お金の心配と鬱屈心理
日々訓練と雑用をこなしつつ竜童の弟子業務を行っているうちに、とうとう三月に入った。
卒業である。
(卒業しちゃうと「女子高生」じゃなくなるんどけど、そうなると竜童先生の態度も変わるのかな?正志さんにやってるみたいな無茶振りを振りかけられないなら良いんだけど…)
と微妙に不安ながら楓は卒業式を迎えた。
大学、短大、専門学校へと進学する友達も多い中で楓は就職希望だった。
頭が良くなくて勉強が好きではない、というのも進学をしない理由の一つだが楓にとっては「目的を持って進学する」という訳でもないのに進学に大金を使うのは馬鹿げてる気がしたのだ。
目的もなく進学するのは「低学歴で生きることに対する不安」のようなものがあるように思えた。
「学歴重視社会だからとにかく学歴を積もう」という考え方で大学を出た人達が裏を返せば「社会は学歴重視社会でなければならない」という考え方をする人達になってしまうと思うのだ。
(社会的集団幻想とでも言うのかなぁ、そういうのが気持ち悪いんだよねー)
人間は何か苦労をすればそこに報いを求める習性がある。
苦労した人達は、他人にも苦労を求めるものだ。
体育会系の扱きなどが問題視される社会ではあるが、実際には奨学金という名の借金を背負って大学を卒業した人達は「高卒者達との差別化を望む」ようになる。
自分が苦労したから他人にも苦労を強いる心理というのは何も「体育会系の扱き」や「ブラック企業」に限ったものではなく万人がそうなのだ。
しかし冷笑的で屁理屈の好きな文系のインテリ達は、自分達の中にあるそうした傾向を全く自覚することなく、自分達の分の精神的汚物を
「体育会系」
「ブラック経営者」
と見做した標的に向かって投げつけ続ける。
若い人ならまだしも結構な歳の大人達がそうなのだ。
ツイッターによる人間観察で
そうした
「いい歳をこいて相対思考のできないダブルスタンダードなインテリ界隈の大人達」
が世の中にウジャウジャいる現実を目の当たりにしてきた楓にとって
その手の人間達に共感も共鳴もできないのだ。
(頭デッカチにも心デッカチにもなりたくないんだ。私は…)
楓はそう思った。
類は友を呼ぶ、という面もあるのか
楓の仲が良い友達には「取り敢えず大学に行く」といった無目的に大金を使うような人間はいない。
皆がそれぞれの目的に向かって、分岐点を迎えて、別の方向へ歩き出すのだ…。
「なんだか寂しくなるね…」
「でも新しい出会いもあるよ」
「また皆で集まりたいね」
「来年の今頃も、再来年の今頃も、何年先でも、丁度今頃の時期に集まる事にしない?」
「イイね〜」
「幹事は順番で回そう」
だのといった取り決めを行って、皆でランチを食べた後、皆でお揃いのピアスを買ってお開きになった。
楓と千重里は家が同じ校区。
小中学校が一緒だったので昔から顔は知っていた。
小中学校の頃は同じクラスになった事もなかったけだ、高校に入って同じクラスになった事をキッカケに仲良くなった。
なので二人で「二次会(?)」のつもりでカラオケに行く事になった。
千重里は「小学校の先生になりたい」という事で進学する事になっている。
家から通うのは遠すぎるという事で大学の近く(といっても自転車で通えるくらいの距離)のアパートに一人暮らしする事になっている。
今後、じかに会う機会は激減する。
L◯NEも新しく出会った人達と新しいグループを作って、その人達とのやり取りがメインになっていくのだろう。
なので別れを惜しんで二人は夜までカラオケルームに籠る事にした。
(千重里は何か相談したい事があるのかな?)と楓は思ったのだ。
千重里は何故か悩みがある時ほど、自分の心に引っかかっている問題とは「全く無関係の事」をペチャクチャ喋り続ける性質がある。
楓は今の千重里からそうした空気を感じた。
「千重里さぁ、もしかして何か悩みがある?」
と、楓は単刀直入に訊いた。
「悩みって程でもないけど不安はあるよ。全く知らない人達の中に入っていくのはいつも不安だよ。高校になって楓達と仲良くなれたのはラッキーだったと思う。小中学校の頃は『単に他の子達にくっついてる』というだけの存在で、グループの中でも『いてもいなくても構わない位置付け』の付き合いしか出来てなかったし。もしかしたらまたそんな人間関係になるのかも知れないな、と思うと少し憂鬱なんだ」
と千重里が言う。
「うーん。考え過ぎなんじゃないの?」
と楓は言ってみる。
そう言いながら、楓は何気ない風を装って座席を千重里の横に移して座り直し千重里の背中に手を置いた。
(何気ない自然の態度を取りながら集中するんだ!)
と自らを叱咤激励した。
他人の中の心的残像を読み出すのは
謂わば「覗き見」だ。
感心できることではないのだけど
(私と千重里の仲だし、イイんだよ!)
と思う事にした。
しかしそこで見たものはーー。
(…千重里のお父さんってそういう人だったんだ…)
という感想が内心で漏れた。
千重里にはどうやら異母兄弟がいるらしい。
千重里のお父さんは千重里のお母さんと正式に結婚している他にも「内縁の妻」がいるようだ。
そしてその外国人の「内縁の妻」との間にも子供がいる。
長年の間、婚姻関係のある妻子がいる家庭と、内縁の妻子がいる家庭とを行き来して二重生活を送っていた事が先月発覚した。
千重里のお父さんとお母さんの仲は今や最悪で、千重里も万が一お母さんの味方をしようものなら大学進学にかかる費用やらアパートを借りて暮らす生活費を出してもらえなくなるかも知れないと思って、お父さんを責めるような事を何一つ言えずにいた。
(お金の心配をしなくて済むのなら「この裏切り者のクソ親父!!!」って言って怒れるんだろうけどね…)
何故か涙が出てきた。
(あ、気分まで感染しちゃった…)
千重里が不審がるかも知れないと思いながらも、涙が止まらなくなった。
「あんた…もしかして…」
と千重里が驚いたように楓を見遣った。
「千重里はイイ子だよ。何でも良い方に物事を考えて行ける子だよ。新しい友達とも新しい兄弟とも仲良くなれるよ。きっと」
楓がそう言うと、千重里は楓が何故泣いてるのかを理解してしまったようだった。
「そう…だね」
と千重里はそう言ったきり黙り込んだ。
喉にあった塊が、つっかえが溶けていくかのような、そんな気がすると共に鼻がツーンとして涙と鼻水が出てきた。
泣き声を上げずに
涙と鼻水を垂らしながら
二人の少女は互いにハグし合って
ただ嗚咽を漏らして泣き出したのだった…。
ひとしきり泣いた後は二人は思い切りティッシュで鼻をかんで人心地ついた。
そして
「楓の言うように、新しい友達や新しい兄弟と仲良くなれるかどうかは判らないけど、それでも前向きに考えてみるよ」
と千重里はそう言った。
その目はもう迷ってはいなかった。




