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片隅に生きる人々  作者: 伊集院アケミ
第三部『時空移動』編
34/35

第34話「最初の勝負」

「あれ? 何か忘れ物かい?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどさ。実は君に預かって欲しいものがあるんだ」

「なんだい?」

「少し説明が必要だな。悪いけど、ちょっと車まで来てくれないか?」

「……??」


 僕はソラさんを連れて車に戻り、後部座席に積んである箱を彼女に見せた。


「綺麗な箱だね。中には何が入ってるんだい?」

「何と言ったらいいかな……。説明するのはとても難しいんだけど、これはただの箱じゃなくて、僕がこの世界に居るために必要な、とても大切な機械なんだ。万一の事があったらいけないから、僕が戻るまで、君に預かっておいて欲しい」

「万一って?」


 この箱は僕にとって一番大切な切り札だ。預かって貰わないと話が進まないから、僕は少し大げさに言っておこうと思った。


「この箱は元々、角栄さんの持ち物なんだ。角栄さんから、僕の師匠に譲渡された後、最近、僕が受け継いだ」

「うん」

「話の流れによっては、角栄さんかきくゑさんに、この箱を返さなきゃいけなくなるかもしれない。だから、僕が車から離れているうちに、箱が盗まれたり、壊されたりすると困るんだよ」

「もしかしたら、ボクもその一人かもしれないよ」

「大丈夫だよ。少なくとも今は、あのコンロに夢中なはずだ」

「バレたか……」

「そりゃあね」


 ソラさんが何であんなものに興味を示したのか分からないが、人間は関心のないものには、絶対に金を払わない。まして、この時代の200円は大金だ。彼女の琴線に触れる何かが、あの機械のどこかにあったのだろう。


 ソラさんは、僕がこの世界で最初に恩を受けた人だから、何かシノギを見つけたら、上げてしまったって構わない。


「ねえ、ソラさん。僕はこの場所に立ち寄ったことを誰にも言わない。もし何らかのトラブルに巻き込まれたとしても、この場所さえ知られなければ、箱は無事だ。だから君も、もし僕の事を探りに来る人間が来たとしても、絶対に何も話さないで欲しい」

「わかった。約束するよ」

「じゃあ、この箱を頼む。見た目より、かなり重いから気を付けて」

「本当だね、すごく重いや」


 苦笑しながら、ソラさんは箱を受け取った。ぱっと見は単なる空箱にしか見えないのだが、多分、4~5㎏はあるだろう。まあ、とりあえずは、これで一安心だ。


「それと、もう一つ頼みたいことがある」

「なんだい?」

「ソラさんは、猫は苦手かい?」

「別に嫌いじゃないよ。どっちかといえば、好きな方だと思う」

「じゃあ、猫を一匹預かって欲しい。エサさえあげてくれれば、後はほっといいていいから」

「それでさっき、いきなりアサリを煮出したの?」

「まあそんな感じ。とにかく生活力のない猫だからさ。エサだけはしっかり頼むよ」


 そういって僕は、手持ちの缶詰を全てソラさんに手渡した。


「これを上げればいいんだね」

「うん。さっきアサリを食べたばかりだし、明日一杯くらいは十分に持つと思う。『もっと食わせろ!』って言うかもしれないけど、最近ちょっと太り気味だから無視してね」

「そんなに自己主張の激しい猫なの?」

「ああ、きっとその辺で遊んでるだろうから、探してくるよ」


 僕が踵を返すと、ソラさんが後ろから声を掛けてきた。


「僕も一緒に探すよ。名前は何て言うんだい?」

「デーモンコア・将門まさかど

「デーモン?」

「あっいや、なんでもない。猫の名前は全力さん。デブの三毛猫だ」

「変な名前だね。人には馴れてるの?」

「いや、全然馴れてない。もし見つけたら、無理に捕まえようとしないで、僕を呼んでくれると助かる」

「そうか。じゃあ、一つ策でも練るかな?」

「策って?」

「それを言ったらつまらないだろ。そうだ、どっちが先に捕まえられるか、賭けないか?」

「構わないよ。じゃあ、10円」

交渉成立コールだ。まずは、この箱を事務所の金庫にしまってくる。僕が事務所から出てきたら、競争開始だ」

「わかった」


 全力さんはヘタレだが、警戒心はとても強い猫だ。僕以外の人間に捕まるはずがない。ソラさんには悪いが、この勝負は貰ったも同然だ。


「全力さーん。話ついたよー。早く出て来てー!」


 ソラさんが事務所を出ると同時に、僕は全力さんを探し始めた。全力さんはダメ猫だが隠遁いんとんスキルだけは本当に凄い。赤瀬川さんから世話を押し付けられた後、丸二日も、僕の前に姿を見せなかった位だ。エサだけはいつの間にか減ってて、いつどうやって食べたのか、本当に不思議だった。捕まえるのは、少し苦労するかも知れない。


 時刻は既に14時を回っていた。日没までには、まだ時間はあるけれど、僕はまず、この時代に合った服を手に入れなきゃいけない。自宅を訪問するなら、手土産だって必要になるだろう。あまり遅くなるようなら、今日のところは諦めるしかない。


「仕方ない。一旦、事務所に戻るか……」


 僕が事務所に戻ると、応接机の上で全力さんがマタタビをキメていた。そりゃあ、どこを探してもいない訳だ。それにしても、一体どこでマタタビなんか手に入れたんだろう?


(続く)

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