1.『身なりを整えてきてよ』
私、藤原咲は、この春で高校1年生になったばかりのピッチピチの女子高生だ。
それなりの偏差値の高校に、それなりの順位で合格した、まぁそれなりの女ってとこかな。
これだけ聞くと、特筆するところのない平凡な女子高生にしか思えないと思うけど、そんな私にも、唯一特筆するべきところがある。
それは、幼馴染のスペックが信じられないほど高いということだ。
望月龍樹とは、もう10年以上の付き合いになる。
そのスペックに気付いたのはいつだっただろうか。
思い返せば、小学校に上がる前の龍樹の口癖が「フェルマーの最終定理」だった時から疑問に思うべきだった。
龍樹は、ちょっとおかしいのだ。
「咲、おはよう。よく眠れた? 俺昨日ちょっと夜更かししちゃって眠いんだよね」
「あ、龍樹。おはよ、噂をすればなんとやらだね」
こう見ると、普通の男子高校生に見える。
だけど騙されちゃいけない。この男は、世界中の天才が羨む頭脳に、ひとりで国を築けるほどの資産に、全国のモデルさんが平伏する顔面偏差値を持っている。
なのに学校の成績は並だし、お昼ご飯は手作りのお弁当だし、普段はボサボサ頭に牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけた冴えない見た目だからきっと誰にも信じて貰えないけど。
なんでも、
「なんかさ、咲に関することだけ本気が出る」
ということらしい。
まぁ、私としても女子に人気が出ちゃったりしたら怖いし、ライバルのいないこの状況はありがたい限りなんだけど、龍樹のかっこよさを理解して貰えないのはちょっとだけ悔しい。
「……」
「咲、どうかした?」
「ねぇ龍樹。明日さ、身なり整えてきてよ」
「わかった」
悩んだ末、ライバル量産の恐れよりも、かっこいい龍樹を見たい欲求が勝った。
それにしても、いつもそうだ。龍樹は、私のお願いやわがままを二つ返事で了承してくれる。
嬉しいけど、どうしてそこまでしてくれるのか分からなくてちょっと不安だ。
■
「あぁ、咲はかわいいなぁ」
今日も一緒に下校することは断られてしまったので、ひとりでの帰り道。
龍樹は、明日のことで頭がいっぱいだった。
「今回のリクエストは、"身なりを整えて"か。どういうことか分からないけど、咲のお願いに応えるとめちゃくちゃかわいい笑顔を見せてくれるからなぁ。楽しみ」
といっても、正直俺にファッションなんかのセンスはない。こういう時は、専属の付き人である森に一任するのがいいだろう。
思い立ったが即行動ということで、すぐさま森に電話をかけると、いつも通り1コール以内に電話を取ってくれる。
「あ、森? 今回は"身なりを整えること"って要望なんだけど、上手くやってくれる? あぁ、うん。わかった、よろしくね」
■
「ねぇちょっと……あの人誰?」
「やだ、イケメン過ぎない?」
「え、うちの生徒?」
「あんな人がいたら目立つし違うんじゃない?」
「でも制服着てるし……」
ヒソヒソと、本人を前にしてツチノコでも見たかのような噂話が聞こえてくる。
本来はこういうヒソヒソ話の対象になるのは好まないんだけど、今回は誰あろう咲のお願いということで周りの反応などはなから眼中に無い。
向けられる全ての好奇心を無視して教室へと急ぐ。
教室のドアは既に開いていたので、後ろからそろーっと入ることを試みるも、やはりどうしたって目立ってしまうようだ。後ろから、「うちのクラス!?」なんて声が聞こえる。
あれは中学生の時だっただろうか、咲からの"世界一のイケメンになってよ"って要望に答えた時から薄々気付いてはいたが、どうやら俺の顔はある程度整っているらしい。
とはいえ、数多の女子のことは非常にどうでもいい。
俺が本当にたまらなく好きで、わがままを聞きたい相手は、既に自分の席に座っていた。
今朝も咲はかわいい。はやる気持ちを抑え、息を整えてから話しかける。
「おはよう、咲。身なり整えてきたけどどうかな? 清潔感をイメージしたらしいんだけど……」
「ふ、ふーん。そ、そうだね。えっと……かっ、か、かかっかっ」
「どうしたの魔王みたいな笑い方して」
「ちがわい!!」
今回は笑顔とは違かったけど、その慌てた顔も素敵なので万事オッケーだ。
明日はどんなわがままを聞かせてくれるんだろうか。
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