2.『ゴリラもパエリア好きかもしれないだろ!』
「うーん……うぅぅん」
「どうしたの、そんなに気張って。便秘?」
「一応言っとくけど、それ私じゃなかったら普通にセクハラで問題発言だからね?」
教室の隅、窓際の席。
藤原咲は、すでに放課後だと言うのに自分の席から離れようともせずに唸っていた。
「よし、決めた! 龍樹、ちょっと付き合ってよ」
「いいけど、今度は世界一周でもするの?」
「しないよ! ちょっと買い物に行くだけだよ!」
「なんだぁ。世界を一周したくなったら言ってよ?」
「そんな地元民に観光スポットを案内してもらうくらいのノリで世界を一周するつもりにはならないよ……」
咲が何を悩んでたのかはわからないが、買い物に行くことでその悩みが解消されるなら安いもんだろう。
コスメでもスイーツでもバッグでも株でも土地でもなんでも買ってあげよう。
「あ、でも放課後じゃもう証券取引所やってないか……」
「何言ってんの?」
■
「買っちまった……やっちまった……買っちまったよ……」
「咲、自責と後悔の中申し訳ないんだけど、言葉遣いが荒れると口調が俺と被っちゃってパッと見誰が喋ってるか分かりづらいからやめて」
「何言ってんの?」
さて、今回はどんなお願いをされるか密かに楽しみにしてたのだけれど、咲に連れてこられたのはゲームショップだった。
なんでも今日は新しいゲーム機の発売日だそうで、咲は小一時間売り場でブツブツ呟きながら悩んでいた。
俺の『咲の言葉を絶対に聴き逃さないセンサー』を搭載した耳によると、どうも勉学との兼ね合いを気にしているらしい。まぁ明後日テストだし。
そんなわけでひたすらに悩んだものの、結局誘惑には勝てなかったようで、突然「もう知らん!」と叫んだかと思えば次の瞬間には既にレジに並んでいた。
今回俺はなんのために連れてこられたのかさっぱりわからない。
「まぁ咲はゲーマーだから、テスト前のこの時期にゲームを買っちゃうと勉強はしなくなるだろうね」
「そうなんだよね……少なくとも、これで次のテストは赤点まっしぐらですよ。あぁ、また多方面から怒られる」
「咲は格闘ゲームが得意なんだよね。プロゲーマーとガチで10本先取やって勝ったんでしょ? スゴすぎるね、もはやプロになればいいのに」
「私、龍樹に勝ったことないんだけど……」
■
翌日。
咲が泣きついてきた。
「龍樹ぃぃぃ〜! たすけてぇぇええ」
「どうしたの」
「ママがね、大事なテスト前にゲーム機買ってくるなんてふざけるのも大概にしろって……」
「おっしゃる通りじゃないですか」
せめて買うのをあと2日我慢すればよかったのに。
そりゃテスト勉強も大詰めってところでゲームにうつつを抜かしてたらそうも言われる。
「でもさ、今度のテストで赤点取ったらゲーム機を破壊するって言うんだよ!? さすがにそれは酷くない!?」
「ま、まぁちょっと行き過ぎかも、ね?」
「だ、だからさぁ……ねぇ、龍樹ぃ」
このパターンは、アレだ。いつものやつだ。
の〇太が「ド〇えも〜ん!」と泣きつくのと同じ、お決まりの展開だ。
「赤点回避させてください!」
よしきた、任せろ。
■
「あ、あの。龍樹さん?」
「なんですか、咲さん」
「私に勉強を教えてくれるんですよね?」
「え? そんな遠回りでまどろっこしいことしないよ」
「テスト対策に勉強をするのは一番の近道だよね!?」
咲は少し勘違いをしているな。
そもそも、常日頃からゲームのことばかり考えて勉強は二の次。そんな咲が、テスト前日に猛勉強したからと言って確実に赤点を回避できるかはわからない。
俺は咲に「赤点を回避したい」とお願いされたんだから、それを必ず実現する義務がある。
不確実な手段はとれるわけがない。
「ということだから、今日は安心して寝ていいよ」
「全然わかんないけど、今日中に校舎吹っ飛ばしてテストどころか学校ごとなくなっちゃいました! とかやめてね?」
「やるわけないだろ」
「いや、龍樹ならやりかねないと思って……」
俺をなんだと思っているんだ。
そんなの完全に危険人物じゃないか。
まぁ確かにちょっと張り切りすぎちゃう時もあるけど、俺は校舎を吹き飛ばしたことはまだないぞ。
「まだっていうのが気になるけど、そこまで言うなら龍樹を信じて今日は何もせず寝ることにするよ……あぁ罪悪感がすごい」
■
また翌日。
テスト当日である。
「龍樹はああ言ってたけど、冷静に考えたらテスト前日に何もせずグースカ寝てたのって普通にヤバいよね……」
周りからは、昨日寝ずに勉強したとか、今回の範囲は鬼畜だとか、不安を煽るような会話が聞こえてくる。
失敗した。せめてどんな手段で解決してくれるのかを聞いておくべきだった。
もうすぐテストが始まってしまうのに、龍樹はこちらを眺めてニコニコするだけ。私にどうしろと言うんだ。
と、教室の前のドアが開き、先生が入ってくる。
ざわざわと会話が入り乱れる教室は途端に静かになり、全員が先生に注目する。
この先生、テストの時は特に厳しいんだよなぁ。
ちょっと居眠りしただけで後で職員室に呼ばれるし、この前テストの裏に落書きをした時だって――あれ?
なんか、先生が小刻みにプルプル震えている気がする。
まるで何かに怯えているような、そしてその視線の先には龍樹がいて――
「今回のテストの範囲ですが、伝達ミスがありました。皆さんに伝えていた範囲とは全く違いますが、今日はこのままテストを始めます」
「な、なにそれ! 横暴だー! 職権乱用だー! 私は断固として反対する!」
あまりの無茶振りについ抗議の声をあげてしまったが、同じように納得できないクラスメイトが声を上げる。
「そうですよ! さすがに当日に範囲変更なんて……」
「黙りなさい! テストを始めます。私語は慎むように」
なんだよ、それ。
この先生、生徒からは少し疎まれがちだったけど、これじゃ完全に嫌われたな。さすがに今回の件は酷す、ぎ……
「え?」
配られたテスト用紙を見て、思わず目が丸くなる。
だって、その問題用紙に書いてあったのは――
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問1.ゴリラの好物はなんでしょう。
A.パエリア B.バナナ
C.新聞紙 D.人を思いやる心
問2.図1の中で、ダンボールではないものを答えなさい
問3.「はし」と読めない漢字を答えなさい
A.橋 B.箸
C.端 D.龘䨻䲜靐䨺齉
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「な、なんじゃこりゃぁああああ!!」
ほぼ、いや間違いなく龍樹の仕業なんだけど、何がどうバグったらこうなるのかがわからん!
ほら見てよ、教室中がパニックだよ!
先生も世の中の不条理に訴えたくて堪らないような顔してますよ!
確かに赤点を回避したいとは言ったけど、これじゃなんの意味もないよ! ていうかやってることは校舎吹っ飛ばすのと同義だよ!
なんだ!? ゴリラの好物はなんでしょう。って!
知らねぇよ! パエリア好きかもしれないだろ!
「よかったね、赤点回避できて」
「うるせぇ!」