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片隅に生きる人々  作者: 伊集院アケミ
第三部『時空移動』編
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第27話「DJ君」

 師匠の話に集中してもらうために、敢えて語ってこなかった相方の話を少ししよう。彼は僕にとって、剣乃さんに勝るとも劣らないくらいに大事な存在だ。一介の相場師にすぎなかった僕が、今も沢山の人間に支援して貰えているのは、間違いなく彼の存在があったからである。


 僕の相方は、彼のファンが起こした、ある事件をきっかけに心を壊し、今はどこで何をしているのかも分からない。彼の本名を記すことに大した意味はないし、今となっては許可の取りようもないから、今はただDJ君と呼ぶことにしよう。


 伊集院アケミとして第二の人生を送り始め、少し生活も安定しだした頃、僕はある小説投稿サイトで彼を見つけた。すぐに連絡を取り、一緒に飯を食う仲になった。つまり、彼の才能を見出し、真っ先に行動した人間が僕だった訳だ。


 他人から才能を見出されることの喜びは、僕自身が良く知ってる。僕もまた、師匠である剣乃さんに見いだされ、自ら相場を作り出した人間だからだ。


 才能のある奴は沢山いる。それを見抜ける人間も意外といる。だがそこから一歩進んで、自分の身代みのしろを削る奴はほとんどいない。僕はそれをやってきたから、何とか今まで生きてこられた。


 DJ君は生粋のオタクだった。三次元の女性にはまったく関心を示さず、毎日毎日、マンガと文章だけを書いて暮らしていた。絵の方は大したことなかったが、文章はずば抜けていた。何よりも素晴らしいことは、彼がこちらが企図としているものを素早く理解し、作品に仕立て上げる才能を持っていたことだ。これは僕には嬉しい誤算だった。


 だが、もし彼に文才がなかったとしても、どこかで人生が交差したならば、僕は彼の事を好きになっていただろう。彼が自分の愛する作品について語る時の熱量は、かつての自分を見るようで心地よかった。

 

 彼の家庭環境は劣悪だった。幼い頃の大半を施設の中で過ごし、親からの愛情は全くと言っていいほど受けていない。だが彼は、変にネジくれたところもなく、いつもニコニコとしていた。ないのが当たり前の奴は、逆境に強い。初期設定がハードモードな方が、まっとうな人間に育つのは、この世界ではよくあることだ。

 

 そして、「ない」のが当たり前の彼の人生の中で、唯一ふんだんに与えられたのがマンガ雑誌だった。少年誌が質・両ともに最も充実していた時代の、ジャンプ・サンデー・マガジン・チャンピオンが彼の育った施設には全て揃っていたのだ。施設の職員にマンガ好きが沢山いて、彼らが自腹で購入したものを施設に寄贈していたのだという。


「隔週誌の少年ビッグまで置いてあったんですよ」と、彼は笑いながら言っていた。少年ビッグというのは、新谷かおるの『エリア88』や、あだち充の『みゆき』を連載して人気を博していた青年誌で、後にヤングサンデーとなる雑誌だ。こんなところで育って、オタクにならない方がおかしい。


「リアルで嫌なことがあった時には、いつも漫画やアニメに救われていたんです」と、彼は何度も僕に語った。彼は本気で、二次元のキャラや物語を愛していたのだろう。物心つく前から施設で育ち、親の愛情をまともに受けられなかったからこそ、彼は物語の世界に没頭した。そしていつしか、自分もそういった作品を作りたいと願ったのだ。


 彼は施設を出てからも、最低限の生活費を稼ぐためのバイト以外はずっと部屋に引きこもって、ただひたすらに己の剣を磨き続けてきた。そしてそのスタンスは、僕もなんら変わりがなかった。僕も、金を稼ぐというよりはむしろ、「師匠を超える相場を創りたい」という一心で、ずっとこの世界に身を置いてきたのだ。


 恥ずかしながら、マンガを描いたこともある。『片隅に生きる人々』の原作と言っても過言ではないそのマンガは、今となっては完全な闇歴史だが、それなりに思い入れのある作品だ。つまり、育った環境は違えど、僕らのメンタリティーは非常に似かよっていたという訳だ。


 K監督の一件以来、僕は他人を信用することに恐怖を感じていた。だが、彼だけはどうしても手放したくないと思った。彼も僕も、決して真っ当な環境で育ってきた人間ではない。僕に至っては、堅気ですらない。いつお上に身柄を拘束されても不思議ではない人間だ。


 悩んで悩んで悩み抜いた結果、パトロンと創作者のような関係ではなく、お互いがお互いの強みを生かし、共に作品を作る相方パートナーとしてなら、うまくやれるのではないかと思った。僕が意を決してその気持ちを伝えた時、「家賃と飯代を払ってくれるなら、喜んで」と、彼は答えた。


 それからひと月もしないうちに、彼は僕の東京の家に引っ越してきた。彼に飯を食わせる事くらいの事は、僕にはたやすいことだった。僕らは、これから何をすべきかを、何度も真剣に語り合った。


 そうこうしているうちに、師匠の義兄弟である赤瀬川さんが全力さんを貰って来て、僕らにその世話を押し付けた。既に述べたように、彼は僕がお上に追われても態度を変えなかった唯一の人物であり、師匠と組んで組の金を増やしたことで、誰もが知ってるあの組の若頭補佐まで昇進した男である。


 娑婆に戻った僕は、堅気に戻った彼のシノギを手伝いながら、東京と仙台の二重生活をして暮らしていた。相場を張ってないにもかかわらず、僕がDJ君を支援できたのはそういう訳だ。僕ら三人と猫の全力さんは、真っ当な親に育てられることなく親から見捨てられた、似た者同士だった。


*『片隅に生きる人々』は健全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。


 DJ君との契約は、僕の人生において、最高の取引ディールだったといっても過言じゃないだろう。彼の文才は、僕の強烈な武器となる自信が元々あった。そして僕は、赤瀬川さんの支援を受け、相場の世界に復帰することを決意する。DJ君と全力さんが居る今なら、金を稼ぐ事以上の意味を、相場の中に見出せるんじゃないかと思ったからだ。


 僕らは入念にキャラを作り上げ、【全力三階建て】という名前で、Twitter界・株クラスタにデビューした。『煽り屋で、非リアで、ちょっとポエマーな元仕手筋(猫)』という設定だ。僕ら3人を足して、そのまま割らないくらいの、ちょっと濃いめのキャラだった。


 相場の話は僕が、非リアの部分はDJ君が担当し、ポエムやオタクな雑談は二人で自由に書いた。当時、まだ1歳にも満たなかった全力さんの写真を多数投稿し、表向きには、全力さんがしゃべっているように演じた。


 猫の全力さんの可愛さと、僕らのポエムのおかげで、全力三階建てはちょっとリリカルなネット仕手筋として人気を博した。小さめの株なら、自分たちの力で簡単に動かせるようになり、それが更に僕らのファンを増やしていったのだ。


(続く)

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