内弟子と外弟子
他者を金縛りに掛ける、という技はなかなかに難しい。
手刀に『呪力』のオーラを纏うというのも難しい。
こうしたものは兎に角「長年やり続けて熟練する」しかないものなのだ。
なので楓も竜童のアドバイス通りに
呼吸法、瞑想、ヨガ、記録、呪力操作の訓練と精を出す。
(竜童先生は一年程度で私が独り立ちできると言ってたけど、どうなんだろうね?竜童先生と比べると五年以上は見習いが必要な気がするんだけど。竜童先生以外の霊能者が仕事してる所を見た事がないから判らないけど、他は案外レベルが低いのだろうか?)
と、楓は疑問に思った。
(というか、私は見えるから本物とインチキの区別もつくけど。一般人は本物とインチキの区別さえつかないだろうし、案外世間に居る他の霊能者達というのはコールドリーディングのような話術を使った詐欺まがいの心理誘導で金をボッタクってるだけかも知れないし。一度他の霊能者の仕事を見学してみたいなぁ…)
楓のその願いは案外早く叶うことになった。
イケメン先生のお弟子さんの一人が「研修」という形で竜童会に一週間通う事になった。
イケメン先生の元で三年間弟子として学んできたオバチャンの一人が、独り立ちする前に、これまで学んできた成果を客観的に評価してもらう為にテスト兼お手伝いにやってくるのだ。
そして知った。
やはり竜童先生はレベルが高い。
というか、オバチャンの方が独り立ち前の霊能者とは思えないほどレベルが低い。
とりあえず「独りで仕事できる」というレベルに達してるから「独り立ち」する事になってるのだろうし、と。
竜童会は手出しせずにオバチャンの仕事を見守ろうという事になったのだが
(これが「普通の霊能者」だというのなら、成る程、私も一年後くらいにはこの程度にはなれてそうだ)
と楓は思った。
それは別の見方をするなら
(いつまでも負んぶに抱っこで師匠が面倒を見てくれるという訳ではなく、辛うじて及第点に達したら、すぐに放り出されるのが、この業界の現状だということなのか…)
という事でもある。
師弟の縁が切れる訳ではないので完全に放り出されるという事ではなさそうだが…
そう思って楓は正志にその事を話したら
『内弟子』と『外弟子』とが存在するのだと教えられた。
日向照の後継者としてヒマワリ会の二代目会長の座に就任した柴田貴志の実弟である正志は、ヒマワリ会と関わりが深いという事で、日向照の実子である竜童の『内弟子』に該当する。
なので独り立ち(独立)を推奨される事はない。
(既に弟子入りして三年経ってるし、今後も独り立ちの話は出ないだろうし、万が一出ても「僕は一生竜童先生に着いて行くと決めてますから!」との事だった)
一方で楓やオバチャンのような
一般信者の家庭から弟子入りした者達は『外弟子』に該当するので
ある程度できる事が増えたら独り立ちさせる事になっているのだ。
勿論『日向流』の一員なので、その後もフォローは入る。
対処できない事態に遭遇すれば『本家』に該当する柴田か竜童が代わって対処してくれる、という仕組みらしい。
(そうか…早く色々できるようになりたいと思ってたけど、それだと独り立ちが早まってしまって先生達と居られる時間が少なくなっちゃうんだな…)
と楓は気付いてしまった。
竜童の元にずっと居たいと思うのは好意なのか依存心なのか…
(恐らく後者であろうが)
いずれにしても自分自身の向上心を損なう感情なのだ。
(社会人って学生と違って案外人同士の繋がりが希薄で寂しい生活なんだな…)
学校という閉鎖空間で密な人間関係というものが苦痛で仕方なかった者達にとっては、社会という人間関係が希薄な空間は実は救いですらあるのだが。
学生時代に良い友人関係に恵まれた者達にとっては社会はとても寂しいものなのだ。
(一緒に居られる期間に限りがあるのなら、その時間を大切にして、沢山の事を学んでやるんだ!)
と楓は気分を新たに師匠の技を可能な限り完璧に盗んでやるのだと決意したのだった…。
そして翌日。
「お前にとっても勉強になるだろうから、今日の仕事はお前と苅田さんで組んでやってみろ」
と竜童が楓に向かって言った。
そう、オバチャンは「苅田さん」という名前だ。
イケメン先生が「柴田さん」なので、思わず「親戚ですか?」と訊きたくなるが(昔話に登場する「お爺さんは山へ柴刈りへ…」というくだりからの連想)
完全に赤の他人である。
(オバチャンこと苅田さんには柴田家の美形の血は一滴も流れてない!)
「それはつまり今日も昨日と同様に竜童先生は手出しせずに見てるだけで、私と苅田さんで仕事をするということですか?」
と一応確認した。
「その通り」
との返事だったので
楓は苅田と顔を見合わせて
「「よろしくお願いします」」
と言い合ったのだった。
今回の仕事は介護施設。
介護施設といえば「職員による虐待事件」の連想をする人も多いが、利用者同士の揉め事や、利用者による職員への暴行はあまり知られていない。
人間が集まるところ、様々な心理と精神状態が混淆状態になる。
依頼主は施設経営者ではなく利用者側の家族だ。
利用者の中に職員に対して暴力を振るう人が居るのだが、暴力を振るわれているのは一部の職員だけなので、施設経営者もそうした事態を野放しにして、何の対策も立てていない。
だが確実に施設内の空気は悪くなっている。
利用者同士の争いも増えて、職員同士の連携も乱れてきている。
ある職員が別の職員に対して暴言を吐いているのを、依頼主である利用者家族は目撃している。
ヒマワリ会のメンバーでもある今回の依頼主は施設長に「お祓い」を勧めたが断られている。
しかし「利用者や利用者家族に対して信仰の自由を尊重しているので、そちらで勝手にする分には(他の利用者達に迷惑をかけない限り)口出しはしない」と言われている。
なので一応活動の許可は得ているものの、大々的に施設内を徘徊して
除霊して回るという訳には行かない。
あくまでも自然に見える形で除霊をしていくしかないのである。
さて除霊といえば除菌でもある訳だが
菌やウィルスが形成している「脳波パターン+イメージ+気分」の模倣品を除菌する前に、先ずは大元になってしまっている人間の方の除霊、つまり『生体パターンの中にあるチクチクピリピリを調伏』しなければならない。
当然のことながら茉莉の時のように相手が寝てるところに身体を密着させて行うという訳にはいかない。
相手をリラックスさせて何気なく手を触れて、相手の息吹と、こちらの息吹とを重複させてチクチクピリピリを引き受けなければならない。
しかし存外にチクチクピリピリを持ってる人達が多い。
施設内に随分と
『負の認知パターン』と
『負の情動パターン』を纏った
残留思念や心的残像が蔓延っているのだ。
なので今回の対策としては
「何人かの人に対して『会話しながら背中に触れる』のは不審がられる事もないと思いますがほぼ全員にするとなると不自然です。
何より時間的に無理があります。
ですので負のパターンの定着が激しい人達に対してだけ『調伏』をする事にして、後は『祝物』を置いておく事にしましょう」
という事になった。
『祝物』は霊能者が自分のパターンを籠めた品の事である。
それを置く事で場のパターンに影響を与えるのだ。
一昔前に流行った「高額の壺を売りつけるインチキ霊感商法」なんかも理論としては「『祝物』を置くことで場のパターンを良くしよう」というものだったのかも知れない。
しかし日向流の『祝物』は高値の壺などではない。
芳香剤や、消臭剤だ。
ヒマワリ会の関連会社が創る製品を日向流霊能者は沢山買い込んでいて、それに自身の平常心状態の生体パターンを籠めている。
何故、芳香剤や消臭剤にパターンを籠めるのか?と言えば、芳香剤や消臭剤が安価で尚且つ消耗品であるからだ。
壺なんかだと、また定期的にパターンを籠め直しに足を運ばなければならなくなる。
しかし芳香剤や消臭剤なら、中身が無くなるなり効果が無くなれば、どの道新しいものを買い直して使うのだ。
その時にパターンの籠められている芳香剤や消臭剤を購入してもらえば、霊能者がわざわざ足を運んでパターンの籠め直しに奔走する必要はない。
依頼者側にしても霊能者に来てもらうより日向流霊能者のところで芳香剤や消臭剤を購入する方が安くつく。
(コンビニと同じで定価販売。スーパーで買う方が安いけど芳香剤も消臭剤も三百円〜四百円程度)
消耗品を『祝物』にして売る事は霊能者にとっても依頼者側にとっても合理的なのである。
一方で『祝物』とは逆に『呪物』というものも存在する。
日向流霊能者は呪詛や呪殺を引き受けない訳だが、概念としては日向葵の著書に『呪物』に関する記述がある。
『祝物』は置いておくだけで周りに良い影響を齎すが
『呪物』は置いておくだけで周りに悪い影響を齎すのだと。
リサイクルショップや古着屋で売られているリサイクル品(リユース品)の中には『呪物』が混じっている事がある。
霊能者が呪詛目的で作ったのとは違い、一般人が自覚のないままネガティヴなパターンを籠めてしまっている「自然に出来てしまったもの」だ。
除霊に行った先でたまに困るのが、そうした『呪物』が撤去できないという場合である。
今回のこの施設の仕事もまたそうした困った事態に行き当たった。
なんと有ったのである。
一昔前に流行ったインチキ霊感商法でお馴染みの胡散臭い壺が。
「すみませーん。この壺っていつから有るんですか?」
と楓は施設職員に尋ねた。
職員の話だと利用者家族(楓達の依頼主とは別の人達)が寄贈した壺で、とても高額だったものらしいとの事。
楓と苅田は暫し見詰めあった。
「すごいですね。『祝物』を装って高額で『呪物』を売りつけるカルト宗教がある事は知ってましたが…
本当にそんな事をする精神異常者集団が存在してたんですね…」
と苅田は呆れたように小声で言った。
楓も小声で
「結構濃密に我執が籠めてありますね。
これ籠めた人ってまだ生きてるんでしょうかね?
だとしたら『調伏』しようとすると『生霊』が出てきますかね?」
と訊いた。
「かも知れません。
精神異常者集団の霊能者の生霊とか、私達の手には負えませんから。
この壺の調伏は竜童先生にお任せするしかないと思います」
と苅田が早々と兜を脱いだ。
「もしも私達が調伏しようとして、相手の生霊が来て私達の方が押し負けた場合、どうなるんでしょうか?」
と楓が疑問を向けると
「そうした事例は実体験では経験ありませんが。
聞いた話だと、依頼は勿論失敗に終わり、こちらも暫くは生霊に付き纏われて家電品やら何やらが壊れまくるらしいです。
特にエレベーターの突然の故障には気をつけた方が良いらしいですよ…」
と苅田が答えた。
「………」
恐るべし、悪意の霊能者。
という訳で
『呪物』の調伏は竜童に任せる事にして
苅田と楓は自分の出来る範囲でできる事を頑張って果たしたのであった…。




