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真行寺霊能探偵事務所

空は快晴。

そこに一筋の飛行機雲が描かれている。


(世界は美しいなぁ…)

などと呑気に楓が思っていると


不自然な機械音が何処からともなく聞こえてくる。

楓は視線を空から地上へと移した。


ここはスーパーマーケットの駐車場。

スーパーマーケットの建物のテナントにはクリーニング店やら理容室やらが入っている。


なので一瞬、理容室の中にいる客とガラス越しに目が合った。


しかしすぐに目を逸らし、何処から異音が聞こえてくるのかを探ろうと耳を傾けた。


音の種類としては『調子の悪い空気清浄機』から聞こえてくる異音に似てる。

「中のファンが部品の何処かに微かに当たってるのかな?」と思うような音だ。


しかし今の楓にとってはこうした音も不安の元だ。

(私にしか聞こえてない、とかだったらどうしよう…)

と思ってしまうのだ。


一旦、自分だけが幻覚と本物の物体とを混同視しながら生きてきていた、という事を知らされると自分の五感が信じられなくなるのだ。


(とりあえずATMでお金下ろして、電車で街まで出かけて買い物でもするか…)

と、家を出た時の予定の通りに行動する事にした。


○県は○鉄電車が走っているのでJR電車に頼らずに済む。


家が○鉄電車の駅の近くだという事もあり逆にJRの駅が遠いという事もあり実は楓は一度もJR電車に乗った事がない。


(そういえば飛行機は修学旅行で乗ったけど、新幹線にも乗った事が無いんだよなぁ…)

典型的な田舎者である。


一方で、楓の母方の祖母や伯母や叔母は出歩くのが好きな人達で旅行も楽しむ。

楓のような「いつも同じ生活圏でいつも同じ道を歩いていつも同じ趣味の買い物と消費を繰り返す」といったワンパターンを活動的な母方の女系親族達は好まない。

皆「同じ事を繰り返すのに耐えられない」と言うのだ。


(私は結構ワンパターンが好きなんだよなぁ。しかも何故かは知らないけど古い物に触れると「懐かしい」って感じがする事がある)

なので「ポケベル」「テレフォンカード」なるものにも興味を持ったのだが

そういった懐古趣味的な嗜好に何か深い意味があるなどとは、楓には思いも付かなかった。


しかし楓のそうした趣味に関しては、母親の小百合さゆりが「いつも頼りにしている霊能者の先生」から「お嬢さんに憑いてる亡くなった方の趣味です」と言われているらしい。


胡散臭い話ではあるが母が盲信しているのだから父はそれを許容するしかない。


基本的に蘇芳家は嬶天下かかあでんかである。

母が父を尻に敷いて威張ってるという訳ではないのだけど何故かそうなってる。


不思議な事に「母親が威張ってるという訳ではないのに何故か嬶天下の家庭では子供は女児ばかりが産まれやすい」のだ。

何故かは知らないが楓の周りでは皆そうなっている。


(思い込みの激しさとか、他人を自分の思い込みに巻き込む力とか、そういうのが強い人っていると思うんだけど。お母さん達はそういう感じがするんだよなぁ…)


楓としては自称霊能者が全てインチキだとは思わないが、母親が盲信している霊能者に関しては

(どうして『私を盲信するな』って言わないんだろう?マトモな人間ならどんなに自分にとって都合が良くても盲目的になってる人間がいたら、それを諌めると思うんだよな…)

と、疑わしく感じてしまう。


そう思いながら街を歩いているとふと看板が目に入った。

「占い、霊能相談受け賜わります」というもの。


建物の階段近くに貼ってある案内板にはテナントで入ってる会社名が幾つか並んで表示されていた。


その中に

真行寺しんぎょうじ霊能探偵事務所』

という、如何にも胡散臭い名前のものがあった。


「………」


(胡散臭すぎる!…だけど一度「霊能者」とかいう人種を間近に見て、そのインチキぶりを内心でせせら嗤うのも良いのかも知れない)

と楓はそう思った。


ほんの気まぐれだったのだ…。




案内板に従って4階まで階段を上がると、ちゃんとあった。

『真行寺霊能探偵事務所』


一応、相談する事としては

「自分が長年にわたって他の人達と違うものを見続けて来てた事が発覚して心療内科にかかる事になったが、本当に自分の頭がおかしいなどとは納得できていない。これは霊現象ではないのか」

といった事を訊くのだと内心では決めていた。


(もしかしたら詐欺師の巣にのこのこ入り込もうとしてるだけなのかも知れない。…でも、もしも何か判るのなら。自分が異常ではないと証明されるのなら、私は試してみたい)

そう思いながら楓は呼び鈴を鳴らしたのだった。



中ではガタゴトと物音がした。

それから怒鳴り声。


「ったく、珍しく忙しい時に限って…」

と、ブツブツ文句を言う声が聞こえながら

ガチャリとドアが開いた。


「表に『霊能相談受け賜わります』という看板が出てたので、相談したくて来たんですけど…」

と楓が言うと


事務所の人は愛想良く

「お客様ですね?」

と言って応接室に案内してくれた。


私を席に座らせると

「少々お待ち下さい」

と言って引っ込んだが


その直後に三人分の怒鳴り合う声が聞こえた。

(男性二名、女性一名か?)


「今から出張なのに何で看板引っ込めておかないんだよ!」とか

「ちゃんと引っ込めたって言ってるだろが!」とか

そういう内容だ。


(もしかしてタイミングが悪かったのだろうか…)

と、空気を全く読めない訳ではない楓は事情を察知した。


それから間もなく応接室に案内してくれた人とは違う人が出て来た。


「申し訳ありません。お待たせしました。それでご用件はご相談でしたね。先ずは自己紹介させてください。私はこういった者です」

と言って名刺を差し出してきた。


「えっと。…真行寺しんぎょうじゆたかさんとお読みするのですか?」

と一応確認した。


「はい。そうです」


「私は蘇芳と言います。この春には高校を卒業して就職する事になっています。今は授業は無くて、たまに登校すればいい時期なので、こうして昼間っから出歩いてますが。実はですね…」

と楓は最近起こった事柄を真行寺に話した。


「こういう話を霊能者に相談して『霊現象なんじゃないのか?』というと『自分が頭がおかしい事を認めたくない悪足搔き』のように思われるかも知れませんが、私としてはどうしても腑に落ちないんです」

と主張した。


真行寺は所々に質問を挟みながら楓の話を丁寧に拾っていった。


そして

「そっか〜。なるほどね…」

と呻いた。


「確かにね。多分、普通に話を聞いても『霊現象』なのか『精神疾患』なのか判別は難しいんですよ。

ただ貴女の場合は少し特殊だと思います。

貴女は『霊能相談受け賜わります』という看板が出てたので来てみた、と言ったんでしょ?

でもね。今日は看板出してないんですよ、ウチ。

これはわざわざさっき確認してきたから確かです。

でもいつもは出してるんですよ。

そういった事から、貴女の幻覚ーー謂わば『貴女だけに見えているもの』は全くのデタラメではなく、現実と関連がある、という可能性があると僕は思います。

僕としては貴女が見てるものは『場』に残ってる『残留思念』とか『心的残像』みたいなものだと思います」


真行寺がそう言うと楓は少しホッとした。


(現実と関連がある幻覚なら、それは頭がおかしいのではなくて『場に残ってる残像を見る』特殊な視覚だと思えば良いのかも知れない)

と、希望を見いだしたのだ。


「そうなんですね。『ただ頭がおかしい』というのでは無さそうで良かったです」


「それで、どうなさいます?

ただこうして話をしただけなら『相談』なので時間単位で料金がかかるだけですが『依頼』とかになるとそれなりに料金がかかる事になります。

貴女がない筈の物を見続けていた場所に関して調査を依頼しますか?」


「あー。…私まだ学生だし、お金お小遣い程度しかないです。

『相談』だと20分2,000円とかですかね?

『依頼』とかは無理なんで、それは遠慮しておきます」


楓がそう言うと

「まぁ、学生さんならそうだよね」

と真行寺は頷いた。


相談料は楓が口に出した通り『20分2,000円』だそうだ。


(高い!)


だが事務所を構えて生活をしていくとなると、自分の知識や能力を安売りしていては生きていけないのが社会の仕組み。


楓は

(やっぱ自営業は大変なんだなぁ…)

と感じつつお金を払い


「それじゃお仕事頑張ってください」

と一声掛けて事務所を出たのだった。



***************



そして問題の場所に立って見る。


(それにしても「残留思念」とか「心的残像」みたいなものが私に見えてるのだとしたら、それはどういった原理で起きてるんだろう?やはり電波か?電波なのか?)


そんな事を思いながら

その場所の情報を事細かに分析する。


(考えてみたら、ここの電信柱、やたら電線が密集してて台風の時なんかはすごく怖かったんだった…)

(道の端の溝に生活排水が流れ込んでて、いつも独特の匂いがする。ニンニク臭いというか…)

(近くに線路があって建てつけの悪い古い窓ガラスが電車が通ると時に風圧でガタガタ震える)

(近くの家の庭の木がいつも道側に枝を垂れてて、通る時にいつも邪魔だった)

(それにしても「心的残像」って言葉だけで判った気になっちゃったけど、それって具体的には一体何なんだろう?あの霊能者の人自身実はちゃんと解ってる訳じゃないんじゃないかな?)


楓としては超能力者がポラロイドカメラでやる「念写」のイメージが浮かぶ。


(「念写」みたいな事を集合意識内でやられると「心的残像」になるとか、そういう感じなのかな?)


原理は判らないまでも自分の見ていたものがそういった類のものであった事は、楓の中ではほぼ確信に変わっていた。


(でも多分、お母さんは私が見てたのはただの幻覚だと思い続けるんだろうな。…私が父方のお祖母ちゃんの血を濃く引いた所為で悪い因縁を持っているのだと…)


家に帰っても劣等感を降りかけられる予感しか感じられないまま

これといった収穫もなく楓はひとまず帰宅する事にしたのだった…。


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