#008 幕間──シャロア帝国陸軍、現状のライア=ドレイクに関する評価について。
ライア=ドレイクが父、ダリオに殺害された日の話である。
ライアの所属する、シャロア帝国陸軍第一師団。
その師団長であるノクナレア中将と、部下のジェルス少佐が話し合いの場を設けていた。
「二人きりで話ができる機会に恵まれて光栄です、閣下」
真面目な顔でジェルスが言う。
その彼女がまず、最初にダリオについての話を始めた。
「しかし、ここで話す議題が私の失態となったことをお詫びします。私の部下、ダリオ=ドレイク中尉が独断で動き……閣下が目をつけていた、ライア=ドレイクを殺害する結果となってしまった。それを止められなかったのは、私の責任です」
深く頭を下げるジェルス。
それを見て、ノクナレアが優しく口を開く。
「なに、謝る必要はないさ。これは、奴の野心を甘く見ていた私の落ち度だよ」
低く、妖艶な声音。
ノクナレアの容姿は金色の長髪で、左目を眼帯で隠している。
淡く大人の色気を纏った美貌を誇る、怪しげな雰囲気の女性だ。
ノクナレアが続ける。
「それより、面白い話を聞いた。例のダリオの小隊が駐屯していた近くで、家出をしてきた魔王っ娘が見つかったらしい」
それを聞いて、ハッとした顔で答えるジェルス。
「ならば、私がその魔王の首を獲って見せましょう。それを持って、今回の不始末の穴埋めを……」
「いや、必要ない」
必死で訴えるジェルスを一蹴するノクナレア。
「ここから先は、単なる私の妄想に過ぎないんだけどね……ライア=ドレイクが魔王の娘に接触し、魔族に転生し生き永らえていたとしたら?」
あり得なくはない……。
ジェルスはそう思った。
だがノクナレアは笑いながら続ける。
「面白い話だとは思わないかい?」
「……ですが、それは私たちにとって敵が増えただけでは?」
言って、ジェルスはライアについての情報を思い返す。
極北前線の英雄……。
人間の身、それもたった齢十五の子供ながら……戦場で暴れ回るその姿は、まさに鬼神。
それも、きっとライアは人間のことを恨みながら死んだに違いない。
実の父親に殺されたのだから当然だ、とジェルスは考えていた。
ライアが魔族に転生したら、人類にとって……。
いったいどれだけの脅威になるだろうか?
そんな不安に頭を抱えるジェルスを他所に、ノクナレアは笑顔で続ける。
「心配いらないよ。彼らは別に、我々の敵ではないからね」
言って、ノクナレアがジェルスの頬に手を当てる。
そのまま笑顔でノクナレア続けた。
「先代魔王の娘、アリシア。彼女は平和を望んでいるという。私たちも望むのは平和だ。なら、お互いに手を取り合えばいいだけの話だとは思わないかい?」
「魔族が、平和を望んでいると? それは本当ですか?」
信じられない、といった表情でジェルスがノクナレアに尋ねる。
魔族は人間と敵対している。
そんな当たり前の常識以前に、ジェルスには魔族を許せない事情があった。
ジェルスの親兄弟は皆、魔族によって殺されたのだ。
魔族は人間にとって敵以外の何者でもない、そうジェルスは考えている。
いや、そうでなくてはならないと思い込んでいるのだ。
ノクナレアが続ける。
「それなら、君自身の目で確かめてみるといい。一度、ライア=ドレイクと本気で戦ってみたまえ。君はどんな言葉を並べられるより、行動で判断する人間だろう?」
聞いて、ジェルスはその通りだと思う。
相手のどんな噂を聞くより、直接会ってみるのが手っ取り早い。
するとノクナレアは頬に当てた手で、今度はジェルスの頭を撫でた。
そして母親が我が子に向ける優しい目で、言う。
「それもこれも、前提として私の妄想が正しければの話だがね」
聞いて、背筋がゾッとするジェルス。
ノクナレアの妄想……。
それは、かなりの高確率で的中するのだ。
かつて、ジェルスが知る限りノクナレアの予想が外れたことがない。
おそらく今回も……。
ジェルスが考えていると、一人の兵士が部屋に現れる。
「失礼します、閣下。至急、お耳に入れたことがあって参りました」
「どうしんだい、そんなに慌てて?」
ノクナレアが聞くと、兵士が敬礼しながら答える。
「はっ。兼ねての閣下の警戒通り、ライア=ドレイクが魔王と行動を共にしている様子が確認されましたので、報告に参りました」
……見事、ノクナレアの予言は的中した。
神がかり、と言うべきだろうか?
兵士を退室させてから、ノクナレアが続ける。
「……さて、私の妄想が現実になってしまったわけだが」
「やります。私が見事、ライア=ドレイクに勝利してみせましょう」
ハッキリ断言するジェルス。
ノクナレアの言葉は真実になる……。
そう確信したジェルスは、ライアと戦うことを決めた。
ジェルスが続ける。
「それが此度の失態に対する、私の挽回の機会といたしましょう」
「……あまり気負わないでくれたまえよ」
聞いて、頭を下げるジェルス。
ノクナレアが続ける。
「魔王アリシア、そしてライア=ドレイク。二人は大切な私の客人なんだ。命までは、取らないでくれたまえよ?」
ノクナレアが呟く。
「二人とは、是非とも友好な関係を築きたいねぇ。まあ、必要なカードは揃っているのだし……後は君たちに任せることにするよ」
言って、ニヤリと微笑むノクナレア。
改めて、気合を入れ直すジェルス。
両者が出会う時は、すぐそこに迫っている。