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薄々お気づきかと思うのですが、書きたい順で書いております……。時系列を戻したりしません。とりあえず不備が出ないように話を繋げていくつもりではあります。

いつもありがとうございます。

 その日は朝からてんやわんやでルーンが起きる前から城中が騒がしかった。

 何しろルーンが起きたのは魔法時計(目覚まし時計)の音ではなく廊下を走る女中や執事であったり、枝を伐採する庭師のかまいたちの音、楽しそうな商人の甲高い声であったりしたのだ。

 朝食より前に従事者が慌ててやっているのは準備不足ではなく賢狼様がいついらしても大丈夫なようにしているからだった。

 あの方が来るのはマチマチで、皇国を観光したあと夕刻になり来る時もあれば朝食時に来られる時もある。自由な方であるしこちらの意見を押し付けるつもりもないのでそれに合わせるのみだ。

 皇族は尊厳を大切にするから完璧に迎え入れる準備をするがあの方を知っている身、例えばルーンやグレイト卿はきっと草が生えきった庭を紹介したとしてもお怒りにならないことは知っていた。

 しかしそれを従事者に言ってしまうのはお門違いであることを知っているため何も言わないだけだ。

 ルーンは起きてすぐハンナに起きた旨の通知を指先で飛ばして、刺繍のあるカーテンを開いて朝日を身に浴びる。

 途端、扉を叩かれルーンは入室を許可した。



「おはようございます、ルーン殿下。今日は賢狼様がいらっしゃいます。先にモーニングティーをご用意しましょうか?」

「おはようハンナ。うーん、父も起きているだろうから朝餉に向かうとするよ」

「ただいま厨房に連絡を。──承りました。メアリー嬢をお呼び致しましょうか」

「早朝だからな。……起きていたなら頼むよ」

「かしこまりました」






 近づいてくる。その感覚は言い難い。何か、圧倒的な気配が近付いてくるという直感。

 私はそれを身に感じながら王の通る真っ赤なカーペット沿いにひれ伏せる。皇太子が最敬礼をするのは大賢者様と賢狼様と英傑の血を引く者だけだ。

 皇族もルーンに倣って次々と片足を付き右手を左胸に左手を後ろに回してこうべを下げる。

 本来ならば見ることも叶わないぐらいの高貴な方。直視することは憚られ、発言を許された人のみが直答することが出来る。


 重々しく扉が開いた。

 カツンカツンと硬質な靴底の音が響く。皇太子は他の皇族よりは賢狼様に近いため通り過ぎる際に御御足を拝見することが出来るが、後ろに控えている彼らはその足音のみで判断するしかない。

 その音が、止まる。



「──息災であったか、皇国の王」



 何千年も生きているので本来であれば脳内補足で嗄れた爺さんを想像しがちだが、この方は美丈夫である。攻略キャラクターだからね。

 皇国の男性は大体が髪が短い。何故かは知らないが恐らく亜人国には髪が長い獣人が多いため調和を取るためだろうと思われる。

 賢狼様は例に漏れず、御髪が長く、腰辺りまで伸ばした髪を後ろで一纏めにしている。

 その髪のツヤは乙ゲーの時も疑問に思ったほど丁寧な描写だったが、それはとてもつややかであでやかで一本一本がキラキラと煌めいている、深淵さえも覗けそうなほどの黒髪である。

 一瞬で目を奪われる者も多い。

 父は賢狼様と二言三言話して自ら玉座の間の扉を開いた。賢狼様が好みと言われた芝生にでもご案内するのだろう。そこで恐れ多くも父は……。と考えた所で賢狼様がルーンの元に止まる。



「着いてこい、ルーン」

「はっ!ただいま」

「お前の"宝"もだ」

「お心のままに」



 すぐさま立ち上がって妻(正式には婚約者)にも関わらず皇族よりも後ろに控えるメアリーに会いに行く。

 本当に素晴らしい女性だ。皇国の礼に対応して見せたメアリーを慈しむのは道理と言えた。少なくとも私は惚れ惚れとする。王国では王族は誰に対してであっても膝を折ることは無い。今までの経験を全て捨てて尊厳を塗り替え頭を下げられると言うのは称賛に値する。



「私の愛しいメアリー嬢。一緒に来て欲しい」

「……はい」



 立ち上がるのに手を添え、左手の薬指に口付けを贈る。彼女を中庭までエスコートして歩いた。





「賢狼様、賢狼様。我は貴方様にお会い出来たことをとても嬉しく思っております……!もし無礼でないのなら──」

「ああ、良い良い、許す。お前は本当に私の毛並みが好きだの」

「貴方様が好きなのです……!」

「そうかそうか。結構」



 ルーンは見たことがある図であろうが、私にとっては初なので若干引きながらメアリーを椅子に案内する。

 皇帝が草に仰け反って大型の狼を撫で回す様はなんといえば良いのか。そうだな、不釣り合い……かな。

 ため息を吐きながら見ているとメアリーはあろう事かそのまま芝生に座ろうとするので慌てて止めに入る。



「メアリー嬢……!せっかくのお召し物が汚れます。あの方たちはお気になさらずに椅子に座っていいんだ」

「……いえ、ルーン皇太子殿下。わたくしはここでよいのです」

「謙虚は美徳ですが……!」

「皇太子殿下。なら私の代わりに座っていただいても構いませんわ」

「あ、いや……。あー、いえご不快でないのならお供させて頂いても?」

「もちろんでございます」



 微笑みがまるで天使である。

 芝生もなんとなく活気づいているような気もする。大方大地の魔法使いであるメアリーの帰還に草花が喜んでいるのだろう。

 遠くにいる亜人国側の獣人とこちら側の皇帝付き側近が穏やかな様子で話しているのを見てまだ統治は揺るがなそうだなとまだ見ぬヒロインに戦慄してメアリーを見る。

 私、絶対、メアリー、守る。

 育ちのよいぷっくらとした唇に釘付けになっていると寝返りを打った賢狼様がこちらを見ていたので微笑んでおく。



「ふむ、封印は溶けたのだな?」

「えぇ、恐らくは。愚息ゆえ気付かず緩やかに邂逅したのかと」

「自分の子供を貶めるのではない。お前も父に大切に育てられただろう」

「配慮が足りませんでした。お許しください」

「して、そちらが【大地の魔法使い】であるか?」



 メアリーは話題に挙げられて困惑しつつも小さく頭を下げた。

 メアリーが大地の魔法使いであると言うのは父から伝えられたらしい。私が言った時には「本当のことなのでしょうか」と心細い様子で目を伏せたのは記憶に新しい。

 彼女自身全く覚えはなく、私の記憶もヒロインが旅行に来て初めて知るような展開だったからどうなるのかは分からない。

 ただ原案者の独白では"秘めていた"と書かれていたので確定であるとは思う。



「ふむ、嘘はないようだの」

「!」



 その言葉に勇気づけられたのは私だけでは無かったようで父も安堵の息をこぼしている。

 メアリーもなんとなく安心しているようだ。



「だが、気配が薄い」

「と、言いますと?」



 直答は許されていないにも関わらず食い気味に賢狼様に尋ねると不躾なルーンを怒るのではなく耳をピクピクとさせてブラシを堪能するように伸びをされた。



「まだ目覚めきってはいない。だが根源は懐かしい大地の魔法使い殿の気迫そのもの。ルーン、見違えたな。元より我が主大賢者様に似ているとは思うたが……見抜いてしまうとは、結構」

「有り難き幸せにございます」

「メアリーとやら」



 声をかけられピクリと身体を震わせたメアリーは恐る恐る賢狼様を見つめる。

 怯えていると分かった瞬間心の中の激情が弾け熱くなってメアリーの肩を抱き寄せ守るような姿勢に入る。無意識に賢狼様を凝視する。

 途端、狼になっているから分かりづらいが笑ったように見えた賢狼様は父の上から退き身を震わせると人型に戻った。

 服をどうして着ているのか。狼の時は何処になくなっているのか、尽きることの無い永遠の命題だ。



「安心せい、人のものを掠めとる程飢えてはいない。だがそうだの……、ルーンに飽きたらわたしの物になるかい?」



 あ、それヒロインに言うセリフ。

 二週目攻略できる選択肢をとった場合にのみ現れるイベントシーンである。

 長髪、美男子(外側は)、妖艶、獣人と女性が好きそうな要素をてんこ盛りにされた攻略キャラクター。

 だが今、メアリーはルーンの妻である。



「ご心配なく賢狼様。メアリー嬢を世界で一番愛しているのはこのルーンでございます。まつ毛の一本さえも渡す余裕はございません故、ご了承頂きたく存じます」

「はっはっは、言うようになったな」

「恐れ多くも」

「結構。我が主は慈しむ心を持つお方だったからの。それぐらい強欲でなくては」



 父は賢狼様の御髪を従者から差し出された櫛で整える。



「ああ、そういえば我が弟子、グレイトが居らぬでは無いか」

「グレイト卿は方方の挨拶回りをなさっておいでです。あの方も引っ込み思案なところがございますので」

「そうか」

「夕餉に晩酌をしたいと仰っておりました。御二方は旧知の仲のご様子。下々のものは下がらせますのでどうぞ話に花を咲かせて下さいませ」

「それではゆっくりするとするかの」

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