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 ルーンは悩んでいた。メアリーを妻にできたのは良いが、民も皇族も彼女を疎んでいるようでこれでは王国がやっていることとさほど変わらないではないかと頭を悩ましていた。



「恋愛がこんなにも大変なものだったなんて……」

「殿下面白いこと言いますね!女性など一目で孕ませてしまいそうなのに」

「だまれマルコ」

「はーい」



 ルーンは殆ど外出をしない。民はそれを皇帝になるための勉学をしているのだろうと噂し要らぬ心配をさせないようにしているがそうではない。

 ルーンもとい私が自我を覚える前の彼は引っ込み思案だったのである。

 もうお分かりだと思うがルーンはマザコンで母上が大好きだった。母上は宮廷に来られた際に運動するすべ、農作業を取り上げられ身動きのできない籠に入るのを余儀なくされた。

 段々運動神経が鈍ってきてそのうちにルーンを身篭ったのからか難産だったようで、皇帝は慌てて宮廷の庭に畑を作った程である。

 今は何処にでも歩かれるが、学校に行かなければならない年にはルーンは泣き叫び母上のご健康を願ったものだ。

 母上に着いて歩いていたから外には殆ど出ない。もっと言うとその頃母上以上に大切なものなどなかったのだ。


 今は違う。今はメアリーを愛している。確かに少しばかり後ろ髪を引かれるが親離れが遅すぎだろう。母上も決してルーンを咎める言葉を言わなかったからエスカレートした気もしなくもないが。



「ハンナさーん、お茶のおかわりくれます?」



 マルコは後ろにいる皇太子付きメイドに手をブンブン振った。

 ハンナは【アカダン2】には出てこなかった人物だ。もしくはスポットライトが当てられてなかったのか。乙ゲーなんてものはヒロインと攻略キャラクターだけの世界観で構成されているから背景に写ったメイドを気にすることもなかった。

 ハンナは優秀だ。何事も卒なくこなすし、悪い所がない。意見を求めればルーンと同じ最善の提案をし、ルーンの体調によってその日のスケジュールを変えることが出来る器用さもある。



「マルコ様、仮にも紳士が女中に手を気安く振ることなどあってはなりません」

「えっ、指パッチンちょっとダサくない?」

「……他の皇族の方を真似ぬとも私であれば手を挙げて下さるだけでいいのです」

「ハンナさんはさー、僕にだけ厳しいんだよな~。ね、殿下」



 ハンナはよくマナーを口にする。ハンナの家柄は調べてわかったがこの国を愛し礼節を重んじ、大賢者様を始祖としその血縁たる皇族に心臓を捧げる所謂過激派の一家だった。

 この国に変な伝統、強いていえばコーラ早飲み選手権だったり、スイカの種飛ばし選手権だったり、口にどれぐらい鉛筆を入れられるか大会だったり……あまりお上品ではないものがあったとしてもハンナは手を捲って参加したに違いない。

 これが伝統で礼節の一部であると信じてやまなかっただろう。そしてきっとそれらを恥ずかしげもなく冷徹な表情でやるのだから圧巻だろう。



「マルコは皇族にはまずいないタイプだからね……、あ、だからな」

「殿下、無理をなさらずとも良いのです。このハンナ、ルーン殿下の繊細な言葉遣いには心底感服しているのですよ」

「あっれー僕とやっぱり反応違うんだよなー!」



 気を抜くと私は女性口調で話すことも多々あり今矯正中である。

 母上に「花が見事に咲きましたね」と言われて「そうですわね」と返してしまった時と言ったら!!母上も父も全く気にしている様子がなかったから安堵したがその後で猛烈な羞恥と後悔が襲ってきて困ったのだ!

 あと外に出ないからか私服が壊滅的。もしかしたらそれが普通で私の好みではないのかもしれない。ルーンは終始一張羅の燕尾服もどきだったから何となく黒が似合う人だと思っていた。真っ青とか薄黄緑とかどう合わせろと言うのか……ルーンよ。



「ありがとうハンナ。でも私はメアリー嬢の前ではかっこよくありたいんだ。進言、痛み入る」

「まあ、殿下、なんて素敵な殿方になられて……。かの大賢者様に容姿が似ていらっしゃるから……ますます私は嬉しゅう存じます」

「私にはそこまでの知性はないと思うけど、ハンナに見捨てられないように頑張るからな、応援してくれ」

「ええ、ええ!もちろんでございます!」



 ハンナはそう言う片手間で懐中時計にちらりと目線を向けた。

 その少しの動きで私は分かってしまう。

 ハンナはマルコの次にずっと近くにいた人だった。何を考えているのか全てではないにしろ分かってしまう。

 せっかく入れてくれた二杯目を楽しむ余裕もなくひと口だけ嗜んで立ち上がる。

 休憩は時間を設けてしないと脱力してしまっていけない。



「さて、仕事に戻るかな」

「皇太子殿下」



 その言葉にすっかりオフモードだったマルコはキリッとした面持ちをしてルーンが持ってきた書物を持つ。



「書斎でございますか」

「ああ、父の片手にでもなってくる。マルコはどうする?」

「もちろん付き添わせていただきます」

「うん。ハンナ、明日賢狼様がいらっしゃるらしい。スケジュールを合わせておいて」



 頭を下げたハンナを確認してテラスを後にする。

 夕飯にでもメアリーを誘って話が出来たらいい。彼女は今この国を勉強するのでいっぱいいっぱいで見かけることが少ない。会いたいと言えればいいけど、ルーンの身分が邪魔をする。

 まだ正式には妻ではない女性の部屋に入るのは不躾で礼儀知らずだ。招かれるなら別だがメアリーはとんとルーンと話をしなかった。

 異国に急遽嫁いできたメアリーにかける言葉もなくてルーンはそのまま何も出来ずにいる。

 その内に大地の魔法使いであると亜人国に伝わり賢狼様がそれを見極めに来るとメアリーの夫であるルーンに言伝が来た。

 父は恍惚とした表情で木箱に仕舞われたブラシを手に取って不気味に笑っていたのでもしルーンにその話が来なくても分かっただろうが。



「明日は実務出来ないだろうからな、やっておかなくては」



 軽く自分に暗示をかける。

 ルーン皇太子がやる仕事は私にはちんぷんかんぷん過ぎるのだが脳は同じのようではてなマークが飛び交うのに腕は動くので奇妙な絵面である。

 魔法の詠唱も難なく出来たが無詠唱も出来るようだからルーンは元はいいのだろう。

 ヒロインに会わなければ……ね。



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