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如月邸の怪:一

運命というものは

存在するのかも知れない。


楓はそう思った。



生きている人間は生きている間中、彼方此方に残留思念を残したり、自分の中に心的残像を構築し続ける。


生きてる人間は「更新し続ける」ことが出来るのだ。


『調伏』によって「人間同士が啀み合い暴力を振るう場面」が

「人間同士が礼節を重んじてお辞儀し合う場面」へと

無理矢理書き換えられたとしても


生者は生者であるが故に

『調伏』=『存在性の消滅』

とはならない。


しかし死者の残した残留思念は『調伏』によって上書きされてしまえば二度と復元される事はない。


死者にとっては、霊能者に自分の思いが読み出される時は、同時にその存在の痕跡が消される時でもあるのだ。


それなら死者にとっては、自分の思いを読み出すと共に消していく霊能者は「自分の思いを受け止めてくれる人であって欲しい」と望む筈である。



(今まで自殺や他殺で死んだ人達の沢山の残念さ無念さが、色んな霊能者に読み出されては消されていったのだろうな…)と楓は思った。


それらの思いがちゃんと受け止めて貰えたのかは判らない。


だけど楓は受け止めて行きたいと思った。

せめて自分の身内のものだけでも…。



***************



それは暑い夏の日の事。


「なんか優雅ですね〜。今回の依頼は別荘地ですか。お医者さん一族の別荘なんて私のような貧乏庶民には別世界ですよ」


楓が依頼主の事を何気に嫉妬羨望する。


「はいはい。やっかまない。お金持ちが沢山お金使ってくれるから僕らも潤うんです。交通費と宿泊費は向こう持ちで支払い済みですからファーストクラスで旅をしてスイートルームに泊まれます」

正志が言うと


「金持ち万歳」

竜童も賛同した。


そうして到着した現場。


現在は総合病院の医院長一族の別荘となっているが、以前はとある整形美容外科医の別荘だった。


その別荘。

古いものの何とも美麗な洋館である。


敷地内に本館がある他に、使用人用の小さな別館があり、別館に住んでいる管理人が普段から庭の手入れや本館の掃除をしていて手入れが行き届いている。


庭には沢山の種類の薔薇が咲き乱れている。


その屋敷において奇怪な現象が起き出したのは、隠し部屋と、それに続く地下室が発見されて以降の事である。


到着次第

「こちらです」

と、管理人に案内された。


二階の書斎の本棚の後ろに狭い階段があり、それを降りると隠し部屋があった。

その隠し部屋の床にある床下収納庫風の扉を開けると、再び階段があって、そこを降りると地下室があった。


その地下室。

明らかにおかしい。


「先生、ここ、気持ち悪い…」

楓はそう言うのが精一杯だった。


地下室に手術台など普通に考えてある筈がないのだ。


「ああ、仏さんは一人や二人じゃない。今日は下見だけして明日改めて出直して来るとしよう」


元々初日は下見のつもりだったのだ。


わざわざヒマワリ会の日向雨ひゅうがあめを指名して破格の報酬を提示してきたのだから、一筋縄ではいかないだろうと予測は出来ていた。


「管理人さん、ご主人の如月さんは今どちらにいらっしゃいますか?」

竜童が依頼主について尋ねると


「旦那様はまだ仕事先の病院にいらっしゃいます。ここへは長男の信文のぶふみ様御夫婦が滞在してらっしゃいますので、詳しいお話は信文様からお聞き下さい。

ただいま信文様の御友人がお越しになられていますので手が離せません。

竜童様達は先にホテルへ向かわれて下さい。

夜には信文様がそちらへ伺ってお話になりますので」

と管理人が答えた。


ホテルへ向かうタクシーの中

竜童が楓に声をかけた。


「蘇芳、明日は相当酷いものを読み取る事になる。今から覚悟しといた方が良いぞ」


竜童はほんの少しの時間あの場所に居ただけで既に何かを読み取っていたらしい…。



その夜、依頼主の如月千尋きさらぎちひろの長男、如月信文がホテルにやってきた。


ロビーに呼び出された後で、ホテル内にある和食処のお座敷に予約を入れてあるとの事で場所を移して話を聞く事になった。


先ず最初に言われたのは


元の別荘の持ち主は如月一族とは遠縁に当たるのだという事。


なので「事件性がある事実が判明したとしても警察沙汰にはしないで欲しい」との事。


更に「破格の報酬はそうした口止料も含まれている」のだという事。


そういった事を厚かましく

要求する事に慣れた人間特有の鷹揚な態度で告げられた。


楓としては

(アホなの?このオッサン。事件性がある事実が判明すれば警察に通報するのが普通でしょうか?一体何を考えてるんだ!)

と呆気に取られた。


しかし竜童も正志も顔色一つ変えない。

どうやらこの手のクライアントはコイツだけでなく、今までにも居たようだ。


「それはお約束できません。

あの場に居る霊の成仏する条件が事件を警察の手に委ねる事であった場合、今お住いの貴方達の安全を優先するならば、前の持ち主の名誉を犠牲にせざるを得ないでしょう」


竜童は至極もっともな事を言った。


「我々の安全ですか…。そんなに危険なんでしょうか?」

如月は訝し気に眉をひそめた。


「霊の特徴を御存知ですか?

霊は自他の区別がつかず『感情共感の強制執行』『気分共感の強制執行』を行います。

そして共感に巻き込んだ人間の中に入り込むと自他の区別をつけて魂状態に戻ります。

次いで自分の我執を取り憑いた人間に同化させて悪辣な性格の一部として定着します。

貴方小さいお子さんがいるんでしょう?

激しい恐怖と激しい自己憐憫に陥った霊が子供に入り込むとほぼ確実に発狂します」


竜童が子供の事を引き合いに出すと

如月の表情が一変した。


「解りました。警察沙汰を避けたいという事に関しては可能であれば、という事で。我々の安全を最優先して対処してください」


さっきまで偉そうだった如月が頭を下げた。


やはり子を持つ親である…。



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