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3/8

>> 後編 





 その日もいつもと変わらない一日のはずだった。


「リルナさん」


 朝食が終わったリルナをメイドが呼び止めた。いつもは朝食が終わると部屋で教育係が来るのを待つリルナだったがその日はメイドに呼ばれて応接室のソファに座った。

 向かいにはこの3年間、毎日ずっと顔を合わせていたのに全く親しくなる事はなかったメイドが座っている。メイドはソファに座ったままで二人分の紅茶を入れ、1つをリルナの前に差し出して1つをそのまま自分で飲んだ。リルナもそれに習って紅茶を一口飲む。

 その間に別のメイドが部屋に入ってきてリルナの前に座っているメイドに何か袋を渡してまた出て行ってしまった。出て行ったメイドの横顔を見たリルナが違和感を覚える。今の人……先生に似てた……? そんな疑問が浮かんだリルナの前にゴトリと音を鳴らして先程持ってこられた袋が置かれた。

 ローテーブルの上に置かれた袋の中からジャリリと金属の音が微かに鳴った。


「リルナさん、3年間お疲れ様でした」


「え?」


 メイドから言われた言葉にリルナは目を開いて驚いた。

 3年間。それはコザックが言っていた『正妻と別れる白い結婚の期間』だとリルナは一瞬分からなかった。リルナはこの3年間、日付を調べる術がなかったからだ。メイドや教育係に聞いても教えてくれなかったのでリルナには今がいつなのか分かってはいなかった。

 それをいきなり言われたのだ。リルナは目の前のメイドが何を言い出したのかさっぱり分からなかった。


「今日、無事にコザック様とイリーナ様は離婚されます。ですのでリルナさんがここで学ぶ事も終わりです」


「え? え……?」


「つきましては、イリーナ様より3年間頑張られたリルナさんへの労いの意味も込めてこれを預かって参りました」


 そう言いながらメイドが目の前に置かれた袋の紐を引くと中から数枚の金貨が溢れ落ちた。

 え? と目を見張るリルナの目には袋に詰まった金貨が見える。袋の中身が全て金貨ならば相当な金額となるだろう。リルナが見たこともない様な金額だった。


「イリーナ様はこれを全てリルナさんにお渡しするとの事です」


「な、なんで……?」


「3年間頑張られたリルナさんへのイリーナ様からの贈り物ですよ。気にせずお受け取りなさいませ」


 何か裏があるんじゃないかと怯えるリルナにメイドは貴族の女性らしい微笑みを浮かべて笑いかける。その顔がまた怖くてリルナの体からは血の気が引いていた。

 しかしメイドは気にする事無く話を続ける。


「これから数日間、コザック様も忙しくなるのでこちらには来ないでしょう。わたくしたちもこの屋敷を離れる為の準備をしますので、リルナさんもそのお金でお買い物でもされてはどうですか? 3年間外出出来なかったのですから、久しぶりに外を楽しんで来られれば宜しいかと思いますよ」


 微笑みながら告げられた言葉にリルナはまた驚いてメイドの顔を凝視した。


「……そ、外に出てもいいのですか?」


「えぇ。もう3年経ったのですから、リルナさんは()()ですわ」


 メイドの細められた目の中にある、言葉にはされない言葉に、リルナは心臓が止まりそうな程に驚き、そして、歓喜した。


 何も言えなくなり、ただ唇を震わせて驚いた顔をしているリルナに改めてニコリと笑顔を向けたメイドが静かに立ち上がる。


「それではわたくしはこれで。今日は門番も忙しくしているので声を掛けなくてもいいですよ。いつお戻りになるか一言メモを残しておいてくだされば良いので。

 ……大金ですので、お金の扱いだけは気をつけて下さいませね?」


 フフフ、と笑ってメイドはリルナを一人部屋に置いて出て行った。

 リルナは突然の事にただ呆然とそこに座っていた。


「…………」


 目の前に置かれた金貨の詰まった袋。誰も居なくなった部屋。終わった3年間……


 ──リルナさんは自由ですわ──


 その言葉が不意に耳に蘇ってリルナの心を支配した。


「……っっ!!」


 リルナは矢庭(やにわ)に金貨の袋を掴んで落ちた金貨も全て残らず袋に詰めて胸に抱えた。そして直ぐに自分の部屋に戻ると紙にこの3年間で覚えた美しい字でメモを残した。


『馬鹿で浅はかだった私をお許し下さい

 無知な女がお伽噺の世界を夢に見たのです

 二度と戻らないと誓います

 申し訳ありませんでした』


 リルナはベッドのシーツを剥がして丸めた布の真ん中に金貨の入った袋を入れて、シーツを器用に結んで袋の様に持つと、3年間押し込められていた屋敷を出た。


 侯爵家の関係者が後をつけていてるかもしれなくてもどうでも良かった。自由にしていいと言われたのだ。コザックへの愛が冷めきっていたリルナにはもう引き止めるものなど何も無かった。

 ただこの地獄から逃げたいとそれだけ思った。



「母さんっ!!父さん!!!」


 3年間呼べなかった言葉を口にすればリルナは自然と泣いていた。

 3年前と変わらない場所にあった家はリルナの目には何十年も離れていた場所に見えた。引っ越していたらどうしよう、侯爵家の関係者に何かされていたらどうしょうとずっとリルナは心配だった。馬鹿な自分が恋に浮かれてしでかした事が恋を理由に許される事ではないと知ったのは自分が閉じ込められてからだった。

 平民が……貴族の、それも上位貴族の侯爵家の嫡男に手を出したのだ。その所為で家族に何か起こってもそれは全部リルナの所為であり、そんな娘を育てた親の所為だった……

 馬鹿だったんだと……後悔するには相手が悪過ぎたのだと、リルナはずっと絶望していた。

 今となっては、何故自分が侯爵家の嫡男の夫人となれると思ったのかリルナにも理解出来なかった。


「っっ!?!? リルナ!!?!」


 3年前に行方不明になっていた娘が突然帰って来て母は驚きそして号泣してリルナを痛いくらいに抱きしめた。


「あぁ!! リルナ! リルナっ!! あんたどこに行っていたの?! 心配したんだからっ!!」


「ごめんなさい! ごめんなさい母さん!!」


「っ……生きて……っ、生きてるって信じてたっ!! このバカ娘がっっ!!」


 怒りながらももう二度と離さないと言う様にギュッとリルナを抱きしめる母の温もりにリルナはただただ泣いた。


「ごめんなさい……っ、ごめんなさいお母さんっ! 私がバカだったのよっ……バカだったのよ……っっ」


 玄関を開け放ったまま抱き合って泣く親子の姿に直ぐに近所の人が気付き、ずっと行方不明だった娘が帰って来たと騒ぎになって、仕事をしていた父の元にも直ぐに知らせが走った。直ぐに戻ってきた父と抱き合って泣いたリルナは自分がしでかした事を全て隠さず両親に話し、貰った金貨で直ぐにこの街を離れると伝えた。リルナの両親は話の全てに驚き怒ったがリルナを突き放したりせずに直ぐ様引っ越しの準備を始めた。

 次の日にはリルナと母は簡単な荷物を持って街を離れた。父は色々片付けてから直ぐに後を追うとリルナを名残惜しそうに送り出した。

 ナシュド侯爵とイリーナの実家のロデハン侯爵の領地とは離れた、両家とは関係がないと思われる領地を選んで引っ越す事を決めた。父は商人だったので、どこででも仕事は出来るとリルナに笑ってみせた。申し訳ない気持ちで泣くリルナだったが、それでも両親と離れる気にはならずに両親の言葉に甘えた。

 金は貰った金貨がある。心配なのは自分が壊してしまった2つの侯爵家から何か言われる事だった。恋に浮かれている時は何も心配していなかったのに、恋が冷めてしまうと見えてきたものに心底心が恐怖する。ただの平民が何故上位貴族に横槍を入れてお咎めがないと思えたのか……無知はなんて幸せなんだろうかと3年前の自分をリルナは恨み続けた。

 もう馬鹿な事は絶対にしない。

 自分の身分を自覚するっっ!!

 リルナは母の手をギュッと握って心に誓った。


 それから一生リルナは貴族に怯える人生となったが、リルナが引っ越した後を誰かが追ってくるという事も無かった。

 心を入れ替えたリルナは『浮気は罪』だと時々口にしながら親の仕事を手伝い、平凡だが優しい男と巡り合って平凡だが思いやりのある家庭を築いた。


 それが出来たのもコザックの父と本妻となったイリーナとその実家が優しかったお陰だとリルナとその家族はしっかりと理解していた。


 貴族の婚姻を邪魔した平民が3年閉じ込められただけで許されるなど普通はあり得ない。それも手切れ金(?)さえ貰えて……


 平民の家族を一つ居なかった事にする事など、本来なら侯爵家にかかれば簡単な事なのだ。





  ◇ ◇ ◇





「それでは、コザックとイリーナは円満離婚という事で」


 両側に大きなソファが置かれたローテーブルの上に離婚証明書が置かれている。同じ物が2枚。

 ナシュド侯爵家の応接室、扉から見て左側のソファに座っているナシュド侯爵家の当主アイザックとその横にコザック。向かいの席にイリーナの父 ロデハン侯爵家当主ゼオ・ロデハンとその横にイリーナが座っている。

 全員が穏やかに笑っている。コザックはむしろこれからの事を考えてニヤニヤしていた。


「子供たちが婚姻を解消してもナシュド侯爵家とロデハン侯爵家の繋がりが壊れる事なく結ばれ続ける事をここで祝おうではないか」


 そう言うとアイザックはメイドに用意させたワインの入ったグラスをそれぞれに手渡す様に指示した。


「親族にはなれませんでしたが私たちの繋がりがそれで断たれる訳ではありませんからな。

 いやはや、子に無理な婚姻をさせてしまって申し訳無く思っておりますよ」


 ワイングラスを受け取りながらイリーナの父ゼオがアイザックに言う。


「はっはっは。いや〜、仲良くやっていると思ったんですがなぁ」


「申し訳ありません」


 アイザックの言葉にイリーナが小さく頭を下げる。


「いやいや、イリーナはよくやってくれましたよ。それよりウチの愚息がすまなかったね」


「父上っ」


 父の言葉にコザックは眉を寄せて非難の声を出す。しかしアイザックはコザックに目を向ける事はなく、手に持ったワイングラスを掲げた。


「では、これからのナシュド侯爵家とロデハン侯爵家の発展を願って」


 アイザックの言葉にゼオとイリーナもワイングラスを掲げると3人はワイングラスに口を付けた。

 気を削がれたコザックも不満げな顔をしたもののワイングラスを軽く掲げてワイングラスに口を付けて中のワインを一気に全部飲み干した。甘い赤ワインの甘味がやけに喉につくワインだった。



「夜会では顔を会わすかもしれないが、独り身が寂しいからって俺の近くに近寄らないでくれよ」


 帰るイリーナの背に向かってニヤニヤとした笑みを浮かべてそう言ったコザックに、イリーナはニッコリと貴族の女性としての笑みを向けた。


「またお会いする機会があるのなら、その時はお互い()()()()()()()()()距離間でお会いしましょう」


「は……?」


「それでは、コザック様。

 3年間お疲れ様でした」


 いまいちよく分からない返事をしたイリーナに怪訝な顔をしたコザックにイリーナは綺麗なカーテシーをして別れの挨拶をした。そして最後に一度コザックに微笑みを返し、そのままコザックに背を向けた。


「なんだあいつ」


 ポロッと漏れた様なコザックの不機嫌な声を聞いて、アイザックは何も言わずに手で顔を覆って頭を振った。



 コザックが最後のイリーナの姿に不満を覚えながらも自分の自室へ戻ろうと歩いていた時、不意に目眩を覚えた。


「お?」


 グラッと揺れた感覚にコザックは壁に手を突く。不思議に思いながらも歩き出すが、自室に着いた時にはコザックの体は目眩以外の不調も起こし始めていた。


「コザック様……っ?!」


 メイドがコザックの異変に気付いて駆け寄ったのを認識したのを最後にコザックの意識は突然暗転した。


 そこからは朦朧とした意識の中、コザックは自分を襲う強烈な熱と倦怠感と頭痛にまともに声を発する事も出来なくなった。

 そしてその日の夜から襲ってきた股間に感じる強烈な痛み。体の中から湧き上がってくる激痛に、コザックは股間を押さえて三日三晩苦しんだ。


 その後、徐々に体の熱は引いてきたものの股間の鈍痛は治まらず。コザックがまともに動ける様になったのはイリーナと別れた日から15日以上経った後だった。

 熱と痛みに襲われている間はそれ以外の事が考えられなくなっていたコザックだったが、体の熱が治まってくるとやっと思考が動く様になり、そこでやっとリルナの事を思い出していた。


「リルナに会いに行かなければ……」


 ふらつく体で外に行こうとするコザックを侍従が止める。


「いけませんコザック様。まだお体が本調子ではないのですから」


「ではお前がリルナをここに連れてきてくれ。

 イリーナと別れたんだからリルナをこの家に呼んでも問題無いだろう?」


 椅子に座るにも鈍痛を訴える股間を気にしてモゾモゾと腰を動かすコザックに侍従は困った様に一度口を閉じると意を決した様にコザックの目を見た。


「その事なのですが」


「? なんだ?」


「コザック様の体調が万全になるまではと連絡を控えておりましたが、これを……」


 侍従はコザックに1枚の手紙を差し出した。


「っ?!? これは何だ?!!」


 中身を見て慌てて立ち上がったコザックが一瞬体の痛みに顔を歪める。そんなコザックに侍従は申し訳なさそうな表情をした。


「リルナさんが残された手紙です。彼女は3年の期間が終わったと聞かされたその日にあの家を出て、帰っては来られませんでした」


「そんなっ!? 何故彼女を外に出した!!」


「コザック様、彼女は罪人ではありません。

 コザック様が婚姻中にお二人の不貞の噂が立たない様にと対処されておりましたが、それが解消されればリルナさんを無理に閉じ込めておく理由もありません。

 本来彼女は自由の身なのです。

 決して我々の誰かがリルナさんを追い出したりなどした訳ではありません。リルナさんはリルナさんの意思で帰っては来られなかったのです」


「そんな訳が無い!! 彼女は俺を愛していたんだぞ!! 帰って来ないなんてある訳がないだろう!!」


「しかし……」


「っ!? まさか……まさか攫われたのではないか?! イリーナの奴が離婚の仕返しにっ」


「なんて事を言うのですかコザック様!」


「分からないだろう!? あぁっ! こうしては居れないっ! 直ぐにリルナの家に行く! 馬車を出せっ!!」


「コザック様っ! お体に障りますっ、……それは使いの者に」


「人に任せられるかっ! 俺が直接行く!!」


 コザックは手にしていた紙を握り潰して足元に投げ捨てた。

 こんな手紙信じられるか。綺麗な文字で書かれた手紙をリルナが書いた証拠は無い。誰かが偽装したに決まっている。

 あんなに愛し合ったリルナが俺から逃げるはずが無い!!

 体の不調を忘れる程にコザックの頭には血が上っていた。リルナに危険が迫っているかもしれない。自分が寝込んでいた間に何があったのか?!

 コザックは急いで平民街へ行く為の商人の服装に着替えると、それぞれ着替えた侍従と護衛一人を連れて昔リルナから聞いていたリルナの家へと向かった。





  ◇ ◇ ◇





「はぁ? リルナちゃん?

 ………あんたら何だい? まさか貴族様の使いじゃないだろうねぇ……?」


 不信感を顕に自分たちを見てくる平民のおばさんにコザックは腹を立てた。

 しかしそんなコザックの前に出た侍従がコザックには見せた事もない態度でおばさんと話し出す。


「貴族の使いではないけれど、ちょっと訳有でさぁ。

 ……若い平民の女性が逃げて来たって話、知らない? なんか酷い目に遭ってたみたいでさ……彼女が一緒に逃げたリルナって子の心配してて、もし()()に酷い目に遭わされたら助けてやってくれって頼まれたんだよ。たしかこの辺りの出だって彼女に話したみたいなんたけど……」


 周りの目を気にして小さな声で話しだした侍従の言葉を訝しげに聞いていたおばさんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われて目の色を変えた。


「まぁ! じゃあやっぱり……?」


「おばさん、何か知ってる?」


 心配気な表情をして聞き返す侍従におばさんは周りをキョロキョロと見渡した後に内緒話をする様に手を口の前に添えて小声で話しだした。


「家出してた娘さんがこの前突然帰って来たのよ! その娘さん、居なくなる前に貴族の令息といい感じになってるってちょっと言ってたみたいでね。家出した時も、本当に家出か? って噂になってたんだけど、この前突然帰って来たと思ったら次の日には母親と一緒に出て行っちゃって。見てた人の話じゃ、家出じゃなくて捕まってたんじゃないかって。ほら、平民の娘って貴族様からしたら使い捨ての道具みたいな物じゃない? 彼女もそんな貴族に捕まってたんじゃないかって言われてるのよ」


「……何をっ!!」


「きゃ! 何だい?!」


 イライラとしていたが大人しくおばさんの話を聞いていたコザックも最後の言葉には黙って居られなかった。侍従の後ろから突然自分を掴もうと手を伸ばしてきた男におばさんは驚いて後ろに下がった。コザックは怒りのままにおばさんを睨むが、それを侍従が前に出てその背にコザックを隠し、護衛がコザックの肩に手を置いて身を引かせた。


「驚かせちゃってごめんよ。

 あいつの大切な女性が同じ目に遭わされたかもしれなくてちょっと苛立ってるんだ」


 侍従はサラサラと嘘を吐いていく。悲しげな表情と淀みない言葉におばさんは目の前にいる男たちそのものが今話している話の中の貴族だとは全く気づく事はなかった。


「まぁそうなの? なら今の言葉は悪かったわね……ごめんなさいね……?」


「いや、こっちこそごめんよ。

 ……でさ、彼女、リルナさんは今両親と居るんだね? 安全そうかな?」


「お父さんも急いで仕事を片付けて後を追ったみたいだから、一人じゃないと思うけど……私も直接知ってる訳じゃないからねぇ……

 でもリルナちゃん自身は凄く怯えててずっとお母さんの手を握って離さなかったみたいだよ? 年頃の娘がそうなるんだ……一体どんな目に遭わされていたのかねぇ……」


「……っっ!」


 おばさんの言葉にコザックは唇を噛む。

 どんな目だと? リルナはこの3年間、平民が経験する事の無い貴族の生活をしていたんだ。それも『愛する男』と。

 何も知らない者からの否定的な発言にコザックは手が震える程に腹が立った。

 そりゃあ事情が事情な為に軟禁状態ではあったが、メイドが付いて生活に必要な事は全てやってもらえる、平民の生活では考えられない生活をリルナはこの3年間送っていたのだ。ずっと側に居る事は出来なかったが、週に一度は会いに行って愛し合った。寂しがらせた事はあっても怖がらせる様な事などしていない! リルナは自分をずっとずっと待っていた。抱きしめたあの温もりがその証拠だ。だからそんなリルナが逃げ出すなんてありえない!


 しかしそんなコザックの思いを否定するかのように、話を聞いた他の人たちの口からも「リルナは自分の意思で帰って来た」という話しか出て来なかった。





  ◇ ◇ ◇





「…………リルナ」


 空き家になっていたリルナの実家の小さなリビングでコザックは呆然と立ち尽くしていた。

 家の鍵は開いていて、家の中は慌てて引っ越したと分かる程に大型の家具を全て残して小物だけが無くなっている状態だった。


「……まさか……イリーナに脅されたのか…… 愛する俺から離れる様に……イリーナに……

 そうだ……そうでなければリルナが、愛し合っている俺から離れる筈が」


「少し宜しいでしょうか?」


 最愛が居なくなった現実を受け止めきれなくて、よろめいて残っていたテーブルに手を付き項垂れていたコザックに侍従が空気を読まずに声をかけた。


「……なんだ……」


 イリーナへの恨みを押し殺して返事をしたコザックが侍従を見る。そんなコザックの目に映る侍従の顔はとても主人の現状を理解しているとは思えない、不思議そうな表情をしていた。


「コザック様はリルナさんと愛し合っていると言われ続けて居られますが、ちゃんとリルナさんと話し合われていたのですか?」


「は……? そんなの……」


「まさか体を重ねていれば“愛し合っている”などとは言われませんよね?」


「……っ!」


 答えようとした言葉をそのまま返されてコザックは息を呑んだ。

 愛しているから抱くのだから愛しているから抱かれているんだろう。それを侍従は間違っているかの様に口にする。コザックは眉根を寄せて不満を顔に表した。


「……愛し愛される崇高(すうこう)な行為だ。愛を確かめ合うのにそれ以上の行為はないだろう。言葉など……心が繋がっていれば少ない会話でも伝わるものだ」


 コザックは最後には鼻で笑って侍従を見た。

 侍従も結婚している。自分と妻の関係とコザックとリルナの関係を同じ様に考えてるのかもしれないが、コザックとリルナは親から決められた関係や職場で知り合った様な狭い世界で選ぶしかなかった様な相手では無く、広い世界で偶然出会い惹かれ合い手を取り合い愛し合った“運命の関係”だ。手頃なところで満足している奴に自分たちの関係を同じ様に扱われるのは(しゃく)に障った。だが、手軽なところで妥協した結果、言葉で確認し合わなければ理解し合えないような『愛』しかないのだと思うとコザックには哀れに思えた。


「俺とリルナはこの3年間会う度に愛し合ったんだ。リルナは俺に抱かれるのが嬉しくて毎回泣いていたよ。お前の妻も旦那に抱かれる幸せに“嬉し涙”を流しているか? あの涙が宝石になれば、お前にどれだけ俺が愛されているか見せてやれたのになぁ……」


 リルナの愛に酔いしれるコザックが侍従を馬鹿にしたように笑うが当の侍従はそんなコザックを横に、不意に玄関口に立っていた護衛に話を振った。


「君も結婚していたよな? 君の妻も君に抱かれている時に泣くのか?」


「え? 俺ですか? ……さ、最初の頃は……俺も下手だったので何度か泣かせてしまいましたが……彼女の話を聞きながら試行錯誤したので、……今は泣かせてません」


「だよな……

 私も閨事(ねやごと)で妻を泣かせる事はありません……

 コザック様、リルナさんは本当に嬉しくて泣いてたのですか?」


「っと、当然だ!?」


 侍従の言葉にカッとコザックの顔は赤くなった。


「しかし、メイドが言っていましたよ? リルナさんはコザック様が帰った後に一人で泣いていたと。腕に手の痣が残っていた時もあったと。

 コザック様の愛は愛する女性を痣が残る程に押さえつけなければいけない程、相手の女性に抵抗されるものなのですか?」 


「抵抗などされていない! リルナは……っ!?」


 コザックの頭に不意にリルナが我が侭を言い出した頃の記憶が思い浮かんだ。

 『もう無理』『ごめんなさい』『私が馬鹿だったの』などと言ってリルナは泣いていた。

 そんなリルナをコザックは外に出れない不満と親に会えない寂しさで弱っているだけだと考え、コザックを拒絶する態度を取るリルナを何とか宥めようと手に力を入れてリルナを抱き締めた。駄々をこねるリルナを大人しくさせる為に少々押さえつける様な形にはなったが、そんな、痕が残る程に押さえつけたつもりは無い。もし痕が残ってしまったのなら、それは()()()()()()()()()()()()()が悪い。コザックは決して暴力なんかは振るっていない。決して。


「い、一時期リルナが不安定になった事はあったが、男女関係にはよくある話だろ…… ちょっとしたすれ違いなんてよくある話だ。その時ちょっとリルナを慰める為に力が入ってしまったかもしれないが……、俺が意図してリルナを押さえつけた事なんて無いし、リルナが泣いていた原因が俺だとリルナが言った訳ではないだろう! 俺が帰ってしまって寂しがっていただけかもしれないじゃないかっ!」


「……事実はリルナさんしか分からないのでここで話し合う事では無いですね……

 ですが、彼女の腕に痣があった事だけは覚えていてあげて下さい」


「俺が次に会った時にはそんなものなかった。

 直ぐに消える痣など大した事じゃないじゃないか」


 自分の最愛の女性を自分が傷付けたかもしれないという話をしているのにそんな風に切り捨てるコザックに侍従も護衛も眉間に皺を寄せた。


「コザック様……」


 我慢出来ずに護衛がコザックを呼ぶ。コザックは自分こそが不愉快にさせられたのだと全面に顔に出して護衛を見る。


「……なんだ」


「……男と女ではどうあがいても力の差があります……

 男が軽く握った手でも女性には振り払えない事があるのです……

 強い女性も当然居ますが、殆どの女性が力で男に抗う事が出来ません……

 どうかその事を覚えておいて下さい……」


「はぁ? それは今しなきゃいけない話か?

 そんな事、お前に言われなくても分かっているさ!」


「「…………」」


「そんな事より今はリルナの事だ!

 直ぐに邸に戻る! 父上に話をしてリルナを探し出さなければ!」


 そう言って歩き出したコザックの後を侍従と護衛が追う。

 だが二人共口を開く気にならずに諦めた様に溜め息を吐いた。


 きっと誰が何を言ってもコザックの耳には届かないのだろう。リルナ本人から直接言われればもしかしたら理解するかもしれないが、その機会がコザックに与えられる事はない。


 コザックの背中を見ながら、この背を見るのももう終わるのだな、と侍従は思った。





  ◇ ◇ ◇





 邸に帰ったコザックは自分が父の元へ行こうとしていたより先に父から呼び出された。


 父の執務室には何故か弟のフィザックと母も居た。その事に怪訝な表情を浮かべながらもリルナの事を父に話そうとしたコザックだったが、父から先に「座れ」と言われたので仕方なく弟と母が座っているソファの向かいの席へと座った。


 ソファに座った家族に執務机に座ったままの父、ナシュド侯爵当主が改めて全員の顔を見渡し、そして口を開いた。


「皆、既に理解していると思うが改めて告げる。

 

 ナシュド侯爵家の爵位はフィザックに譲る」


「承りました」

「何故ですか!?」


 立ち上がり(うやうや)しく頭を下げた弟に対してコザックは真っ青になって慌てて立ち上がった。立ち上がる時にローテーブルに強く手を付いたのでバンっと大きな音が鳴った。

 その音と態度に母と父は眉間に眉を寄せてコザックに目を向ける。

 そんな両親の反応にコザックは一瞬怯んだ。


「何故とは何だ? 全て事前に知らせていた通りであろう」


「何も聞いておりません!! 何故兄を差し置いて弟が当主となるのですか! 私は認められません!」


 拳を握って怒りを顕にするコザックを、この部屋に居た全員が冷めた目で見ていた。それすらもコザックには意味が分からなくて焦る。


「り、リルナが居なくなった所為ですか?! それには何か理由があるのです! きっと誰かが手を回して彼女を連れ去ったのです! 直ぐに見つけて連れ帰りますから私にもう少しだけ時間を下さい! そうすればっ!」


「お前の愛人を連れ帰ったところで何も変わらん」


「なっ! 何故ですか!? 彼女はっ」


「私は伝えたはずだ。

 “3年で平民女を侯爵家の人間として恥ずかしくない様にしろ”、と」


「ですから彼女は3年間侯爵夫人となる為に頑張って」


「下位貴族の基礎を覚えただけで侯爵家の夫人に成れるとは知らなかったなぁ」


「まぁあなた。わたくしの代わりを任せる方が下位貴族の知識しかないなんて困りますわ。お茶会ではお喋りも出来ないではないですか」


 父の言葉に母が乗る。交わされる会話がリルナへの嫌味だと分かったが、何故そんな話になっているのかコザックには意味が分からなかった。


「な、何を言っているのですか!? リルナにはちゃんとした教育係を付けました! 最後に会った時の彼女の立ち振る舞いは完璧だった!!」


 何も知らないのに彼女を馬鹿にされるのは心外だった。実の両親ながらこんなに心無い人達だっただろうかとコザックは内心舌打ちした。

 しかし……


()()()()()()()()()か……

 お前はその者を自分の目で確認したのか?」


「え? ……いえ……、私自身は会ってはいませんが……でもちゃんとロンに頼んだので間違いありません!」


 チラッと部屋の壁際に待機する自分の侍従……ロンに視線を向ける。そんなコザックからの視線をしっかりと受け止めた侍従のロンは黙ってただコザックを見ていた。


「侍従に指示した()()()、自分の目では何も確認していない、という事だな」


「っ!! ……ロンに頼めば間違いありません! 今までそれで問題があった事などありませんでした!」


 気まずそうながらもそう言ったコザックの言葉にナシュド侯爵は下を向いて大きな溜め息を吐いた。

 その反応にコザックの肩はビクリと跳ねる。横を見れば母と弟は自分の事を残念なものを見る様な目で見てくる。


「なっ、何だ!? 何も間違ってないだろうっ!?」


 皆の反応にコザックは焦った。そんな目で見られる意味が分からない。

 侍従のロンは先代からナシュド侯爵家に仕えている。彼がナシュド家を裏切る事は絶対に無い。そんな彼を信じて何が悪いというのか。


「ロンは私に忠誠を誓っております! そのロンが私を裏切る筈がないではありませんか!!」


 その発言に反応したのはロン自身だった。


「発言をさせて頂いてよろしいでしょうか?」


「かっ」

「構わん」


 コザックが答える前にナシュド侯爵が答える。それに不満を覚えたコザックだったが、一歩前に出て口を開いたロンの言葉にただただあ然としてしまった。


「私が忠誠を誓ったのは今も昔も変わらず()()()()()()()です。コザック様一人に忠誠を誓った事は一度もありません」


「は???」


 はっきりと告げられたロンの言葉にコザックは頭の処理が追いつかない。そんなコザックを待つ事なく話は進む。


「あぁ、ちゃんと理解しているとも。お前ほど優秀な者も居ない。だからコザックに付けておったのに……。

 今までご苦労であった。これからは次期当主となるフィザックに付いてくれ」


(うけたまわ)りました」


「宜しくね、ロン」


「フィザック様のお役に立てるようこれからも精進して参ります」


 自分を構う事なく交わされるやり取りにコザックは自分が馬鹿にされていると思い頭に血が登る。

 もう既に当然の如く弟のフィザックがナシュド家を継ぐ流れになっている。

 コザックを無視して行われるそれをコザックが素直に受け入れられる訳がなかった。





  ◇ ◇ ◇





「ふっ!! ふざけるなっ!!

 ロン、貴様! 俺を騙していたのかっ!!」


 拳を振って怒るコザックにロンは悲しげな目を向ける。長年仕えてきた相手の、その()()()()()()姿()とはかけ離れた態度にロンの“侍従として主を支えようと思う気持ち”が湧く事はなかった。


「騙してなどいない。

 お前が勝手に思い上がっただけだ」


「……っ!!」


 ロンに代わって返事をしたのはナシュド侯爵だった。怒りを含んだ父の声にコザックは口を(つぐ)む。

 だがそんな事を言われたところで納得など出来る訳がなかった。


「しかし俺はロンに……」


「指示を出し、人を使うのは上に立つ者として当然だ。

 だがその指示を出した後に一度も自分の目で確認しない者など居ない。指示通り行われているかどうかを確認しなければ、そこで不正が行われていても気付けないだろうが。

 コザック。お前は一度でも確認したのか? 侍従に指示を出せばお前の仕事は終わりか?」


「そ、それは……」


「お前が自分で管理している気になっていた家にメイドに教育係がナシュド家の者だと3年もの間気付きもしなかった者に、侯爵家の当主を任せたらどうなると思う?」


「なっ?! はっ……? え……??」


 何か反論しなければと思っていたコザックの耳に更に追い打ちをかける様に事実が知らされる。コザックからすれば教育係はロンから『他家の夫人』だと聞かされていたので完全に騙されていた事になる。信じていた侍従に嘘を吐かれていたのだとこの時初めて知ったコザックはあまりのショックに頭が真っ白になった。

 だが侍従のロンの主は最初からナシュド侯爵当主である。ナシュド侯爵からコザックをはぐらかしておけと言われた指示に従っただけの事なので、それを“嘘”だと言われても困るのだ。


「婚約者がいる身でありながら他の女性と親密になり、侯爵家の嫡男でありながら平民の女性に手を出し、婚約者を騙しながら婚姻し愛人を匿い、指示を侍従に丸投げして自分の目では一度も確認せずにただ享楽(きょうらく)に酔いしれる。

 ()()()()が話をしてくれと止めてくれと懇願しても聞き入れず、『抵抗されていないから拒まれていない』と力の弱い女性を押さえつけて事に及び、流れた涙を『喜びの涙』だと訳のわからん事を言って愛情にすり替える。


 なんでお前はそんな風に育ってしまったんだ……」


 心底……、心底悲しそうにナシュド侯爵は息子であるコザックを見る。憐れみと失望を含んだ瞳で見つめられてコザックは全身の血の気が引くのが分かった。

 まだ叱られた方がマシだった。

 可哀相なものを見る目で見られた事など人生で一度もなかったコザックの自尊心が締め付けられる様に軋む。

 自分が雇っていたと思っていたメイドや教育係が父によって管理され、彼女たちから父へと自分の行動が全て知らされていた事実にも恐怖が湧き上がる。

 自分の事を“独り立ちした大人の男”だと思っていたのに何一つ自分では管理出来ていなかった。コザックは突然自分が邸の子供部屋に居る幼子になった様な気持ち悪さを感じて息苦しさを感じた。


「わたくしが甘やかしてしまったのね……」


 母のすすり泣く声が聞こえる。


「……僕がもっと兄上に刺激を与える存在であれれば、兄上ももっとちゃんと侯爵家次期当主としての誇りを持てたのかもしれませんね……」


 母に寄り添った弟がそんな事を言う。


「長男だからと……お前はしっかりしているからと……お前の自主性に任せ過ぎてしまった私もいけなかったのだな……

 もっとお前に目を掛けてやるべきだった……」


 怒りのない、謝罪の様な父の言葉に、コザックは言葉もなくただ父を見返す事しか出来なかった。

 はくはくと、息が吸えないかのように口が動く。冷たくなった手が震える。自然と足が一歩下がった……


 家族全員がコザックを憐れみ、コザックを責めるでもなく自分たちの方が悪かったのだと口にする。


「お、……おれ、……私、は…………っ」


 家族から、叱る存在ですら無いのだと同情される。次期侯爵当主だとプライドを持って生きてきたコザックにとってこんなに屈辱的な事はなかった。

 母に甘やかされて育ったつもりはない。弟の存在を無視して長男だからと調子に乗ったつもりはない。父に構ってもらえずに拗ねた事もないっ!!

 愛している家族からコザック自身を否定する様な事を言われてコザックの心はグチャグチャになった。


 ──違う違う違うっっ!!!


 そう心の中では否定しても口から言葉は1つも出て来なかった。


「私は……」


 頭を左右に振りどうにか反論しようと口を震わせるコザックにナシュド侯爵は酷く優しい目をして小さく微笑んだ。


「安心しろ。私たちはお前を見捨てたりはしない」


「えぇそうよ。当主となれなくても、人の親にはなれなくても、貴方はずっとわたくしたちの子供なんだから……」


 優しい声で語りかけながら近付いてきた母がコザックを抱き締める。その母の温もりと共に与えられた言葉にコザックは引っかかるものを感じて自然と口から溢れる様に繰り返していた。


「……親に……なれない……?」


 何の事だと思うコザックに父であるナシュド侯爵が説明する。


「あぁ、まだ言っていなかったな。

 お前が高熱で倒れた所為で体に後遺症が残ってしまったらしい。その所為でお前から生殖能力が失われたと医者から説明があったのだよ。所謂“不能”というやつだ。

 だがまぁ……、お前は()()()()()()が好きなのだから、子が出来ないと分かっていれば後腐れなく娼館などに行けて良いのではないか? また平民の女と付き合ったとしても次からは別れる必要もなく側にいれるぞ。流石に結婚するとなるとお前はナシュド家を出る事になるが、まぁ問題はないだろう。次は何にも縛られずに愛に生きると良い」


 微笑を浮かべて語る父の言葉にコザックはもう心がついていかなかった。さも何でもない事の様にコザックの体の変化を語る父に、あの高熱が自然のものでは無いのだと混乱しているコザックでも気付いた。

 病気ならこんな冷静に笑いながら話したりしないだろう……。 

 そういえば高熱を出す前にワインを飲んだな……とコザックはボンヤリと考える……

 甘い甘いワインの味を……コザックは思い出せないでいた…………



 

 実の父から薬を盛られた事実に心が砕けたコザックはその後何も反論する気にならずに父からの指示に従った。

 愛するリルナを追いかける気力も無い。

 ……追いかけようと思う気持ちも、コザックには湧かなかった。

 どうせリルナが居ても当主にはなれないのだ。常に側にいた侍従もいなくなり、専属のメイドたちもいつの間にか居なくなっていた。


 弟が当主を継ぎ、子が生まれれば祖父母となるアイザックとその妻エルザは別の家に移る事になっている。その時コザックも付いていく。父の補佐をしながらナシュド家の仕事を陰ながら支えていく事になるのだ。

 もうコザックは貴族の世界に戻る事は無い。コザック自身にも戻りたいと思う気持ちは湧かなかった。

 浮気に不倫の末に離婚して愛人に逃げられ、男としても不能となった元侯爵家嫡男が社交界に出れば格好の笑いの種となる。馬鹿にされるのが分かっていて戻りたいなどと思う訳がない……


 夜会に出ていた弟から元妻のイリーナが再婚して幸せに笑っていると教えられても惨めになるだけだった。


 こんな気持ちをこれから一生味わいながら生きていくしかないのかと、コザックは絶望した。


 リルナにさえ会わなければ今頃は……


 一人寂しい部屋で自分に残された唯一の『仕事』という心の拠り所に向かいながらコザックはいつかどこかでイリーナとリルナに謝罪が出来たらなぁとそんな事を漠然と思いながら生きていた。


 当主となり、愛する女を側に置き、息子を育てて次に託す。


 コザックが『それが自分の人生だ』と思っていた子供の頃から描いていた理想の未来が、コザックの元に訪れる事は絶対に無い。











[了]

※コザックは次に問題を起こしたら『大病の末に儚くなる』事が決まっています。コザック自身もそれを気配で気付いています(なので大人しい)

※リルナは3年。コザックは一生。

 プライドで生きてきた男がこれからは『不能無能』として生きていくしかなくなりました。コザックはこれから「可哀想な長男」「可哀想な男」として扱われます。

……ちょっと罰が甘かったですかね?(;^∀^)物足りない方には申し訳ありません(;>∀<)

(↑※これ書いた時はこれで終わりの筈でしたが、何故か十年後のコザックの物語が最後に出てきます(ハピエン))


※次から【イリーナ編】となります。

こちらを【コザック編】とするならイリーナ編は『白い結婚の3年間のその前後の話』となります。ここで出てない人が出てきます。[ざまぁ]は無いです。

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