呪力の合成
少しずつ日差しが強くなってきた。
時が経つのは早く
既に初夏に入っていた。
「先生は毎回ちゃんと締め切りを守ってくださるんで本当に助かります」
出版社の担当者が竜童から原稿を受け取って帰っていく。
この頃には楓もすっかり慣れてしまって、エロ漫画のアシスタントも普通にこなすようになっていた。
お陰で竜童の仕事は随分とはかどっていた。
楓は目的意識さえあれば案外大抵のものに対する嫌悪感を克服できる。
やれば出来る子なのである。
その楓の目下の目的は、やはり「金縛り」や「オーラを纏った手刀で魂を解体する技」を修得することであった。
念(情動エネルギー)と
気(認知エネルギー)を混合させて
『呪力』を創り出すには
『螺旋状の水銀みたいな化け物』
を取り込まなければならないのだが…
楓は黙々と食してみせた。
恐るべき順応力である。
ゲテモノに我慢した甲斐もあって『呪力』を合成できるようになった。
なので後はひたすら『他者を金縛りに掛ける練習』に励んでいる。
コツとしては「声に『呪力』を乗せる」感じなのだそうだ。
『呪力』を放出するイメージとしては
「対象に向けて網を放つ」ようなイメージを持つと共に
網が空中で水気を吸って対象に降りかかる時には「濡れた重い網」になり
更に静電気を纏っている事を連想すると良いらしい。
人間相手に練習するのも何なので
野良猫でも探して来て
首輪をつけて紐で何処かに繋いで逃げられないようにしてから
実験台にできないかと考えたが
「「お前には人間の心がないのか?」」
と竜童と正志に責められたので
流石にそれは諦めた。
「うん。頑張ってるな。
元々素養があったからなんだろうが、これなら一年ほどの弟子入りで独り立ちできるんじゃないか?」
などと竜童が言い出したが
「スミマセン。素養が無くて」
正志が拗ねた。
「素養が評価軸の全てではないと思いますよ?社会で生きていくにはチームワークは大切ですからね。
正志さんは先生の日常生活面での無能さをかなり補ってあげてると思います」
と何気に偉そうに
楓が正志を慰める発言をしたが
正志は溜息を吐いた。
「それにしても何故僕には見えないんでしょうね?
先ずは見えてないと、ゲテモノを食ってもスキルが有効化しないなんて随分と差別的ですよね、この世界」
「適性の有る無しには一応、過去世やら何やらでの経験が反映しているので、誰かが依怙贔屓をして差別化を図っている、という事はないのだがな…。
だが世の中には適材適所という言葉もある。
蘇芳が言うように俺は日常生活面ではかなり無能だ。
掃除も料理も出来ない。
主な原因として子供時代をずっと片足を棺桶に突っ込んだ状態でベッドで過ごしてきたから、というのもあるが。
元々『他人にしてもらえる事は他人にしてもらいたい』という甘えた気質もある。
それでいつも正志にはいつも甘えさせてもらってるんだろうな。悪いな」
と竜童が正志の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でると
正志は顎を撫でられる猫のように満足気になった。
(適性の有る無しは、何度も何度も輪廻転生を繰り返してきた中で多種多様な免疫を霊魂レベルで獲得して来ているか否か、で決まるのだから、そうした点で篩い分けが起こるのは仕方がない気がする)
(それにしても竜童先生の前だと私も正志さんも子供扱いされてる気がするなぁ)
と楓は思った。
(そういえば先生って何歳なんだろ?…でもこれを口に出すと『今まで知らなかった』事がバレてまた『信じられない』といった顔をされるかも知れないので、あとでネットで調べてみよう…)
…それで
竜童の年齢を調べてみたのだが
案外若かった。
30代後半くらいかと思ってたら
20代後半だった…。
(私とは10歳くらいしか違わないのに、色々知ってるし、色々出来るし、やはりその道の家柄に生まれてるって事が大きいんだろうな…)
と、少し竜童の家の事に関心を持った。
(竜童家が母方の実家だという事は判ったけど一体どんな家なんだろう?そもそも日向先生の実家に家族旅行した事がキッカケで高熱を出して死に掛けるとか「祟られてる家ですか?」って思ってしまうよね…)
そういうのまではネットで調べても出てこなかったので、ここはやはり茉莉の出番だなと思ったのであった。
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「日向家は落武者の子孫がルーツなんだよ。
落武者が山奥に逃げ延びて作った集落が○○県にあってね、それが時代を経てほとぼりが冷めてから山奥から山の中腹に皆で住居を移して村を作ってるらしいね。
それで元々の集落の跡地からは埋蔵金が発見されてて、それでその地で遺跡発掘が盛んに行われるようになったんだって」
やはり優等生は一味違う。
茉莉は理路整然と語ってくれた。
竜童家の方は『刀工の家系』らしいという事しか分からなかったようだが。
日向家に関しては茉莉は既に色々と調べていたらしい。
なんでも
山奥に集落を作ったというその落武者達。
元々主君の金を持ち逃げするのが目当て合戦に参加していて
隙を見て予てからの目的通りに主君の金を盗み出して遁走。
山奥に集落を作り
ある程度の金を地に埋めた。
そして自分達の家族を
その山奥の集落に隠れ住ませ
落武者達自身は変装して山を降りて
町で豪遊しながら暮らしていたらしい。
金を持ち逃げされた主家の方は戦にも負け、女子供に至るまで惨殺されている。
惨殺された者達は
自分達の命を直接的に奪った戦の相手よりも
寧ろ金を奪取して遁走した配下の者達を呪いながら息絶えたのだとか。
(そんな所に家族旅行して呪いを受けちゃったってことなのかな…)
と楓は思った。
だがそれでも竜童は生き残った。
そして他の霊能者では知る由もない知識を持ち、他人には簡単には真似できない技を持つ。
それこそ竜童が体験した全ての不幸は
「現在の竜童を創り上げる為」に意図的に降りかかっていたかのように。
そもそもが呪いだの恨みだの祟りだのは不条理である。
悪行を為した加害者当人ではなく
その子孫や、単なる通りすがりの者が被害に遭う訳だが。
それが悪行を為した加害者の転生した存在だというならまだ解るものの
決してそうではない。
呪いにしても恨みにしても
特定の標的へ向けて効果を発揮するには正確な指向性が必要なのだ。
生者の場合は
他人を呪うにしても恨むにしても正確な指向性があり、特定の相手をピンポイントに呪うことは可能だ。
だが死者の場合は
標的を見失っていて憎悪対象が普遍化している事が多い。
だからそれは報復にはならず
無差別の呪いになってしまう。
人間は「無差別の呪いを浴びる」といった形で不幸になっても
物事の関連が不明で認識できない場合は、そうした呪いの性質が「見当違いの報復」である事を看破できない。
それによって
原因の不明な無差別の呪いは普遍化してとらえられるようになる。
「触らぬ神に祟りなし」的な感じで。
普通に考えるなら
単に触っただけで祟る神の方が悪い。
だがその祟りの本質が
見当違いの報復なのだと気付かないなら、祟り神を責める観点を人が持つこともない。
しかし逆に見当違いの報復という「八つ当たり」をされた側がその事実に気付いたら「八つ当たりに対する報復」をしたいと思うようになるのだろう。
現代社会の病巣は恨んだり呪ったりする人達の間にまで格差を作り出して
「こっちの恨みは晴らさせよう」
「あっちの恨みは泣き寝入りさせよう」といった
『マイノリティーの差別化』を行う人達がいる事にある。
その手の人達は物事の関連について
「こうした不幸や苦しみは、こうした連中の悪行や傲慢さが生み出している」といった感じで
『関連性の捏造』を行うのが巧みだ。
多くの人達がそうした
捏造された関連性を鵜呑みにして
見当違いの標的を責め苛むスケープゴートにまんまと加担させられている。
騙されやすい人間が多ければ多い程
『関連性の捏造』は容易になる。
事実、そうした『関連性の捏造』を鵜呑みにしている人達は多い。
『雪辱』に関する
正当化、或いは否定。
そうした点での差別化も極端だ。
『雪辱』を否定されて
泣き寝入りさせられる側の苦しみは
『雪辱』を過剰に肯定・正当化されて
「被害者貴族として悠々自適な暮らしが永続的に保障されている者達」
が貪っている生暖かい幸せが大っぴらに見せつければ見せつけるほどに
相対的に深められていく。
そうした事態は罪深い。
しかし許されざることなのか
と言えば微妙でもある。
正志は化け物が見えず化け物を食っても化け物のスキルが自分にインストールされない事を差別だと言った。
多くの人達がそう思うのだろうが。
だがそうしたものを見る適性は
人間が『人為的に作り出された相対的不幸』の中で絶望しきって
『社会に対しても人間という存在に対しても何の期待もしなくなる』といった諦観を体験する中で形成される。
つまりは『人々の集団幻想には自浄作用がない』のだと、社会通念に早々に見切りをつけ、それでいて人々を恨みも憎みもせず『人間には限界がある』という事に諦めを感じつつ
人々を許容し、人々の役に立とうと思い、前向きに自分の中の真実を探求する事で
『社会通念の影響を受けない視力が開ける適性』
が培われるのだから
『此の世』という空間は皮肉なものである。
不条理な呪いだの恨みだのに蝕まれて
それでも生き残った者にとっては
降りかけられた不幸それ自体が
いつの間にか「肥やし」となっていて
当人の人生を豊かにしている事が多いのだ。
本当に『此の世』は皮肉だ…。




