聞こえてこない。
さほど「自分に甘い人」という訳でもないらしい。
小百合は娘をネタにして「先生」に直に会えるという事になりご機嫌になった。
楓は(娯楽も多い乱れた世の中で秩序と礼節を保って生きるのには、やっぱりモチベーションって必要だろうから。お母さん達中年女性がこんななのは仕方がないのかもね)と理解を示した。
パチンコ屋の前を通る時など
(何処からこんなに人間が湧いてくるのかな?)と怖くなるくらいに中年のオジちゃんオバちゃんが群れているのが見える。
世の中では「暇の潰し方」が、そのままその人間の品位になってしまう訳だが…
パチンコ屋に群れる人達にはそうした自覚はないらしい。
テレビに出てくる若いアイドルに夢中になった中年のオバちゃんや熟年のお婆ちゃん達を目にすると
「イケメン坊さん霊能者」アイドルにハマる方が、まだ上品に見える訳である。
「でも今日相談した霊能者の人の話だと私は別に頭がおかしいって訳じゃないらしいよ。
『残留思念』とか『心的残像』が見えてるんじゃないかって言われた」
と楓が言うと
「ナニソレ?」
と茉莉が横から口を出してきた。
「さあ?」
楓は首を傾げる。
「…お金払って相談に行って、それ訊いて来なかったの?バカなの?」
茉莉が嫌味を言う。
「…何なんだろうね?
この妹の生意気さって。
お母さん、こいつこそお祓いが必要だと思うよ?
人間、ちゃんと目上の者を立てて人間関係を大事にしていくもんだよ。
あんた、そんな性格で友達いるの?」
楓は溜息を吐いた。
「そうやって論点ずらして自分のバカさ加減を隠蔽しようとするのが、お姉の悪い癖だよね。
ちゃんと反省しなよ。
お金使ってちゃんとした情報が得られなかったことを」
「………」
(言い返せない…)
姉の威厳、ここに潰えたり。
(おのれ、茉莉め…)
そう思いながら楓は部屋で枕を殴った。
楓の部屋はレトロ趣味だ。
使う訳でもないのにダイヤル式の電話機が飾りで置いてある。
その昔薬局の前に置かれていたというカエル型マスコットの置物なんかも背後霊さながらに部屋の片隅に鎮座している。
読書家という訳でもないのだが何故か或る日突然サリ○ジャーの小説を読みだした。
『フ○ニーとゾーイ』などの所謂『グラ○サーガ』と呼ばれる一連の小説だ。
かと思うと或る日突然『奥の細道』やら『平家物語』の現代語訳を読みだした。
「突然何かに惹かれてハマる」という事が度々あって楓の趣味は一定していない。
部屋はいつも散らかっている。
一方で
妹の茉莉は『角○ホラー文庫』の本をズラリと本棚に並べているし、着る服も紺と白を基調にした真面目な感じのスタイルが多い。
部屋はいつも片付いている。
そうした性格の違いは母親の
「楓は取り憑かれやすいから」
の一言で説明されている。
霊能者の先生のお話やら本の内容では
「趣味が一定せず、テイストが統一される事なく万事がチグハグで、部屋の片付けも苦手な子供は憑依されやすい体質」という事になっているのだそうだ。
もしもそれが本当だとしてだ。
どうすれば取り憑かれなくなるのかが判らない事には「取り憑かれた」だのと指摘されてもどうしようもない。
(私、どうすれば良いんだろう。…例えば私に取り憑く人達って、私に何をして欲しくて取り憑くんだろう?それともアレなのかな?私に何かして欲しいんじゃなくて、単に私を苦しめたいだけなのかな?)
そんな事を思いながら眠りについたからなのか、楓は奇妙な夢を見た。
最初は食蟻獣みたいな生き物が蟻に似た「文字の欠片」を食っているのだ。
蟻に似た「文字」は「夢を形作るプログラム」なのだという事が何故か判った。
(ああ、こいつは夢を食ってるんだな…)
と、夢の中なのに思った。
すると今度は砂漠みたいな場所に立っている。
こんもりと盛り上がった土の塔のようなものが崩れて、その後は何故か巨大な蟻地獄の巣に巻き込まれ、ズルズルと漏斗状の穴の中に引き込まれていった…。
そんな変な夢だった。
目が覚めてからもドキドキしていたので、もしかしたら怖かったのかも知れない。
だが楓は起き出して机の上を見てから更に動悸が激しくなった。
鞄に入れっぱなしになってる筈の英語のノートが机の上に置いてあったからだ。
(寝てる間に誰か部屋に入って来たのか?)
何かしらの悪意的なものを感じて恐々と部屋を見回した。
お祭りで買ったアン○ンマンのお面が
朝っぱらから何故かシュールに不気味に見えた…。
気を紛らわそうとしてスマホでツイ×ターを開いて見ると
丁度「ファブ○ーズで除霊が出来る」だのと書いてあった。
「ホンマかいな?」
などと思いながら
(今日は薬局でファブ○ーズを買う!)
と心密かに決意した楓であった…。
しかし色んな人が色んなことを呟くもんだ。
(ネットは人間達の妄想の坩堝。可視化された集合意識の一部だな…)
と何気なく考えた後に
(原因不明のバグの所為で消しても消しても残るページとか、そういうのって有るのかな?)
と疑問に思った。
***************
「そうですか。その駄菓子屋があった場所を調査する事も出来る、と。その真行寺氏は言ったんですね?」
と、柴田先生は尋ねた。
「はい。私はお金がないので相談のみで良いと言ったら、高校生だからと納得してらっしゃいました」
霊能相談というより、他の霊能者をリサーチする為の事情聴取みたいなノリだ。
(これで一体何が判るというのか…)
「その霊能者の真行寺氏は恐らくプロファイラーの真行寺氏と同一人物だと思われます。
警察関係者からも信頼の篤い方なのでインチキではないと思います」
だそうだ。
「そうなんですか。…それなら調査を依頼するべきでしょうか?」
と小百合が大真面目に訊いた。
「いいえ。それは無駄かと思います。
楓さんがこれまでの人生で目にしてきたもので本当は実在していないものは恐らくその駄菓子屋だけではありません。
なのでその駄菓子屋を調査しても無駄です。
一番良いのは楓さんが何処か信頼のおける霊能者に弟子入りすることだと思います。
真行寺氏が楓さんの見ているものが『残留思念』か『心的残像』だと言ったのなら、それは真行寺氏のプロファイリングに通じる精神感応能力が楓さんにあるということなのでしょうね」
と柴田先生は気になることを言った。
「スミマセン、プロファイルってテレビで偶にやってるヤツですよね?
凶悪犯罪とかを検証して犯人像を推理していくという…」
楓は俄然興味を持った。
「ええ。真行寺氏のスタイルはそれこそ『サイコメトリー』的なもので、事件現場を検証する事で『残留思念』や『心的残像』を読み取って事件の実態と犯人像を割り出すものです。
解決した事件も数知れません。
霊能とは微妙に畑違いなのですが『本来なら知り得ない事を読み取る』という意味では霊視と通じるものがあります」
との事だ。
「でも弟子入りって…お給料とか貰えないんですよね?」
と楓は現実的なことをツッコむ。
「どうでしょうね?それは霊能者にもよります。
私の所では『秘書兼弟子』『雑用係兼弟子』という感じで労働に関する分はアルバイト料を出してますが。
逆に雑用を押し付けて召使いのように扱き使いながら『教えてやってるのだから金を払え』といった感じで教授料を取る霊能者も居ます」
と先生は恐ろしい事を言う。
「そういえばテレビとかでも霊能者とか宗教とかに騙されて沢山お金を搾り取られた芸能人が体験談を語ってたりしますね…」
楓が呟くと
「だから『信頼のおける霊能者』に頼むという事が大事になるんですよ」
と先生が言った。
「先生。うちの子を先生の弟子にしてはいただけませんか?」
と小百合が(とうとう)言い出したが
「申し訳ありません。蘇芳さん。
今うちの方では弟子は有り余ってまして、これ以上増やしても賄い切れない状態になってるところなんですよ。
なので、私としては先ほどお話に出た真行寺氏にお願いするのが一番良いかと思ってます。
それが無理だった場合には私の既知の霊能者を紹介させていただきますが、先ずは真行寺氏に掛け合ってみられてはどうでしょうか?」
と人気者の先生から断られた…。