10.『夏休みアバンチュール』
「はぁー、このままでいいのかなぁ」
早朝だというのに、ジメジメとした蒸し暑さに包まれながら私はつぶやく。
悩みがある時、気分が晴れない時、考え事をしたい時。
私はよく、こうやってまだ誰もいない休日の朝の道を歩くのだ。
思えば、私の片思い歴は長い。
もしかしたら片思いではないのではないか、という疑いもあるが、彼はなんとなく掴めない性格で、本心がいまいち見えてこない部分がある。
「大幅にレベルを落として私と同じ高校に入学して、友人関係そっちのけで私に構ってくれて、私の生放送もこっそり見にきてて……」
いや、好きだろ。私のこと。
これで好きじゃなかったら、それは勘違いした女を蹴落として笑う悪魔かなにかだ。
とはいえ、思春期の一歩は重い。
いっそこのまま現状が続けばそれでいいや、なんて思ってしまう。
だけど、この『現状』が続く保証なんてどこにもないんだ。
リアルな話をすると、彼は今すぐに高校を辞めても一生生きていけるくらいの資産を持っている。
もし、私というおもちゃに飽きてしまったら。
彼のような超スペック男子は、二度と私のような有象無象に振り向くことはないだろう。
「踏み出す時、なのかなぁ」
もうすぐ夏休み。
高校生活最初の夏休みというのは、誰もが羽目を外してアバンチュールなボーイミーツガールやエキセントリックなラブストーリーを手に入れるべく獅子奮迅となる。
言われるまでもなく、私はそんな誘惑に負けることはない。初志貫徹、彼しかいないのだ。
しかし、彼はどうだろう。
垢抜けた美少女がひょっこり目の前に現れたら、夏休みマジックでうっかり情熱的なアバンチュールを――、
「うわぁぁああ嫌だぁぁああ!!」
考えただけで立ち直れません。
善は急げ。夏休みに、勝負を仕掛けるしかない!
私、素直になって龍樹に気持ちを伝えたい!
■
「たっ、龍樹! おはよっ! 元気してる!?」
「当たり前だよね。何故ならその挨拶が本日三度目だから。俺の健康状態は分単位で危険があると思われてる?」
「いや、そんなんじゃないんだけどねっ?」
まずは、夏休みにお出かけに誘うところからだ。
夏休みに入る前に誘っておかないと、家が隣とはいえ龍樹とは意外とエンカウント率が低い。
偶然玄関の前などで会ったとしても、そもそも今誘えない程度ではその時にすぐ誘えるはずもない。
夏休み前に誘っておけば、最初のお出かけで「じゃあ次はこの日で!」と誘いやすくなる。これは必須ミッションだ。
なので、まずは挨拶から、自然に。
「たっ、龍樹! おはよっ! 元気してる!?」
「咲、なんかバグってない? 再起動しなくて大丈夫?」
「え!? 大企業!?」
「20点のボケだな……」
ていうか、お出かけってなに?
私は今、何に誘おうとしてるの?
お出かけって言ったって、ちょっとカラオケに行くのと、海やプールで遊ぶのは違うじゃん。
それが明確じゃないと、誘うに誘えないじゃん。
やっぱり、今日はやめとこうかなぁ。
「違う違う、今誘わなきゃ……情熱的なアバンチュールがボーイミーツガールでワンナイトは嫌だ……」
「何がなんだかわからない」
ていうか、私ちょっと露骨に意識しすぎかな?
自然に自然にって、そう考えるから自然に言葉が出ない。無駄に意識してしまっているから、普段当たり前にできていることができない。
いつも通り、何も考えずに――、
「な、夏休みさ、い、い、いっしょに、プ、プ、プルプル……プー!」
「なんだって!?」
「あばばばば」
私こんなだったっけ!?
なに!? 夏休み一緒にプルプルプーって!
そんな新種のテナガザルみたいな名前のイベント聞いたことないんだけど! 自信なくなってくるわ!
「そういえばもうすぐ夏休みだよね」
「プー! ――え、うん、そうだねっ」
――助かった! 龍樹から話を振ってくれた!
ここから話を膨らませていけば、自然に誘うことができる!
いや、もう一気に畳み掛けた方がいいかな?
先延ばしにするとまたタイミングを逃してしまうかもしれない。ならばここで決めるしか、ない!
「た、龍樹は夏休みの予定とか、あるの? ――もしなければ、一緒に」
「いやー、夏休みは森にも長期休暇をあげようと思ってさ。その分俺が商だ……家の事をやらなきゃいけないからずっと家に篭もりっぱなしで忙しくなりそうだよ。咲は俺の分までしっかり勉強して、しっかり遊びなよー。ん? どうかした?」
「――あほー!!!」
「え!? なんで!?」
夏休みと言えば情熱的なアバンチュールでボーイミーツガールなラブストーリーでしょうが!
それを私とせずに家に篭もりっぱなしなんて、乙女心をなんだと思ってるの!?
家に篭もりっぱなしなら他の子に抜け駆けされなさそうでよかったなんて思ってないんだから! バーカバーカ!
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