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コザックの第二の人生・後編






「は? 私が結婚ですか?」


 間抜けな顔で聞き返してしまったコザックにアイザックは全て決定事項だと言わんばかりに淡々と説明する。


「あぁそうだ。

 ハンセルが捕まり、代わりにバイド伯爵を親戚が継ぐのだが、バイド伯爵家の直系の血筋となるトイセルをキャロル夫人の実家に取られる訳にはいかないと、伯爵家にある男爵位をトイセルに譲りたいと言ってるんだが、さすがにトイセルは幼すぎるだろう。

 キャロル夫人が女男爵となる話も出たのだが、万が一彼女が男に言い包められて他家の者と結婚しては更にややこしい事になる。新しい子が出来て色々言い出してはかなわんからな。

 そこでお前だ。

 子を残せないお前とキャロル夫人が結婚すれば跡取り争いが起る事はない。新しいバイド伯爵もナシュド家の直系が関わってくれるなら頼もしいと喜んでくれたよ。キャロル夫人もな」


「キャ、キャロル夫人も、ですか?」


 それは自分との結婚に前向きだと言う事だろうかとコザックの心臓が小さく跳ねた。


「彼女は元々子を産む事に消極的だった様だ……

 トイセルが出来た今はトイセルの為に生きているが、彼女の生家も女性への態度が宜しくなかった様でな……相手がお前だと知る前の、彼女の再婚の話を聞いた時の絶望的な表情といったら……

 彼女の様に男性不信となっている女性にはお前の様な男は丁度いい風除けになるだろう」


「ハハ……風除け、ですか……」


 何故か少しだけ悲しい気持ちになって、コザックは情けない顔で小さく笑った。

 そんなコザックを見てアイザックも苦笑して息子を見た。


「嫌なら断ってもいいが、お前が人の親になれる唯一の機会だぞ。

 男爵ではあるし代理でもあるが、それでも当主だ。トイセルもまだまだ小さい。仲良くやれば頼って長くお前に当主を任せてくれるかもしれん」


「……私が断った場合は、どうなるのですか?」


「その場合、バイド家の親族から丁度良さそうな年齢の男を探してキャロル夫人と結婚させる事になるな。夫人だけとなるとやはり心許ない。彼女には当主となる知識も無いだろう。

 キャロル夫人はどうやら実家には帰りたくない様でな。トイセルを連れて修道院に行かせたり平民にさせる訳にもいかん。かと言ってバイド伯爵家自体がこれから前当主の後始末で忙しい。本来なら誰も引き受けたがらないところを自分がと引き受けてくれた者に他人の子の子育てまで押し付ける訳にもいかん。

 それに、引き取るにしてもトイセルだけとなる。母親と引き離されてはトイセルもキャロル夫人もかわいそうだろう。


 と言う訳だ。

 コザック、キャロル夫人とトイセルを助けてやれ」


「…………自分に……出来るでしょうか…………」


 2人の女性の人生を一度は壊した自分だ。そんな自分が一人の女性と子供を助けるなんて出来るだろうか……

 心の中に浮かんだ不安にコザックは震えそうになる手を強く握った。


「あれから10年経った。ずっとお前を見てきたが、ちゃんと後悔出来たお前になら、私は任せられると思っている。

 不安なら、これだけ必ず守る様にしろ。


 “一人で決めず、キャロルの意見を必ず聞け。息子の為に将来を考えろ。”


 彼女も他人の意見に流される質ではあるが、それでもトイセルの事を考えている。2人が協力してトイセルの為に知恵を絞れば、大それた失敗はしないだろう」


「父上……」


「コザック。……2人を助けてやれ」


 真剣な瞳で自分を見てくる父の目の中に、自分への期待の色を見たコザックは腹の奥がグッと絞まる感じがした。一度は自分の所為で無くなったものが、また一度与えられようとしている。

 その父の気持ちに、応えたいとコザックは思った。



「……分かりました。

 今度こそ父上の期待を裏切らないと、この命に懸けて、誓いましょう」


 しっかりと目を見て誓いを立てた息子に、アイザックは父親の顔で微笑んだ。






  ◇ ◇ ◇






「逆境からの成功こそが俺が出来る男だという証明となる! 見といてくださいよ! 俺はこれからバイド伯爵の名を世界に名だたる伯爵の名にしてみせましょう! ここからが! ここからが俺の出発地点!! 逆境最高ーー!!!」


 醜聞塗れのバイド伯爵を継いだ男が凄い男だった事で、コザックの緊張がだいぶ和らいだ。彼はバイド伯爵を立て直した後、その成功体験を本にして世界中で出版する予定らしい。


 男爵位と小さいながらも領地を貰ったコザックはこれから『ケノゼイ男爵』を名乗る事となった。

 書類だけで家族となったキャロルとトイセルと、直ぐに打ち解ける訳も無い事を理解しているコザックは、ゆっくり、ゆっくりと2人との関係を築いていこうと心に決めた。




 長い馬車の旅を終え、我が家となる屋敷に来たコザックとキャロルとトイセルはリビングのソファでゆったりと長旅の疲れを癒やしていた。


 屋敷は当然中古物件だ。

 どこかの貴族の元別荘を管理人の老夫婦共々譲り受けた。老夫婦は庭師のジャンと元メイドのメルの夫婦で、妻の方は屋敷のメイドをしてもらえる事になった。

 家具も勿論中古だが、ナシュド家やその知り合いから、良い機会だから自分の家の家具を新しくするからお前の家にやると言って家具をくれたので、中古ではあるが年代物の高級家具が揃ってしまった。古い屋敷にはある意味とても調和していたし、断る程の余裕もないので有り難く頂きはしたが、本当に良かったのだろうかと、やけに座り馴染みのあるソファに座りながらコザックは思った。


 メイドのメルがゆっくりとお茶を運んできてくれたので、それを3人で飲む。コザックがふとトイセルを見るとトイセルはお茶を飲みながら忙しなく目玉だけを動かして部屋の中を見ていた。コザックが不思議に思っているとメイドのメルが


「宜しければこの(ばぁ)がお屋敷を御案内いたしますよ、ぼっちゃま」


と、トイセルに優しい眼差しを向けながらそう言った。声をかけられたトイセルはお茶を零しそうになる程に動揺し、メルの言葉を聞いたコザックは内心なるほどと思った。


「い、いぇ……ボクは……」


 小さな声で返事に困っているトイセルにコザックは声をかける。


「案内して貰いなさい。トイセルの部屋もこちらで勝手に用意したからな。気になる所や欲しい物があるなら言うんだよ」


「え、あ……、…………は、い?」


 コザックからの言葉にトイセルはどう返事をしたらいいのかわからないのか不安げに母の顔や周りを見渡して、でも返事をしなければ、と返事をした。

 立ち上がりメルの側まで行くとコザックと母の方を向き、姿勢を正してお辞儀をした。


「それでは行ってまいります、お父様、お母様」


 そう言う様に躾けられてきたのだろう。そんなトイセルにコザックは少しだけ眉を寄せた。


「トイセル」


 コザックに名を呼ばれてトイセルは緊張からか肩を(すぼ)めてコザックを見た。

 その目に恐れの色が見えてコザックは苦笑する。


「……お父様と呼ぶのは止めよう。私の事は『父上』と呼んでくれ」


「え?」


「私の生家では皆『父上』と呼んでいたんだ。私も父になったのなら『父上』と呼ばれたいんだ。良いだろうか?」


 強制では無い事を匂わせるコザックの言い方にトイセルは困って目を白黒させていた。小さな声が、あ、え、と漏れていたが今までの習慣からかトイセルは


「はい、……ちちうぇ……」


と、返事をした。

 その事に微笑んだコザックに照れたのか、父上と呼んだ事に照れたのか、少しだけトイセルの頬は赤くなっていた。

 そんなやり取りを優しく見守っていたメルが「では、行きましょうか、ぼっちゃま」とトイセルの背中を優しく押して歩き出したのでトイセルは困惑しながらもメルと一緒に部屋を出て行った。


「……わたくしも……」


 ずっと静かにやり取りを見ていたキャロルがトイセルが行ってしまった事に不安になったのか、後を追おうとした。

 そんなキャロルをコザックは止める。


「大丈夫。メルは子供を4人も育てた子育てのベテランだよ。貴女が目を離していても不安になる事はない」


「…………はい……」


 キャロルは生きる知恵として『口答えをしてはいけない』と覚えてしまっている。トイセルも同じ様なものだ。昔のコザックなら命令すればいいのだから楽だと思ったかもしれないが、それではいけないのだと今のコザックなら分かる。自分はハンセルとは違うのだと、キャロルたちに知ってもらわなければ……とコザックは強く思った。


「……キャロル、貴女には知っていてもらいたい事がある。

 私が行った罪の話を……」


 そこから、コザックは自分が長年の婚約者にした事、しようとした事。愛人が居た事と、その女性にどんな思いをさせたかを話した。

 キャロルは静かに聞いていた。


「……過去の罪を貴女たちで代行して償おうとは思っていない。それは貴女たちに失礼だと今なら分かるからだ。

 この話をしたのは、貴女に私という男を知ってもらいたかったからだ。


 私はどうにも思い込みが激しく、周りが見えなくなる。

 ……少しは成長出来たつもりではいるが……それでも、今後どうなるか分からない。


 だからキャロル、貴女に私を見ていて欲しいんだ」


「……見る……ですか?」


「そうだ。私を見て、私がおかしな事をしたり、間違った選択をしようとしたら止めて欲しいんだ」


「…………っ」


 そんな言葉を言われるとは思ってもいなかったキャロルの体が緊張で強張(こわば)る。

 そんなキャロルの目をしっかりと見つめてコザックは続ける。


「この男爵家を、将来立派になったトイセルに胸を張って譲れる様にしたい。間違った事をするつもりはないが、私が間違っていないと思っていても、それが正しいとは限らない。私はきっとまた失敗するだろう。

 だからキャロル。貴女に助けて欲しいんだ」


「……わたくしが……助ける……?」


「そうだ」


 コザックの言葉にキャロルは辛そうに顔を(しか)め、ギュッと両手を握って下を向いた。


「でも…………わたくしには知恵も教養もありません……わたくしの意見など……」


「トイセルに勉強を教えていたじゃないか」


「子の勉強と家の事とでは使う知識が違い過ぎます……」


 少しだけムッとした様に聞こえるキャロルのその声にコザックは内心嬉しくなる。彼女は『諦める事』を覚えているだけで、心自体はまだちゃんと動いているのだと分かるからだ。そのうちきっと怒った顔も見れるだろう……


「貴女が感じた事でいいんだ。トイセルの為に、それは良いかそれは悪いか、感情論で良いから教えて欲しい。

 それはきっと将来トイセルの為になる」


「……トイセルの為……」


「そうだ……

 だが、これも忘れないで欲しい」


「?」


 コザックの言葉にキャロルは顔を上げた。不思議そうな表情のキャロルの目に真剣なコザックの顔が映る。


「貴女だって貴女の人生を送ってもいいのだと言う事を」


「わたくしの……人生……?」


「あぁ、キャロル。

 ……この家を出て行くと言われたら困るが、貴女にもしたい事があるだろう? 出来る事は限られているが、それでも、出来る事の中で、貴女のやりたい事の手助けも私はしたいと思っている」


「……わたくしの……したい事……」


「あぁ……、私たちはみんなで、新しい人生を始めるんだ」


 コザックの言葉にキャロルの瞳が揺れる。彼女はこんな事を男性から言われた事などなかった。ずっと『女が逆らうな』と言われて生きてきた。お前の意見など聞いていないと叩かれたりもした。それなのにコザックはそれをする様に言っている。キャロルの中に混乱と……小さな期待の花が芽吹いていた。


「は……い……」


 反論してはいけないと思って生きてきたキャロルの条件反射の様な返事だったが、その返事は『キャロルがこれからコザックに意見を言う』という意味の返事だ。返事をした後に、今の返事は良かったのだろうかと不安になったキャロルの目に、コザックが優しく笑った顔が映った。


「っ………」


 コザックの笑顔にキャロルの心臓が小さく跳ねる。なんだか少し息苦しくなってキャロルはコザックから目を逸らした。

 そんなキャロルの頬が少しだけ赤く染まっている事に気付いたコザックも、なんだか恥ずかしくなって顔を赤くした。






  ◇ ◇ ◇






 コザックは使いどころがなく貯め込む形になっていた資産を使って新しい商売を始め、それを軌道に乗せた。領地改革も上手くいき、小さいながらもケノゼイ男爵領は貧乏領地から早々に脱却した。

 コザックは元来優秀なのだ。


 それから2年。


 のんびりとした環境で、周りの大人たちに愛され保護される事を知ったトイセルは元来の性格を取り戻して腕白な少年へと成長していた。実父から無理矢理食べさせられていた食事がなくなり、メルの作る素朴ながらも栄養面が考えられた食事のお陰でその体は直ぐに標準体重に戻った。

 キャロルはまだコザックに自分から意見を言う事はないが、それでもコザックから聞かれればちゃんと答え、自分の意見を言える様になった。子供の頃から実は密かにやりたかったというお菓子作りの楽しさを覚え、クッキーなどを作って売ったりしてどんどん外の世界に目を向けている。


 コザックは忙しくはあるが、とても充実した毎日を送っていた。


 そんなある日。


 突然、父であるアイザックが胸元に何かを抱えてやって来た。


「喜べコザック、キャロル。


 お前たちの新しい子供だ!」


「は?」


 笑顔で父から差し出された赤ん坊にコザックは本当に意味が分からずにそれしか反応出来なかった。

 動きの止まってしまった息子を諦めて赤ん坊をキャロルに抱かせたアイザックがニコニコ顔で話し出す。


「見た通り、訳有りでな。

 血筋は良いが両親には育てられん。かと言って母親父親どちらの家でも面倒は見れないと言われてな。最悪孤児院も考えられたのだが、それは駄目だと反対意見が多くて養子にと決まったのだ。

 そこで私はお前を推薦したのだ!

 皆、お前の家なら問題ないだろうと了承してくれた。お前も乳飲み子の子育てをしてみたいだろう?」


「……………色々気になる事はありますが……その、父上の言う“皆”と言うのは……」


「スマンな。誰が居たかは言えんのだ。だが安心しろ。

 陛下もお前になら安心だと言って下さった!」


「………陛下………」


 今となっては雲の上の人となったこの国を支える人の名前が出てきてコザックは頭を抱えたくなった。一体どんな子だというのだ……


「子育てに必要な資金も貰って来てやったから金の事は気にするな。

 まぁお前は上手くやっている様だから必要ないかもしれんがな」


「…………その心配はしておりません……キャロルは……」


 金の事じゃないんだよ……と思いながらキャロルを見ると、キャロルは赤ん坊をしっかりと抱いてあやしながら赤ん坊の顔をジッと見ていた。

 そしてその目をコザックへと向けた。真剣な、既に気持ちの決まった目を……


「……わたくしたちが断ったらこの子はどうなるのですか? また他の家に連れて行かれるのでしょう?

 ……でしたら、ここで育てて上げるべきです。


 …………わたくしはもう子を産みたいとは思いませんが……こんな子を一度抱いてしまっては……この子を手放したくないと思ってしまいます……」


「キャロル……」


 ギュッと赤ん坊を抱きしめたキャロルを見たコザックは溜め息と共に妻の名を呼んだ。


「では決まったな!

 頼むぞ、コザック。

 この子を立派な“男”に育ててやってくれ」


 ドンッとアイザックはコザックの胸元を叩く。その目は期待の籠もった目をしていて、そんな目を向けられてはコザックは腹を括るしかなかった。


「……分かりました。

 引き受けたからには私が全ての責任を持って、この子を立派に育ててみせます」


 妥協ではなく自分の意思で引き受けるのだとコザックはその目に乗せて父に伝える。

 アイザックはそれをちゃんと読み取り大きく頷いた。


「頼むぞ」


 そんな父の一言が何故か無性に嬉しくなるのは何故だろうかとコザックは思う。


 そんな親子のやり取りの横から、おずおずといった感じでキャロルが声を掛けた。


「……この子の名前をお聞きしても?」


 その質問にアイザックが肩をすくめて話し出した。


「実はまだ無いのだ。父親はこの子が生まれた事も知らんだろう。母親は名前を付けんかった。

 あぁ、捨てたのではない。自分が育てられないと分かっていたから付けなかった様だ。子を育ててくれる相手に愛情を持って育てて貰える様に、名付けを譲った様だな……

 だから、コザックにキャロルよ。

 この子に良い名を付けてやってくれ」


 アイザックの話にキャロルは少しだけ悲しそうな顔をして、コザックは最後の言葉に反応した。


「……名を……」


 そう呟いたコザックに寄り添ったキャロルが優しく微笑む。


「良い名を……付けて上げましょう……」


「あ……あぁ……」


 そんな2人のやり取りをアイザックは優しく見守る。

 突発的に夫婦となった2人だが、上手く夫婦をやれている様で父として義父として内心ホッとしたのだった。



 そして、その日から数えて4日、名付けに頭を悩ませたコザックにキャロルは苦笑して、最終的にはコザックが考えた名前からトイセルが選ぶ形で子供の名は決まった。


 またもや突然始まった子育てにコザックはあわあわしながらも、それでもキャロルに丸投げする事なく(みずか)ら率先して子育てを手伝った。



 1年後。



「喜べ! コザック、キャロル!

 娘が出来たぞ!!」


 ジャーンという効果音が付いていそうなアイザックの登場に、コザックは驚きよりも諦めの境地となった。


「父上……この国は大丈夫なのですか……?」


 アイザックが連れてくるという事はまたもや訳有り高位貴族関係だろう。産んでいるという事は無理矢理純潔を穢されたのではないだろうが、それでも、『本来ならば産まれないはずの子』が毎年産まれるのは如何なものか……


「全く良くはないが考え方を変えろ!

 お前は子が増え、私は孫が増える!!

 喜ばしい事だ!!」


 父のテンションがおかしい事になっている事から、父上も若干やけくそになってるんだなと思いながらも、コザックは新しく増えた家族に自然と口元を綻ばせた。


 長男となったトイセルは突然増えた弟妹に驚きはしたが何よりも喜んだ。他所の血を持ち養子となる弟妹に爵位の継続権が生まれる事が無い上に、どうやら高位の血筋を引いているらしい弟妹は大きくなっても男爵家のあれこれに関係する事はない。

 コザックとキャロルは預かった男児と女児をただ立派で筋の通った考えの大人になる様に育てると誓いあった。


 ケノゼイ男爵家には4人の子供を育て上げた老夫婦が居たのも助かった。

 コザックとキャロルだけでは子育てに疲れて問題が出たかもしれないが、ジャンとメルが本当のお爺ちゃんとお婆ちゃんの様に家族の一員として2人を支えてくれた。

 時々様子を見に来たアイザックがお爺ちゃんしているジャンに謎の嫉妬を燃やしたりもしたが、大きな問題も起こらず、子供たちはすくすくと育っていった。



 それから9年。

 次男が10歳となった時、またもや事件が起こった。


 何と隣国の第二王子が妻だという女性と共にケノゼイ男爵家に子供を取り戻したいとやって来たのだ。

 次男を預かる時に陛下の名前が出たので高位の血筋だとは思っていたがまさか隣国の王族が出てくるのは思っていなかったコザックとキャロルは度肝を抜かれた。


 だが、大切に育てた子供を権力に負けてホイホイと差し出すつもりはない。

 怖がり怯える次男を17歳となっていたトイセルが背中に庇い、妹がギュッと次男に抱き着いた。そして子供たちの前で凛と立つコザックとキャロルは、どこからどう見ても信頼しあっている家族だった。


 そんなコザックたちに王子は自分たちの事情を話した。


 この国に来た時に侯爵令嬢と出会い、恋に落ちた。いけない事とは理解しながらも、互いを愛する気持ちを捨てられなかった。

 令嬢には婚約者が居て、婚約を解消したがった令嬢の願いを跳ね除けた。王子も王子で一度国に帰って王族を抜けると願い出たが却下された。

 悩んだ2人は駆け落ちして平民となった。別の国で警備兵の仕事と家庭教師の仕事をそれぞれ見つけて家庭を築いた矢先に見つかり連れ戻され、引き離された。

 その時既に令嬢は身籠っていたが、王子はそれを知る事なく国に返された。令嬢は一人で産んで育てると言ったが元婚約者の家がそれを許さず、彼女は罪を償う為に子を産んで直ぐに修道院へ入れられた。

 それから10年。

 10年経っても考えを変えない王子たちに周りの方が折れた。許されない恋ではあったが身分は悪くは無い。既に元婚約者家族の溜飲(りゅういん)も下がり好きにすればいいと言っている。ならばもう2人に障害は無いと結婚する事になったが、ならば子供は? となり、頭を下げて居場所を聞き出しやって来たのだと話した。


 物語の様な話だと皆が驚きながら聞いていたが、だから子供を返せと言われても簡単に手放せる様な愛情の掛け方はしていなかった。

 だが、親子だと思って見てみれば、隣国の王子もその横にいる女性も、とても次男と似た面影を持っていた。それこそ、寄せ集めの様なコザックの家族よりもしっかりと一つの家族の様に見えた……

 それでも……


「血の繋がりはありませんが、私たちは今まで皆で手を取り合って生きてきた家族です。

 私は立派な父親ではありませんが、それでも、子供たちをここまで育てた責任があります。血縁者が出てきたからといって簡単にその手を離す程、愚かではありません。

 この子は、私の息子なのです」


 コザックの言葉に続く様に次男が一歩前に出た。その目にはもう怯えはなかった。


「オレの父上はコザック・ケノゼイただ一人です。母もキャロル・ケノゼイだけです。

 オレは妹をまもると誓ったのでこの家を離れることは出来ません。血がどうとかオレにはわかりません。オレの家族はケノゼイ家だけです。

 もしオレを探しにきたのだったらすみません。オレの家族はもう居ます」


 そう言って頭を下げた次男にコザックは目頭が熱くなるのをグッと我慢した。


 王子たちはその後も粘りはしたが、次男の気持ちが変わる事はないと知ると、また来ると言って帰っていった。

 『頑固さは血筋かな』と言って笑った王子の悲しそうな顔がコザックには忘れられなくなった。


 それから……

 時々親戚の様にケノゼイ男爵家を訪れる様になった隣国の王子、改め隣国の公爵夫婦と、少しずつ時間を共有していった次男に、コザックは声をかける。


「……2人はお前と離れたくて離れた訳では無い。この世界には思う様にいかない事がたくさんある。それを多くの人が諦めて生きていくのだが、あの人たちは諦めなかった。そのお陰でお前が生まれた事も事実だ。

 私はお前と離れたくはない。血の繋がりはなくてもお前は私の大切な息子だ。……だが、あの二人の気持ちも痛い程分かる。私がお前と引き離されたらきっと今の2人と同じ事をするだろう。

 無理にどうするかを決める必要は無い。だが……、もし迷いがあるのなら、これだけは覚えておいてくれ。


 離れていようとも私とキャロルがお前の父と母である事は変わらない。ただお前に父と母が一人ずつ増えるだけだ。この家を出ても、名乗る家名が変わろうとも……私は死ぬまでお前の父親だ」


 そう言ったコザックに次男は抱き着いて泣いた。とても複雑で難しい悩みを抱えた10歳の息子をコザックはただただ強く抱き締めた。

 『ここに居ろ』と言う事は簡単だったが、そんな父親にコザックはなりたくなかった。



 それから半年後、次男はケノゼイ家を去った。

 自分の所為で悲しげに笑う2人を無下にし続ける事は、優しく育った次男には無理だったからだ。愛情をたくさん貰った次男は、今度はそれを生んでくれた両親に返すんだと笑って旅立って行った。

 いつでも帰って来ていいからなと言ったコザックはその後、半年置きくらいに里帰りしてくる次男に、喜んでいいのか怒った方がいいのか、複雑な気持ちになるのだった。





 それから更に数年後。


 ある日、キャロルがお客様だと伯爵夫人を連れて来た。

 お菓子作りを教えるのだと笑ったキャロルが娘を呼び、皆で一緒に作りましょうと女性3人で台所に入って行った。


 少しだけお転婆に育ってしまった娘と、お客様である夫人の髪色が似ている事に気付いたコザックは少しだけ息を呑んで、そして気付かなかった事にして執務室へと向かった。


 どんな関係であれ、子供たちが愛されているのであればいいと、コザックは思った。



「父上」


 コザックの仕事の補佐をしているトイセルが執務室に入って来たコザックに笑いかける。

 その愛情を窺える笑顔に、コザックは幸せを感じて笑い返す。


「トイセル。今日のおやつは期待できるぞ」


 そんな何気無い話を息子と出来るなど昔のコザックには考えられなかった。


 人生、何があるか分からないものだと、コザックは笑った。










[完]



※ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございます。

 「ざまぁ話」がいつしかこんな形になりました。(不思議)

 クズ男がクズ男のままで終わらずに申し訳ないです。反省の10年間が結構キツいお仕置き(精神的な)になったと思うのですがどうでしょう?(苦笑)

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