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【とあるメイドの奮闘記】



 私は代々ヘキサゴン皇国宮廷に仕える宮使いである。高貴な方なので私の家だけではなく他の貴族からもお仕えしているが私はその中で皇太子殿下とお歳が近いという理由でルーン殿下の側仕えになった。

 最初は殿下の身の安全も考慮し男性が良いのではないかと話し合いがあったそうだがルーン殿下自身活発な方ではなく、乳母で在られる皇后の妹君がご自分のお子様を従者として配置するから心配はいらないということもあって私が選ばれたらしい。

 恐れ多くも私自らに陛下はお声をかけてくださった。

『あれは少し特殊じゃ。苦労をかける』

 陛下は小さく頭を下げたので私はそれに慌てて床に額を擦り付けるように額づいた。

『お主を選んだのは、ルーンは何やら業を背負っているように見えたからじゃ。ルーンはまだ自覚はなかろう。しかしいつか気付く。その時になったら支えて欲しい』

 もちろん。私は宮廷のメイド。命ある限り英傑の血筋に仕える家系。


 ルーン殿下は幼い頃から絵を書いたり、草花を見て微笑まれたり読書をしたりとあまり外に出て遊ばれるような方ではなかった。

 私の母はまるで女の子だと殿下を見て言ったのだけれど私はそうは思わなかった。

 力強い目をなさる。殿下は気になるものを見るとよく凝視する。それは人だったり花だったり歴史書であったりするのだけれど殿下のその瞳は力強い男のそれだった。

 なんでも卒なくご自分でなされるから私は殆どスケジュールを組むか興味が無いらしいお洋服を選ぶか、それだけの仕事だった。

 いつも従者のマルコ様がいらっしゃるからお話を聞かないように部屋の外に待機しているし、紅茶を入れて差し上げる時も殿下はそれぐらいやると笑ってくださるから私は成長を見守ることしか出来ない。

 長いようで短い学校生活を順風満帆に終えた殿下はまだお若いものの皇帝に相応しい人望も知識もあって私は誇らしかった。このまま王になられるのだと、愛する方との子孫を残していただけるのだと信じてやまなかった。



 その女が来たのはルーン殿下が久しぶりに寝坊なされた日の一週間後のことだった。

「聞いてくれ、紹介したい。私の妻になる、メアリー嬢だ」

 殿下の目は曇っているのではないのか。その美しさに目を奪われ忘れてしまったのではないのか。

 中間国は我らを害そうとする英傑の子孫に有るまじき血族だ。

 彼らを嫌うものは多い。旅行に来ては金をばら撒くから表立って言う者はいない。皇帝陛下も出来れば仲良くしたいのだと意志を表明している。

 それでも争いの絶えない彼らの国の話は国境を超えても聞こえてくるものだから魔法国は日々彼らを同種とは思えなくなっていく。

 そんな中間国で育った"雑種"とも言える、女。



「メアリーはこの国について何も知らない。教えたいんだ」

「では教師をお招き致しましょう」

「グレイト卿はだめだ」



 ルーン殿下はじっとこちらを見る。凝視する。真意を汲み取られまいと意志を込めて視線を合わせる。

 殿下は首を振って私の提案を却下した。

 殿下も彼から歴史を教わったはずだ。教皇という位の長老様。賢狼様の次に生き長らえておられ、道を教えてくださる方だ。皇国には教皇以上の位がなく恐れ多くもその位に甘んじて居ておられるということで位ではなくお名前を拝借しお呼びする。



「ですがあの方以外にこの国を語れるものはおりません」

「無礼だ。まだ私は皇帝にすらなっていない。気さくな方だからこそこちらが配慮しなければならない。それに彼は男性だ……」

「……言いたいことを仰ってくださいまし」

「ハンナ、君にメアリーを任せたい」

「──」



 嫌だと言えたら良かったのに。

 この国で恋愛結婚なされる方の邪魔をすることは万死に値する。そう決まっているのだ。



「……謹んで、お受け致します」

「ありがとう。ハンナなら安心だ。君は女性だからとられる心配もしなくて済む」



 私はそれ以上何も言わなかった。

 教鞭を執ったことはない。しかし殿下のお側でグレイト卿のお話を聞いていたから覚えはある。宮廷メイドに出来ないことがあっては困る。







「以上が三カ国の成り立ちになります。ご質問は」



 メアリー嬢は予想に反して博識で要領のいい娘だった。一度教えたことは忘れない。何か不便があれば書き留めておき予習したり聞いてきたりすることもある。

 殿下に選ばれただけのことはある。しかしその出生は不服である。



「……はい。覚えました」

「では明日、この世界で一等尊い方のおられる亜人国……ペンタゴン共和国についてのお話をします。参考書はこちらに」



 図書室方面に手のひらを向ける。ドアを入って突き当たりを左。最奥の上から二段の、十四本目。

 脳裏で思い描いて指を引くと手のひらに間違いなく亜人国の歴史書を引き当てそれをテーブルに起きメアリー嬢に差し出す。



「大切な書物でございます。汚されたりなさいませんように」

「留意致します」

「……メアリー様はいつ殿下とお会いになったのですか」



 何度もルーン殿下に聞こうと思った。その度に殿下は彼女をべた褒めし愛を歌うものだからこちらの意図を気付かせないようにと口を閉ざしてしまう。

 メアリー嬢は今この国で一番注目されている女性だ。皆が皆彼女を危険視している。

 話によれば魔法を使えるのだとか。古の魅了<チャーム>の使い手なのかもしれないと都では騒がれていた。もちろん殿下には知らせない。何が起こるかなんて誰でも分かる。殿下には笑顔でいて頂きたいのだ。



「わたくしも、覚えがないのです……」

「言いたくなければ良いです」

「違います……!皇太子殿下に会ったのはわたくしがこの国に渡ってすぐ……。皇太子殿下がわたくしを中間国との和平のための足がかりとして選ばれた時にお会いしただけなのです」

「は……?あなた何を言ってるのですか」

「差し出がましいようですが、わたくしには皇妃になる技量などございません。側室として置いていただけるだけで充分な……」

「──口を慎め」



 私は憤りを隠せなかった。中間国との和平?足がかりのための妻?側室?どれもが、全てが全て皇国とその縁者、国民を馬鹿にしているとしか思えない。

 何を言っているのだこの女は。殿下は毎日毎日、この女のために今まで興味のなかった服装を格好よく見えるようにと鏡の前で四苦八苦なされ、今までは気にとめていなかった女性のように物腰柔かな言葉遣いを男性を思わせる口調に変え、この国の最高質の鉱石を自ら磨いて女性に送る装飾品を作り、妻を守るのは自分なのだと高い魔法力を持ちながら力仕事を率先してなされるようになった。いつもいつも殿下はひたむきにこの女を幸せにするためだけに。なのに、何故それすらも分からない女が、愛されているのか。



「お前に皇后になる資格などない。ないのだ!……殿下がお前を気にかけていなければ即刻突き返してやったものを、ありがたく思われよ」

「……」

「っ、あなたを見ていると無性に腹が立つ。今日はもうお帰りください。……メアリー嬢、あなたは選ばれた。それは覆せない事実です」



 ついでとばかりにもう一冊呼んでテーブルに置く。亜人国より厚い歴史書。それは魔法国のマナーやルールだ。事細かに書かれていて今はしない情報も書かれているから改訂版もあるが、それには皇帝になる条件が載っていない。国民は知っているから読まないがよそ者は読むべきだ。



「お恨み申しあげますメアリー様。私のとても大事なルーン殿下があなたを大事に思っているのにそれを分からず、その好意に胡座をかいたまま殿下を知ろうとしない!あなたに必要なのは教養ではなく道徳だわ!」

「申し訳ありません」

「謝るぐらいなら夫であるルーン殿下のお側にいて下さいまし!」



 何も教養がなくたって構わないのだ。だって国を動かすのは陛下の役目。皇后は陛下を支えるのが役目だ。国交や社交があった場合に少しだけ困ると言うだけで殆どは話すことは無いからお飾りでいいのだ。

 不躾ながら今の皇后はそうでいらっしゃる。

 政治も分からず関与しようとしない。しかしあの方は誠実だ。片時も陛下の傍を離れようとはしない。しっかりと役目を分かっていらっしゃる。陛下がお風邪を召された時もずっと手を握って治癒の魔法をかけていらっしゃった。その間政は官吏任せ。しかしそれでいい。国民はそれこそが英傑の子孫に相応しいのだと讃える。皇后はその一生を皇帝に捧げ皇帝は国を栄えさせる。

 それが魔法国の道理だ、摂理なのだ。



「ハンナ女史。感謝致します。わたくしには諌めてくださる方はおりませんでしたので、嬉しく思います」

「…………」

「わたくしは本当に何も知らないのですね……」



 メアリー嬢は不甲斐なく思うと吐露した。

 凛とした姿でこちらをじっと見る。真意を見い出せないがその力強い瞳にだけは覚えがある。



「今日の皇太子殿下のスケジュールを聞いてもよろしいですか?話をしたいのです」

「夕刻には執務も終わるかと」

「ありがとうございます」

「……まったく困った方だわ!夫婦をご存知ないだなんて!」



 その言葉にメアリー嬢はクスリと笑みを浮かべた。



「全くをもってその通りです」

「侮辱するようなことはもうお控えなさいませ。次は許しません」

「寛大なお心、身に染みる思いでございます」

「明日までに全てお読みくださいね、あなたなら出来るでしょう」

「……光栄ですわ」


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