交差点~四つ辻~
市の区画整理とかで、近所の交差点がなくなってしまうらしい。
工事が始まる前に挨拶しておこうと、僕は朝早く家を出た。
普段から車がほとんど通らない。小学生のときは、通学路だったから毎日の行き帰りで通った道だ。
「おや、早いね」
聞き覚えのある声に、僕は振り返った。予想通りの顔を見つけ、微笑む。
「久しぶり。変わらないね」
「そりゃそうだろ。お前は大きくなった」
彼は笑って、僕の頭をぽんぽんと叩いた。
昔は、彼がとても大きく見えた。でも今は、僕のほうが頭一つ分背が高い。
「工事の話を聞いてきたのかい?」
並んで座って、彼が切り出した。
「うん。どうするのかと思って」
「気に掛けてくれてありがとうよ。もうここらへんは、お前の世間じゃないだろうに」
高校生になったら電車通学になって、駅とは反対方向のこっちの方に足を向けることはほとんどなくなった。彼のことを忘れたわけじゃなかったけど、会いに来ようと思うこともなかった。
今更、だよな。
「ごめんな」
僕は、体育座りの膝に顔を埋めた。
「ずっと会いに来なかったのに、今更でごめんな」
友達だと言ってくれたのに。一目見て、変わってしまった僕を僕だと見分けてくれるくらい、忘れずにいてくれたのに。
「何言ってるんだよ。人が忙しなく生きているのはしかたのないことさ。これでも長く生きてるんだ、わかってるよ」
優しい彼の言葉も、とても胸に痛い。
「もう会えなくなるのか?」
「そうさなぁ。祀られるような存在だったら、住処ごとどこかへ運んでもらえたんだろうけど。まあ、どこかよさそうなところを見つけるさ」
世の中を動かすのは人間だから、しかたのないこと――彼は笑った。
悲しんでいる様子も、恨んでいるような気配もなく。
「会いに来てくれて嬉しかったよ。ありがとうな」
彼は、また僕の頭を撫でた。そしてゆっくり立ち上がる。
「元気でやれよ。それじゃあ」
待って、と言う暇もなかった。
彼の姿は、ぼけたような朝の光に消えていく。そして夢のように消えてなくなった。
僕は呆然と、静かな交差点を眺めて立ち尽くす。
交差点。昔は、四辻とも言われていた。
鬼が出る場所。鬼と出会える場所。
慣れない通学路で迷子になっていた僕を助けてくれた、優しい鬼。それからずっと、友達だと言ってくれた。
鼻の奥が痛かった。大きくすすり上げて、僕はとぼとぼと家へと向かう。
向こうから来た人とすれ違った。
また、人の世界が動き出すのだ。