5.『全面戦争、勃発』
なんというか、最近の咲の『お願い』は生ぬるい気がする。
キレがないというか、妙に慎ましいというか、もう少し無茶振りしてくれても優しく受け止める準備は出来ているのに。
「俺ってそんなに頼りないかなぁ」
昔は、「空を自由に飛びたい」とか「アトランティスを見つけたい」とか頭のネジが外れてるとしか思えないお願いをいっぱいしてくれたのに、最近はというと「お腹いっぱいケーキが食べたい」とか「荷物が重すぎるから持ってほしい」とか、正直頼りにされてる感がない。
挙句の果てにはついに「赤点を回避したい」ときたもんだ。それ、俺じゃなくて先生にお願いした方がいいんじゃないの……? とか思ったら負け。
「はぁ。もっと骨のあるお願いしてこないかなぁ」
「――樹! 龍樹! た、つ、きぃぃぃ!!」
おっ。
何やらものすごい勢いで爆走してきたのは、誰あろう、咲だ。
これは……久しぶりに、期待していいのか?
――骨のある案件、持ってきてくれたんでしょうね。
「――」
「――」
両者睨み合いが続く中、沈黙を破ったのは咲だ。
その薄くてかわいらしいお口から飛び出してきた言葉は――
「――私のための、超エモいラブソングが欲しいの!」
よしきた、任せろ。
■
時は遡ること、30分前。
昼休みに、私と夢香ちゃんと夢香ちゃんのギャル友達数人で駄弁っていた時。
ギャル友達の智子が突然こんなことを言い始めた。
「ウチのカレピがさぁ。あ、大学生なんだけど。ウチのためにチョーエモいラブソング作ってくれたんだよね。マジ幸せ絶頂有頂天ボンバーっつーかさぁ」
「へ、へぇ。ロマンチックだね。幸せ絶頂有頂天ボンバーはよくわかんないけど……」
「あ、わかるぅ? こんなことしてくれるの世界中でウチのカレピだけじゃん? 曲もチョー泣けるし、流行りの曲なんて目じゃないっつーカンジ?」
なるほど。智子は普段から私に寄ってくるようなタイプでもないし、惚気話を無差別的に喋りまくりたかったんだな。
まぁ、幸せなら何よりだし、智子にとっては本当に流行りの曲よりもよく聞こえたんだろう。何も言うまい。
「リョーくんの曲聴いた後じゃRYUKIの薄ら寒い歌詞なんて安っぽくて聴けたもんじゃなくネ?」
おい、なんつったコイツ。
実力派の若手シンガーソングライターで、今最も熱いミュージシャンと話題沸騰中のRYUKIが薄ら寒い?
女子高生の8割がRYUKIのファンと言われているこの時代に、よくそんな軽率な発言ができたもんですね。
「さすがにRYUKIの類まれなる才能に太刀打ちしようなんて無謀で世間知らずなんじゃないかなー。智子の彼氏のリョーくんだっけ? CD何枚売れてるのかな? ちなみにRYUKIはデビューから僅か3年で3000万枚だけど、リョーくんはそれに匹敵するほどの音楽家なのかな?」
「咲さぁ、ちょっと必死じゃん? ウケる(笑) ホンモノの芸術の前には売上なんて数字はカンケーないんだよ? 咲には自分のために曲書いてくれるような人がいないからってそうやって妬まないでくれん?」
「はあぁー!? いるし! いますけど!? RYUKIなんて目じゃないレベルのめっちゃくちゃいい曲を私のためだけに書いてくれる男子いますけど!?」
「はいはい(笑) 強がらなくていいから(笑)」
「はーい、もうキレましたー。私キレましたよー。今すぐにでもリョーくんをコテンパンにKOさせるレベルの曲書いてもらってきまーす。覚悟しておいてよね!」
■
「というわけなの! 龍樹、曲書ける!?」
お、おう。