11.『神回避』
「――というわけで、各々節度を持って行動するように。では、起立!」
今日から夏休みが始まる。
夏休みといえば、普通の高校生からすれば最高の青春イベントなのだろうが、俺にはあまり関係がない。
いつも俺のために頑張ってくれてる森にたまには休暇を与えようと、思い切って丸々一ヶ月間もの長期休暇を与えてしまった。
カッコつけたはいいものの、正直不安が無いわけじゃない。
俺のマネジメントは全て森に一任しているし、森のいない生活なんて丸裸で戦場に赴くようなものだからだ。
「――でありまして、その若さにしていくつもの事業を手掛けるばかりではなく、そのうちの複数を上場させる類稀なる手腕をお持ちの望月さんには、どうか弊社のブランディングをコンサルティングして頂きたく……」
ふぁ〜あ。
コンサル業はやってないんだけどな。
俺に面会を求める人間は、やれコンサルしてくれだのやれRYUKIをイメージキャラクターにだの、これっぽっちも面白くない。
「やっと終わった……森! ――はいないんだった。あれ、いつも面会の後って何してたんだっけ」
時刻は午後3時。
普段は学校にいる時間だが、夏休みだとどうにも時間を持て余してしまう。
いや、実際のところはやることは山積みだろう。
ただし、そのほとんどを把握していない。
第一、俺がプライベートでやっていることのほとんどは趣味か暇つぶしで始めたものであり、会社経営なんかもそのひとつだ。
マイブームなんてのは移り変わるもので、早い話がもう経営に飽きていたのだ。
既に飽きたマイブームの関心が薄くなるのは仕方ないと言える。
正直、もう全部売っぱらってもいいんじゃないか? とすら考えているほどだ。
ということで、俺は今暇だ。そういうことにした。
「咲、なにやってるかなぁ」
■
「あぢ〜……」
暑すぎるでしょ。いくらなんでも。
まさかエアコンが壊れているなんて、思いもしなかった。
「溶ける……溶けてしまう」
このまま家にいてはドロドロになってしまい、無事に夏休みを明かすことができないかもしれない。
これは早急に体温を下げる必要がありそうだ。
「カラオケにでも、いくかぁ〜……」
比較的安価で、涼しくて、水分取れる上に、長時間楽しめる場所。
真っ先に思いついたのはゲームセンターだが、夏休みのゲーセンなんてのは絶好のデートスポットだ。
知らない男を侍らせた夢香あたりに、「あれぇー? 咲っちょ、夏休みだっていうのに一人寂しくゲーセン通いー? 惨めで可哀想だねぇー」とか言われた日には私は何をしでかすか分からない。却下だ。
そういう意味ではカラオケも名デートスポットではあるが、個室なので仮に知り合いに出くわしても「今友達と来てるんだよねー」とか適当なことを言っておけば誤魔化せる。採用。
「いく、かぁー」
というわけで、夏休み最初のイベントは悲しみのヒトカラに決定したのだった。
「というわけで、カラオケに来たわけだけど……」
わかっちゃいた事だけど、隣の部屋から微かに若い男女グループがはしゃぐ声が聞こえる。
反対側からは、仲の良さそうな女の子たちがイケメンアイドルグループの新曲をデュエットしている声。
「私って友達いなかったっけ……」
夢香と智子は、「夏休み遊ぼうよー」と誘ってくれはした。しかし、肝心のプランが決定する前に夏休みに突入したので、正直実行に移されるかは微妙なところだ。
私は部活にも入っていないし、中学の同級生もこの高校には少ないので、もしかしたら本格的にぼっちなのかもしれない。寂しすぎる。
「別にいいもん! RYUKIの曲歌おー!」
考えれば考えるほど落ち込みそうだったので、気分を強制的に盛り上げるために、大好きなアーティストの曲を片っ端から入れることにする。
RYUKIの楽曲で一番好きなのは『日々』だけど、今あんなにしっとりしたバラードを歌ったら涙が出てきそうなので、今回はアップテンポなポップを中心に入れていく。
『まどろみの中には〜ッ♪ 君がい〜るから〜♪』
『どんなに寒い夜も〜♪ 越えてみせるよ〜♪』
「――歌詞が暗いわッ!!」
なんでこんなアップテンポなナンバーでこんな後ろ向きな歌詞が付けられるの!? 「そのギャップがエモくて素敵なんだよね〜」じゃないよ! 沈むわ!
『鳴り止まない鼓動〜♪ 目の前にいるのは〜誰〜♪』
『運命の赤い糸で出逢えた私とあなた♪』
『これからどこ行こう〜♪ きっとどこでもいけ〜るよ〜♪』
『運命のふたりだから♪ そして目が覚めまた泣く♪』
「――だから暗いわッ!! 夢オチってなに!? RYUKIってどんな闇抱えてんの!?」
この曲は、初恋の相手に未練タラタラな女の子を主人公として、「夢の中ならその人に会える、だけど覚めた時に辛いから夢に出てこないで」という矛盾した想いと切ない乙女心を歌った悲痛な失恋ソングだ。
「え!? 龍樹ってこんな恋愛してたの!? うわっ気になる! 創作だよね!?」
――大好きな龍樹と会えない寂しさを紛らわすために大好きなRYUKIの曲を歌ったら、より傷が深くなりました。
「龍樹のバカヤロー!!」
我ながら言いがかりだよな、と思いながらも、寂しさには勝てない私でした。
■
一方その頃。
「――龍樹くんじゃない! あらあら、うちまでくるなんて久しぶりじゃない。咲ならどこかに遊びに出かけてしまったわよ?」
「そうですか。わかりました、出直してきます」
「またきてねー」
せっかくの夏休みアバンチュールチャンスをすんでのところで神回避してしまう、間の悪い咲だった。