#004 俺の才能は激ヤバだそうです!
足に魔力を集中させ、速力をアップさせる。
とんでもないスピードだ。
五秒も掛からずに二百メートルを走り切った。
女の子がモンスターに襲われている現場に到着する。
森の開けた場所に一人の女の子と、デカい熊のようなモンスターがいた。
間違いない、助けを呼んでいたのはあの女の子だ。
バッ!
刹那、熊が振りかぶった腕を女の子に向かって振り下ろす。
マジにデカい熊だな……。
身長は五メートル以上、体重は六百キロ近くあるだろう。
対して女の子は、平均的な人間の子供サイズ。
あの一撃をマトモに喰らったら、まず生き残れないのだ。
そんなこと、目の前でさせるわけにはいかないだろう。
すかさず俺は助けに入り、一瞬で女の子を抱えて熊から距離を取った。
バゴッ!
熊の攻撃が地面に直撃し、大きく地面が抉れた。
とんでもない威力だな……。
本当に助けられて良かった。
泣きじゃくる女の子に、俺が優しく声をかける。
「もう大丈夫だからね。怪我はないかい?」
女の子が頭をコクリと縦に振る。
それは良かった。
安心していると、女の子が俺の服の袖をギュッと握りしめる。
「どうかしたの?」
「……あの、ネコちゃんが……まだ」
女の子が必死にか細く呟く。
て、ネコちゃん?
そんなことより、まずは自分の命を優先するべきでしょうが!
と、言うべきなのだろうが……相手は小さな女の子だ。
少しのワガママくらい、聞くのが男と言うものだ。
改めて周囲を見渡す。
すると今まさに、熊がネコをつまんで口に運んでいる瞬間であった。
「ダメ! ネコちゃんが食べられちゃう!」
焦る少女。
アレが少女の言うネコで間違いないそうだ。
なので、俺はその場に少女を残して駆け出した。
俺にあの熊を倒せるのか?
そんな疑問が頭をよぎった。
あの熊、明らかに人間が倒せるサイズじゃない。
戦車でも使わなければ、まず普通の人間に勝ち目はないだろう。
だが今の俺は魔族だ。
全身全霊の魔力を込めた拳なら、あの熊を倒せるかもしれない。
兎にも角にも、今の俺には全力でやる以外の選択はないのだ。
魔力による速度のブースト、腕力の強化。
瞬時に熊の腹下に潜り込んだ俺は、渾身の一撃を叩き込む。
ドゴンッ!!
目一杯力を込めた俺の右ストレートが、熊の腹部に直撃する。
その一撃で、熊が後方へ勢いよくぶっ飛んでいった。
木々を薙ぎ倒し、露出した岩肌へ激突するまで止まらない。
グッタリと倒れる熊。
起き上がってくる様子もない。
やった、ひとまずは俺の勝利だ!
我ながら上手くいった。
……それにしても、想像以上のパワーだ。
やっぱり、魔力ってのはヤバい代物なんだな。
魔力があれば、あんな化け物が相手でも通用する。
それがわかっただけで、これはとてつもない収穫だ。
成功は自信に繋がる。
自信は次の行動の原動力になるのだ。
ニャー。
っと、空中で解放されたネコが俺の腕に落ちてくる。
優しく抱き上げ、少女の元へ連れて行った。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
ネコを受け取り、笑顔で礼を言う少女。
少女もネコも助けられて何よりだ。
さて、このまま森にいては危ない。
また他のモンスターが寄ってくる可能性もある。
なので、俺は直ぐに彼女たちを連れて移動しようと動き出した。
しかし、
「……あれ?」
ふらつき、倒れかける俺
妙な感覚だ。
体に力が入らない。
どこか体に異常があるわけでもないだろう。
怪我をしている訳でも、毒の類でもない。
ただ思うように体が動かないのだ。
そんな奇妙な感覚に襲われていると、遅れてグロリアさんたちが到着する。
「おや、もう終わってしまいましたか」
驚いた顔で俺を見つめるグロリアさん。
おぶっていたアリシアを下ろし、グロリアさんが俺に近づく。
俺がグロリアさんに現状を報告した。
「なんとか、俺だけでもモンスターを倒せました」
「よくやりました。初めてにしては、スマートな勝利です」
「しかし、なんかこう……体の力が一気に抜けちゃいまして」
聞くと、グロリアさんが辺りを見渡しながら答える。
「魔力の使いすぎですね。ライアさんはまだ魔力の扱いに慣れてませんし、仕方のないことです」
なるほど。
魔力を使いすぎるとこんな感覚になるのか。
もし戦闘中に魔力を使いすぎて、倒れでもしたら大変だな。
これは、少し気をつけなければならないか……。
俺がそんなことを考えてると、グロリアさんが続ける。
「では、お疲れのライアさんを私の魔術で癒して差し上げましょう」
「おお」
「ライアさんが倒した熊の肉、使わせてもらいますよ」
グロリアさんが言うと、彼女の全身が魔力で満たされる。
「ついでに、見てもらいましょうか。魔力を使いこなせば、こんなこともできるのだと」
グロリアさんの魔力が、何かしらの形を成していく。
そして、実在する物体として具現化していった。。
包丁やフライパン、水道にコンロ……。
グロリアさんは、自らの魔力でキッチンを作り出したのだ。
「『台所は小宇宙』……さて、料理の時間です」
言って、グロリアさんが熊肉を捌き出す。
鮮やかな手際だ。
早すぎて目に負えない……。
あっという間にグロリアさんが調理を終えてしまった。
出来上がった料理を持って、グロリアさんが近づいてくる。
「完成しました。どうぞ、ライアさん。召し上がってください」
言って、グロリアさんが料理を差し出す。
熊肉のトマトシチューだ。
ほのかに香る酸味が、ものすごく食力を刺激する。
受け取った俺は、大きな熊肉と共にシチューを口に含む。
トロットロのなんて柔らかい肉だ。
口に入れただけで全部溶けて、喉の奥まで素通りしてしまう。
臭みも全く感じない。
ドクン。
刹那、体が大きく脈動した。
全身に活力がみなぎってくる。
「私が魔力を込めて作った料理は、食べた人に様々な効果をもたらします。今回はシンプルに、魔力を回復させる料理です。さ、後は自分で食べられますね?」
グロリアさんの説明を聞き、俺は立ち上がる。
すっかり魔力が回復し、体が自由に動くようになった。
むしろ、前以上に動きやすくなったようにも感じる。
俺はグロリアさんから器とスプーンを受け取り、礼を言った。
「ありがとうございます、グロリアさん」
「いえいえ」
ニッコリ笑いながら返すグロリアさん。
グロリアさんが続ける。
「また魔力が尽きたら、私の能力で回復できますので。これからも、アリシア様のために全力で戦ってくださいね」
つまり、である。
俺は大量の魔力を扱えるが、すぐに魔力が枯渇する。
だがグロリアさんがいれば、そのデメリットが解消されるわけだ……。
なんて完璧なコンビネーション!
話し終えると、グロリアさんが女の子にもシチューの入った器を渡す。
「貴方たちもどうぞ」
「……ありがとう」
「怖い思いもしたでしょうが、美味しい物を食べれば直ぐに忘れますよ」
女の子の涙をハンカチで拭うグロリアさん。
直ぐに女の子とネコが笑顔でシチューを食べ始めた。
「ムム、いい匂い!」
匂いにつられてアリシアも目を覚ます。
すかさずグロリアさんがシチューを手渡した。
「はい、アリシア様の分ですよ」
「うむ、いただくぞ! グロリアの料理はなんだって絶品だからな!」
満面の笑みでシチューにかぶりつくアリシア。
ああ、なんだろう……。
このポカポカした気持ちはなんなんだ?
みんなが笑顔で食事をすると心地が良い。
ものすごく満たされた気分になる。
改めて魔族に転生したことに感謝しながら、俺はシチューを啜った。