日向流の闇
「そう言えば、うちは残留思念を読んで事件の詳細を知ってしまっても、それを捜査したりとかしてませんよね?
『真行寺霊能探偵事務所』みたいに警察と連携して事件解決とかしないんですか?」
と楓が竜童に訊いた。
「俺は警察は好かん。以前迷子の幼女を交番まで連れて行ってやったら、そのまま難癖付けられて交番に拘留された事があるからな…」
と竜童が苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。
「あと真行寺氏が竜童先生を妬んで妙に絡んでくるのも不愉快です」
と正志も言う。
どうやら『竜童会』は警察とは相性が悪そうだ。
「真行寺さんて、一度しかお会いした事がありませんが、他人を妬んで絡むような人には見えませんでしたけどね…。人は見かけによらないってことなんでしょうか?」
楓が呟くと
「いやいや。あいつの性格の悪さは見た目にも表れてると思うぞ〜」
「慇懃無礼っていうんですかね?丁寧な言葉を使いながら相手に対する悪意や嫌悪感をネチネチと伝えるテクニックは凄い人ですよね」
と竜童も正志も真行寺を嫌っているようだった。
(過去に何かあったのだろうか…)
そう疑問に思った楓だった。
真行寺霊能探偵事務所と竜童会との過去の対立に関して知る機会は
それからさほど時を経ずして巡ってきた…。
***************
休日のことである。
いつもお世話になっている古着屋にプライベート用の服を買いに行った時の事である。
すぐ近くには
『真行寺霊能探偵事務所』がある。
(あれから数ヶ月経つし、向こうはこっちの事をすっかり忘れてるだろうな〜)
と思っていた楓である。
なのでバッタリと顔を合わせてしまっても、そのままスルーされると思っていたのだった。
しかしーー
「あーっ!」
と真行寺が楓を指差して声を上げた。
「女子高生!」
思わずといった様子で真行寺が言った。
(…うーん。霊能者はきっと若い女子を固有名詞ではなく「女子高生」と呼ぶのが好きな生き物なんだろう…)
と素早く納得して楓は愛想笑いを浮かべた。
「覚えてらっしゃったんですね?」
と楓が尋ねると
「そりゃあね。若い子は滅多に来ないし、君の場合は着てる服がそこの古着屋で見た事のあるものだったから、印象に残ってたんだ。
それにあの時は忙しくて余り親身に話を聞いてあげられなかったから、後でずっと気にかかってたし」
と真行寺が答えた。
「心配してくださってたんですね?…有り難う御座います」
楓がペコリと頭を下げると
「それで、その後どう?何か困ったことはない?」
と真行寺が尋ねたので
「真行寺さん。竜童零先生の事、御存知ですか?」
と楓は尋ね返した。
すると
「…何故に竜童零?まさかあの変態…」
と真行寺の顔が険しくなった。
「実は今は竜童零先生に師事して日向流霊能術を学んでいるところなんです」
と楓が言うと
「それは考え直した方が良い!」
と真行寺が血相を変えた。
「あの男は普通じゃない。そもそも日向流は色々とおかしい。
日向照は元々は西洋魔術に傾倒していて魔術師を自称していたんだ。
それが突然出鱈目な創作で概念や体系を創り出して仏教系新興宗教をやりだした。危険な宗教なんだよ。
深みにはまる前に逃げた方が良い」
真行寺は嫌味とかではなく、本気で心配して言っているようだ。
「真行寺さんが何故そこまで竜童さんと日向流霊能術を警戒するのか、理由をお話し頂けますか?」
と楓が尋ねると
真行寺は苦笑した。
「そうだよね。突然、そんなこと言われても訳が分からないだろうね。
日向照は日向葵という芸名でテレビにも出てたし、そんな人物を如何わしいと指摘されても納得いかないよね?
…そうだね。ここじゃなんだからウチの事務所で話そうか。
…あ、今回は君が持ち掛けた相談とかじゃないから勿論仕事じゃないよ?
年長の友人からのアドバイスだと思ってくれて良いからね」
『真行寺霊能探偵事務所』の中に入ると女の人がいた。
「あら?お客さん?」
と女性が訊いた。
「覚えてないか?この子、以前来た女子高生」
と真行寺が言うと
「あ!あの女子高生!」
と女性が思い出したように声を上げた。
(やはり霊能者は皆、若い女子を固有名詞ではなく「女子高生」と呼ぶのが好きな生き物なんだろう…)
楓は一人でウンウンと頷いた。
「蘇芳さんだ。『女子高生』って呼び名は失礼だろう?」
と真行寺が何故か自分を棚に上げて指摘した。
「あ、そうでした。それで今日はまた相談に?」
「いや。今日は俺からお誘いした。彼女が竜童零の毒牙に掛からずに済むようにアドバイスをしようと思ってな」
と真行寺が急に真面目な表情で言った。
「竜童?…ああ、お兄ちゃんが以前言ってた奴?色んな人間の魂が中に入ってるっていうおかしな人間のことでしょう?」
と女性が訊いた。
「そうそいつ。まさに『日向流の闇』を体現しているといった様相の人間だよ…」
「『色んな人間の魂が中に入ってる』って竜童先生がですか?
まさか真行寺さん達は人間の中に入ってる魂が誰のものなのかまで識別可能なんですか?」
楓は期待の眼差しで尋ねた。
「残留思念や心的残像が読めるなら君でも読める筈だと思うんだけどな。
…君は竜童に対して心的残像を読み取って正体を暴いてやろうと思った事はないのか?
理由を付けて、相手の身体に触れれば読めるだろう?」
(考えてみれば、私は竜童先生に触れた事も触れられた事も無いな…)
「でも『色んな人間の魂が中に入ってる』って事がどうして竜童先生が危険だって事になるんですか?」
楓が首を傾げた。
「それは竜童がーー日向流が他人の魂を吸収して自分のものにする、といった事をする霊能術の使い手だからだよ…」
真行寺が答えた。
なんでも真行寺の話によると
普通は、除霊とは霊をその場から立ち退かせる事。
浄霊とは霊を成仏させる事を指すのだが
日向流だと、除霊は調伏という名の洗脳術。
浄霊は魂の粒子を解体したり、魂を調伏して術者が取り込む事を指す。
といった具合に日向流は普通とは違うのだとか。
真行寺は竜童先生が子供の頃に急に虚弱になって何度も心停止を体験している話を知っていた。
そして日向照が浄霊という名の魂の調伏と取り込みを行っていたと噂で聞き知っていた。
なので日向照は息子の竜童零が死にかけた(おそらく本当に死んだ)時に
調伏して取り込んでいた魂を竜童に注ぎ、それを身代わりにあの世へ送る事で、竜童を取り戻していたのではないかと、そう推理しているのだ。
それによって真行寺はヒマワリ会を『人間の在り方を歪めている邪教』だと見做しているのだった…。
しかしそういった話を聞いても
楓には真行寺が何をそんなに心配しているのか、よく分からなかった。
(だって、生きてる人間の本体の魂を頂いてる訳じゃない。死んだ人間の悪霊化した分体の魂を解体・調伏して取り込んでるだけなんだから、寧ろ魂レベルで犯罪者の更生に貢献してるって事になるんじゃないかな?)
と思ったのだ。
それでも真行寺が本気で心配しているのが判るので、一応お礼を言ってから事務所を出たのだった…。




