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念の糸に包まれた我執

竜童家に帰り着いてから


楓は先程の事件現場で起きた事件について

「さっきの現場なんですけど、どんな事件だったんですか?」

と竜童に尋ねた。


すると横から

「蘇芳さんはニュース見てないんですかねぇ?」

と正志が口を出した。


「あまり殺人事件とかそういうのは『意識に入れたくない』って気持ちが働くからでしょうかね。ニュースとかで見るのは嫌ですね。でも逆にサスペンスドラマの殺人事件とかだと最後に必ず犯人が判明するので結構平気なんですよね。不思議なことに」

楓がそう言うと


「今まではそれで良かったかも知れんが今後は『お前の中のババア』をちゃんと押さえ込めろ。事件だとかに関してはお前自身が『知りたい』という気持ちを前面に出すようにしろ」

と、竜童が釘を刺した。


「はい。了解しました。…それでさっきの現場は…」

「引きこもりの息子が親を殺した事件だ。テレビで報道されてた筈だ」

竜童は素っ気なく答えた。


「長年引きこもってネット三昧だったみたいだよ。ネトゲの課金にもかなり金を注ぎ込んで親には暴力を振るって優雅に暮らしてたらしい。それで父親がリストラで仕事失ったのをキッカケに両親は息子を追い出そうとして息子がキレたって訳ね」

正志が話を補足してくれた。


「先生が祓ったモノは結局何だったんですか?」

楓が訊くと


「亜地獄ーー犯人の残留思念だ。それに犯人の魂の粒子が付いていた」


「近くに生霊が居ると言ってましたよね?それってどういう意味ですか?」


「そのまんまの意味だな。納豆の豆と糸を連想してみろ。『魂が豆、霊が糸』だと思うと判りやすい。あと『自我が豆、念が糸』でもある。残留思念は基本的に『繭に包まれた蚕』に似た『念の糸に包まれた我執』がその本性だ」


「納豆ですか…」

あまりと言えばあまりな喩えに

ちょっと想像力が追い付かない。


しかし残留思念が『念の糸に包まれた我執』だと言うのは、何故か判る気がする。


「『自我』の活動からは『念』が発生して、『魂』の活動からは『霊』が発生する、と言えば判りやすいか?『自我』は『魂』の下請けみたいなもので、普段は人間は『自我』の活動だけで生活しているが、究極的な場面では『魂』が動くといった感じだな」

淡々と竜童が答えた。


「そうですか…それだと普通の残留思念とは違ったという事ですね?」

「だからこそ我々に仕事が回って来たんだ。殺人事件の現場には何故か加害者か被害者どちらかの魂付きの残留思念が残っている事が多いからな」


「そう言えば被害者の方の気配は感じませんでしたね」

楓は現場に居た時の場の雰囲気を思い返した。


「植物のアレロパシー効果と同じだな。根を張って優勢なモノが居座っている所には別の存在は寄り付けない」


「被害者の霊魂はどうなったんでしょうか?」

楓が素朴な疑問を呈した。

「本体は成仏してるんじゃないか?分体の方は彷徨ってるかも知れんが」

少し竜童が考え込むように言った。


「スミマセン。ちょっと話について行けてません。…霊魂に本体と分体が有るんですか?」


(初めて聞く話だからなかなかイメージが出来ない…)


「お前も観ただろう?光の粒みたいなのが沢山舞っているのを。魂は沢山の粒子の寄り集まりだから分割できる。それが分御魂わけみたまだ。あの残留思念に付いてたのも分御魂わけみたまだ。だから攻撃した。本体の魂を攻撃したなら相手が死ぬ可能性があるから、その行為は禁忌だ」

竜童は真面目な表情で言う。


どうやら霊能の仕事には

「どんな悪人も殺さぬように」

という禁忌があるらしい。


「それで被害者の分体ですけど、彷徨った後はどうなるんですか?本体に合流するんですか?」

と楓が尋ねると


「本体に合流できるものもあるのかも知れない。霊能者としては『供養する』という形でそれを目指さなければならないのかも知れないが。実際には『分御魂わけみたま』は『自我』と癒着し過ぎて上がれなかった分だ。謂わば『切り捨てられた蜥蜴の尻尾』みたいに此の世に残って彷徨い続ける事になる」

と何気に怖い事を言ってくれる。


「私に憑いてるお祖母ちゃんも『分御魂わけみたま』なんですか?本体はちゃんと成仏してくれてるんですか?」

気になる事を訊いてみた。


「ああ。恐らくお前に憑いてるのは『分御魂わけみたま』の方だ。本体が憑くと、その人間の元々の魂は追い出されるか或いは双方が互いを圧迫して発狂する。所謂多重人格だな」

竜童の答えに楓が何か言うより先に正志が口を出した。


「竜童先生、多重人格は心的外傷を受けるような体験をした人間が罹る精神の病気なんじゃないですか?」

と正志が尋ねると


「そうした体験自体が此の世を彷徨っている魂が『標的に定めた人間』の中に入り込もうとする目的で引き起こしてしまっている場合もある。

或いは心的外傷を抱えた魂の弱った人間が相手なら『乗っ取れる』と思って入り込んでいる場合もある」

と竜童が答え


更に続ける。

「魂は半物質粒子で霊は波動だ。

半物質状態の魂は他者の魂の中にそのまま入り込む事は出来ない。

だから一旦霊状態となって共感、共鳴を通して同化して入り込む。

入り込んだ後で個の独自性を取り戻して魂状態に戻り、入り込んだ相手に干渉する事が多い」


「共感、共鳴を通して入り込むんですか…。それだと迂闊に他人に共感するのは危険なんでしょうか?」

楓は恐る恐る訊いた。


「お前、さっきの現場で犯人の残留思念に触れた時にどう思った?

あいつの意識に共感できたか?

あいつは自分で自分を騙しているように思わなかったか?」


竜童が鋭い視線を向ける。

欺瞞は許さないとでも言うかのように。


「そうですね…。共感はできませんでした。『自分は悪くない』って言ってるように思えたんですけど、何ていうか『加害者のくせに被害者ぶってる』ようなものを感じました」

楓が答えると


「あの犯人が殺人者になった最大の原因がそこにある。

あいつはもっと自分に正直になるべきだったんだ。

引きこもるキッカケとして何か辛い事はあったのかも知れないが。

結局のところ人間、いつまでも何の楽しみもなく生きていられる程潔癖じゃない。

あいつは『辛いから引きこもってる』というフリをしながら実際は親に八つ当たりし放題で親にぶら下がって『被害者貴族』みたいに遊んで暮らしてた訳だ。

それをちゃんと自覚できてれば『いつまで今の手口が通用するだろうか?今の手口が通用しなくなったら自分はどうやって身を立てていけば良いのだろうか?』という事も前向きに検討できた筈だ。

あいつは自分の本音と向き合う事を拒み続けて『永遠に被害者のフリをして、自分を憐れむ事で他者にぶら下がり続けたい』という欲に無自覚なままハマっちまったんだよ。

これと同じ心理はあいつだけじゃなくて自己憐憫にハマる連中の多くに当てはまる。

何処にでも居るだろう?そういう連中は」


竜童は皮肉気に言った。


「それってもしかして私のお祖母ちゃんも当てはまりますか?」


「そうだな。だから今後は俺が居る時はババアはお前に干渉しようとは思わないんじゃないか?

お前もババアの意識と線引きが出来たお陰で随分と理解力があがった筈だぞ」


竜童は楓の顔を覗き込みながら

何か探るような視線を向けた。


「理解力が上がるもんなんですか?」

楓が訝し気に訊くと


「人間の霊魂は自己管理が必要だと言う面では『鉢植えの植物の根』に擬えても良い。

肉体が鉢、潜在的環境が土、情緒が水、知恵が光、自我と念が植物の地上部分、そして霊魂が植物の地下部分、といった風に。

水をやり過ぎると根腐れするし、寄生虫や悪玉菌・ウィルスに感染しても枯死にする。

地下部分は見えないから管理が難しい。

犯罪者でもない身内の者が悪意を持たずにただ頼ってきただけなら、それは喩えるなら『他の鉢の枯葉が自分の鉢の中に落ちてきた』ようなものだ。

悪い虫やら病気が湧くのでなければ枯葉もいずれ養分になるだろう。

お前が自分以外の者の記憶や感情と、自分の記憶や感情とを取り違えずに、自分の為すべき事を為すなら、お前を頼る者達はお前の肥やしになってくれる筈だ」

と竜童はキッパリと答えた。


「頼ってくる者達が自分の肥やしにですか…。それって竜童先生の実感ですか?」


「そうだ」

竜童が真面目に頷いた。


(「自分の為すべき事を為す」というのが難しい気がするんだけど…それでもいつか果たせるのかも知れない。お祖母ちゃんが聞く事が出来なかった声を。…恐らくはお祖母ちゃんが捨てた長男の剣人けんと伯父さんの、最期の声を聞く事が…)


そう楓は思ったのだった…。



***************



竜童りゅうどうの話では

頼られ、思いを託される事が霊能者にとっては能力の多様化や熟練に繋がるらしかった。


祖母の魂の欠片わけみたまかえでに憑いてる状態にしても、ただ憑いてるだけでなく、楓に『他人の記憶・残留思念を観る能力』を授けている。


それは「(自分のことを)理解して欲しい」という祖母の思いによって起こっているのだとか。


そもそも楓が食わされた『◯玉親父』もどきの化け物にしても

元を正せば「ずっと昔の誰かの霊」から出来てる可能性が高いのだそうだ。


「誰かに何かをやらせたい」

という悪意の無い強い故人の思いが

生者の中に入ると何かの能力として発現するというのだ。


霊状態と

魂状態との明確な違い。


それは

「霊状態だと自他の区別がない」

「魂状態だと自他の区別がある」

というものが

それらの区別基準の一つだ。


そして魂は半物質。

光る粒子が無数に集まった纏まりだ。


そして霊は波動。

魂が運動する中で生まれるものらしい。


竜童の説明では

「雷雲の中では氷の粒がぶつかり合って電気が発生するだろう?

それでいうなら氷の粒が魂、電気が霊だ。

当たり前の事だが魂は半物質なので氷の粒のような物質ではない。

電気も霊とは違う。

だがイメージとして相似性はあるので、取り敢えずそのイメージで認識しておけ」

との事だった。


魂の粒子に関しては『◯玉親父』もどきの化け物を身の内に取り込んだ者は何故かそれが観えるようになる。


一方で霊に関しては

魂の粒子と共に在る時にはその存在が予想出来るが、霊(波動)自体の観測は難しい。


魂の粒子を観る時には専ら(◯玉親父から授かった)視力に頼る事になるが

霊を認知する時には専ら聴覚に頼る事になる。


「耳鳴りがしない時でも近くに霊が居れば『自分の心音や自分の生体リズムが変化する』。

なので自分の心音や生体リズムを普段から把握して常態パターンを覚えておくと索敵能力が上がる」

と竜童は教えてくれるのだが


「先生。自分の心音を聴くのも難しいと思うんですが、『生体リズムを把握する』のは難易度が高過ぎます」

と楓は初っ端から兜を脱いだ。


「お前、霊能者が呼吸法やら瞑想をする事を一体何だと思ってるんだ?

遊びか?リラクセーションか?

…まあ、それもあるが、主な目的としては『大局的内観』という捉え方を自分自身を実験台にして習熟させる、という事にある」


(また難しい言葉が出てきましたよ…)

頭の悪い楓には色々と難しい。


「先生、『大局的内観』とは何でしょうか?」


正志まさしの方は知識として既に知ってるようで

楓を見遣りながらフフフンと鼻を鳴らしている。


「簡単に言うと『気づき』だな。

喩えるなら『此の世』にしても『残留思念』や『亜地獄にわかじごく』にしてもインターネット空間に在る全てのものと同様に『言語によって構築されたプログラム』だと言える。

そうしたプログラムでしかないものをプログラムだと見抜けなかったら?

それを『書き換える』という発想も浮かばないだろう?

夢を見ながら『これは夢だ』と気づくから、『夢の中で自分の掌を見る』などといった所定の行動を取る事で夢の内容を自分の願望に沿って操る事が可能になる。

そうした『気づき』を得る為に先ずは呼吸法や瞑想で『自分自身の生体リズム』つまり『自分自身の息吹いぶき』を実感できるようになる必要がある」

竜童は淡々と告げた。


(なんだろう…。先生がすごく悟った偉大な何かに見える…)

などと思った楓だが


「それにしても腹が減ったな。女子高生。お前、帰る前にちゃんと俺達の夕飯作っていけよ?」

と、またもメシスタントの役目を竜童に言い渡されたのだった。


因みに楓の作った料理を食べながら

またも竜童が


「女子高生の味がする」

とセクハラ発言をかましたところで


(竜童先生が時折「悟った人」に見えるのは、多分私の目がおかしいからなんだろう。所謂「◯玉親父効果」?)

と、楓は悟ってしまった…。



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