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「お前にはほとほと呆れた」
第一王子マキシム様はそうわたくしに言い放った。
わたくしはそれに何かを言う権利を既に有していないようだった。
隣で下品にも胸を王子の腕に擦り付けこちらを見下すメリル男爵令嬢はクスクスと嘲笑している。
「マキシム様ぁ、そんなメアリーさんに酷いこと言わないでくださいよぉ。メアリーさんだって悪気があるわけじゃないんですよぉ……ね?」
「メリルは優しいな……。君を蔑ろにする女など捨ておけば良いのに。……いやすまない。それが君の素晴らしいところだな」
「もうっ!マキシム様はすぐそうやってメリルを甘やかすんだから!」
わたくしはその茶番を見ても何も言わなかった。
婚約者であるわたくしよりも彼女の事を優先し、学業を疎かにし、何人もの男性を侍らせる彼女を愛し、政には興味もない。
わたくしは王になられる方の妻になる予定だった。
マキシム様で無くても良いが第二王子は早々に王位継承権を放棄したのでこの方が王となられる。既に国は傾き始めていた。その予兆があった。大地が揺れたのだ。
被災した地域に何の肩書きもないわたくしは何もしてあげられない。マキシム様に進言したが聞き届けられなかった。そのうちに現国王陛下が直々に見舞ったようだった。
国王からは冷たい視線を浴びせられた。
何故このようなことも出来ぬのだと両親からも詰られた。
母は現国王陛下の妹君で在らせられる。母が近衛騎士とご結婚なされた時は荒れたそうだが、どちらにせよ母の子供が王太子と結婚することになるため容認されたようだった。
母は異常なほど人嫌いだった。
王宮は嘘と建前とエゴが渦巻く。母は現国王陛下よりも優れていたらしいが王位を争う最中体調を崩され優勢が逆転、現国王陛下が王になったと聞いた。
毒を混ぜられたのだと母はか細い声で独白した。
母は嘘も嫌った。誠実であれとわたくしを育てた。
母の持てる全てを使って私を王妃にするよう教養を培った。
それもこの男爵令嬢によって全てが無に返ったけれど。
「メアリー、お前と結婚などしない」
「……」
「お前には半分母君の高貴なる血が流れているのにも関わらずよくメリルを学園で甚振る気になったものだ。メリルはお前をいつも庇っていた。なんていじらしい。それに比べお前はことある事に次期国王になる俺を見下げていたな!やれあれがダメだ、やれあれをしろ……もううんざりだ。父上もきっとお前を見限るだろう。そしたらお前との婚約は白紙に戻る」
この男の言葉を聞いていたら日が暮れてしまう。
もう、うんざりだ。うんざりなのはこちらだった。
母が高貴な方故お家断絶にはならないがわたくしはきっと出家を言い渡される。
わたくしが嫁いだらシュタットベル公爵の血が絶えるということで父方の従兄弟がこの家を継ぐことが決まっている。わたくしには居場所は無いのだ。
「お前は顔だけは良かったがな」
その言葉に心で笑ってスカートを摘むと礼をとる。気品ある所作で現国王陛下の謁見の際に満足に微笑まれた事さえあるお辞儀だ。
母は私を一度だけ褒めたことがある。いつもは当たり前だと言って業務さえも言い渡す母が、一度だけ。
この礼だけは手放しで褒めてくれた。素晴らしいと。子供だったわたくしにも珍しいことだと分かったし何しろ嬉しかったものだからこれだけは最後まで美しくあるつもりである。
「光栄ですわ」
言葉は皮肉だけれど。
すぐさま踵を返して屋敷に戻る。婚約破棄をされるのは明白だが最初に伝えておいた方が衝撃が少ないだろうと考えて。
馬車は所定の位置より随分後方に停車した。
仮にも公爵令嬢が乗る馬車を扱う者が下人であるはずもない。考えられる事柄にわたくしは真っ青になって従者のいる壁をノックする。
すぐさまドアが開いてエスコートも待たずに飛び降りるように馬車から出た。
前方に見える馬車は王家のものだ。
逸る気持ちを抑えて一歩一歩断罪される気持ちを味わいながら歩く。
しかしメアリーの杞憂は晴らされることとなる。