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 パッケージで着ていた燕尾服の延長線上のようなスーツに身を包み寝室を後にする。

 後ろには従者──マルコ──がしたがって歩く。


 ヘキサゴン皇国は魔法国だ。メアリーが産まれるクワドラ王国では魔法は王家が僅かに使える程度で国民は存在しか知らない。かつて大賢者様がひとつの大陸を魔法国、亜人国、中間国に分けた。大賢者様は争いを生む世に大層お心を砕き、争いのないように生き物を分けたのである。

 魔法国には魔法が使える者しか産まれない。亜人国には大賢者様に遣えられたという賢狼様が未だ王座に居られ、中間国は普通の人間しかいない。

 敵対はしてはならないし侵略もしてはならない。一度過ちを犯そうものなら心臓に深く刻まれた印が弾け、幾許もない内に息絶える、という設定がある。

 中間国クワドラ王国には何も無い。クワドラは自給自足できる国でこういう言い方は宜しくないのだろうが、国土を広げるために攻める魅力も感じない。ほとんど鎖国に近いからか国民もまた平和に慣れすぎていて、賢狼様を拝謁したのは何十代前の王様だけという体たらくぶり。

 亜人を見る度に嫌悪に駆られるのか中間国は魔法が使える者は行きづらい国である。

 それに比べてヘキサゴン皇国は両国からの旅行や物流など幅広く受け入れる器量があり、ヒロインも旅行として皇国に足を伸ばすのである。

 賢狼様との関係もよく今の皇帝は恐れ多くも賢狼様の毛並みを整えるのが好きといういらない設定まであった。なんだそれいらん。


 ルーンはそこでヒロインに一目惚れ、求愛するのだが……といったところだ。

 ちなみにこの話の重要人物がメアリーというのは、メアリーが魔法が使え、尚且つ森を豊かにする大地の魔法使いであることが明かされるからである。これは原案者の設定だ。勝手に使いやがって。

 大地の魔法使いは大賢者様に使えた英傑の一人だ。それの生まれ変わりなのだ。

 賢狼様はメアリーを何としても国の宝として亜人国に引き入れたいが何故か邪魔をするヒロイン、と愉快な仲間たちwithルーン。どっちが悪役令嬢なのか分からんぞ。

 賢狼様は隠しキャラで二週目から攻略できる。獣人になった姿はなんとなく賢狼というより一匹狼に近かったが。



「──ああ、やっときたな、我が子ルーンよ」



 魔法が使えるものは長生きだ。ルーンの父親は四十代の見た目の若さをしているがその実二百歳を超えている。婚期としては随分遅い。この国では政略結婚は存在しない。愛すべき人を妻にすることが出来る。それは皇族だけではない。国民も平等に愛を持つ。



「お前は学校でよい成績を納め卒業した。我の子はお前ただ一人。そして国中よりお前の順当なる即位を待ち望みにされておる。……して、お前の心にはどのようなおなごがいるのだ。我に聞かせよ」

「メアリー……」



 ルーンの声に玉座の間が歓喜の声で震えた。

 妻を娶って初めて皇帝になる権利を与えられる。甲斐性がなければ務まらないと原初の皇帝が制定した。

 父は母を見つけるのに百年かかった。小さな町の名もない花を愛でる庭師であった母とやっと父は愛を育んだのである。

 父……?母……?あ、れ……?私は、わたしは……。



「ほう?どのようなおなごじゃ?」



 その声にハッとして我に返る。

 漠然と女性の名前をあげなければならない気がしてメアリーを出したがもし結婚するのならば、しなければならないのならばメアリーしかいない。でも私は女で……あれ、ルーンはもちろん男だ。

 得体の知れない圧力に負けて口を開く。



「メアリー……。中間国、クアドラ王国公爵令嬢メアリー・シュタットベル嬢です」

「……なに?」



 ルーンの言葉にあれだけ盛り上がっていた空気は氷のように静まり返った。父の視線が怖い。父の隣に座る母上はこちらの様子を伺っているようだった。



「お前、何を申しているのか分かっているのだな?」



 もちろんだ。裏設定でもなくしっかりとした設定で「この国の者がこの国を統べる」というものがある。メアリーはそれに値しない。

 父も母上も国民誰も後ろ指を指すだろう。それだけは愛していても叶わぬのだと諭されるだろう。

 私は分かっていた。知っているから分かっている。そう、分かっているのだ。父も母上も国民も口を揃えて「そうならばいい」と言ってしまえるような【魔法の言葉】も。しかしそれを本当にそうであるのか分からないまま言っていいのか悩んだ。

 コクリと固唾を飲んで父を見据える。



「啓示が、あったのです」

「……続けろ」

「それしか申せません!かの国メアリーを妻とせよと、天啓が降ったのです!そして私は……まだ見ぬ彼女を愛しています」

「……突拍子もない……」



 父は呆れているようだった。

 しかし手応えはある。皇国は信仰心が深い。皇帝に傅くのは偉いからではない。英傑の一人の血を引いているからだ。決して薄まることの無い穢れない血が国民に流れ、皇族はその原初の皇帝の子孫。だから遣える、頭を下げる。安寧あれと心を捧げる。

【全ては国民と大賢者様のため】に皇族は存在する。だから争いのある中間国を無意識に国民は避けている。

 大賢者様を信仰していないのも理由のひとつかもしれない。

 前代未聞だった。別の国の人間など信用ならない。



「大地の魔法使い……」



 ここまで来れば私はもうやけくその勢いで知識を天啓だと偽ることにした。誰にも知られず聞かれなければいいのだ。この嘘はきっとメアリーも皇国も幸せにして、賢狼様にも一目置かれるだろう。



「なんと、言った……」

「天啓は、メアリーを愛することと、彼女は大地の魔法使いであると」

「至急調べさせよ。ルーンは一度たりとも出国などしていない。メアリーなる女がいるのか、その者は大地の魔法使いであるのか早う!」



 頭を下げ勢いよく返事をした宰相が命令を出す前に首を振る。それではだめだ。メアリーは利用価値ありとされ王女にはなれないだろうが飼い殺しにされる。その力が知られる前に救いたい。



「彼女はまだ自身の力を知りません」

「ええい、お前は……、なんなのだ!何が言いたい?証明も出来ぬのでは罷り通るはずもない」

「私も、分かりません」



 これは本心だった。何故画面越しのゲームに、それも嫌いなルーン皇太子で、こんなに熱くなるのか分からない。でも本心だ。メアリーが好きで、救いたくて、二次創作まで作って許可を貰って販売するぐらい、彼女が好きなのだ。だから夢であってもなくても彼女を愛したい。それだけだった。



「そうか……」



 父は呆けたようにそれだけ言葉を出した。

 宰相もどうしたらいいのか指示を待っているようで、他の皇族もルーンと皇帝の成り行きを伺っていた。



「──ときに」



 母上の声がルーンに向けられた。

 母上は慈愛深い方だ。聖母だと誰もが口にする。害虫をも逃がしてしまうような気弱い方。ルーンは母上が大好きだった。

 乳母に育てられたのは母上がルーンを産んでから調子が良くなかったからだった。体調の良い日は庭で日向ぼっこをした。花の冠を作って母上の頭に乗せるととても喜んでくれた。ルーンは母上の言葉ならすんなり諦めることが出来るぐらいには忠義がある。私も思う。この方の話は聞かなくてはならない。



「その方は良い方なの?ルーン」

「はい、とても。母上が聖母だとするならば彼女は聖女です。メアリーはきっとこの国を豊かにしてくれます。今も富んでいますけれど」

「そう……良かったわね」



 その言葉で皆が息を飲むのが分かった。

 母上はあまり父に物を申さない。母上は父がよりよい皇国を築いていくのだと寸分の狂いもなく盲信している。下々に未だ礼をとるからその度に宰相は青くなる。

 その母が、公然の場でルーンに話しかけたのである。最終的には「良かった」と認めて。

 その認知は、国母の認知が通らないはずがない。



「勅命を持って命ずる」



 父は玉座から立ち上がった。皇族を見渡す。



「クワドラ王国に先触れを出し、シュタットベル公爵に謁見を申し入れよ。メアリー公爵令嬢を妃にと要望も伝えよ。かの国から返答があり次第、我自ら罷り越すものとする」



 ルーンは深く頭を下げた。

 周囲も同じだろうがルーンは殊更頭が上がらなかった。

 歴代に他の国の者を頂点に立たせた例はない。快挙となるのかはメアリーが私の知ってるメアリーであれば、だろう。



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