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片隅に生きる人々  作者: 伊集院アケミ
第二部『仙台死闘』編
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第21話「全力さんの夢」

 普段の僕は、一年の半分くらいの時間を、全力さんと共に過ごしている。本名は、デーモンコア・将門まさかどというのだが、デーモンコアさんじゃ呼びにくいので、僕が全力さんという仮の名前をつけたのだ。


 全力さんの本当の飼い主は、赤瀬川さんである。だが彼は、堅気に戻ったにも係わらず、昔の付き合いで日本中を駆けずり回っているので、必然的に僕にお守りが回ってくるのだ。


 まあ、赤瀬川さんが仙台に居たところで、全力さんの世話は、大体僕の仕事である。僕がいない時に誰が世話をしてるのか、それはよく知らない。多分、僕みたいな昔の舎弟がやらされているんだろう。


 僕は寄りつきの取引に間に合うよう、平日は、8:30にアラームをかけている。だけど大抵、それよりは早く眼を覚ます。全力さんが、「エサをよこせ」と僕の頭をひっかきに来るからだ。


「全力さん、俺まだ眠いんだけど」

「わかった、お前は眠いんだな。それは理解したぞ」

「ところで、俺は腹減ったから、早くエサをよこせ」

「……」


 僕が布団をかぶって徹底抗戦を決め込むと、全力さんは鳴きわめきながら大暴れする。ひどい時には、おしっこまでする。僕の衣服で、全力さんの放尿プレイの被害に遭ってないものはほとんどない。多分、前世はメンヘラだったんだろう。


「全力さん、昨日の夜多めに上げたでしょ?」

「ああ、あれは全部食った。食った分は熱になる。お前と同じだ」

「全然、熱になってないやん! お腹タプタプやん!」

「これは冬毛だ」

「毛じゃない、お肉! 完全にお肉! お医者さんも言ってた!」

「にゃーん」

「こんな時だけ、可愛く鳴かない!」


 こういうやり取りを繰り返しているうちに、目が覚める。ここまでくれば、全力さんの勝ちだ。仕方なく寝床から這い出し、全力さんのエサを用意する。気づいたら二度寝して、寄りつきに間に合わずに大損ぶっこいたことが、一体何度あっただろうか?


「お前のせいで! お前のせいで!」と嘆きながら、僕は全力さんを撫でまわす。エサを食った後の全力さんは、お昼寝をしながら、うつろな目でなすがままにされている。


「そうか、お前は悔しいんだな。ところで俺は眠いんだが、寝ていいか?」と言わんばかりに。

 

【持ち越す銘柄を選ぶこと。選んだら、それがどんなに高値だろうが、売り込まれていようが、徹底的に仕込むこと】


 それが僕にとっての普段の相場だ。引け前の15分だけが、僕が本当に生きている時間である。短期売買でコツコツと資金を積み重ね、自分で創る本命の相場で、それを全部ぶっ飛ばす。そういうことを、何度も繰り返してきた。


 誰もとりやしないのに、ガツガツとエサを食う全力さんを眺めながら、僕は思った。猫には「いま」しかない。人間みたいに未来を不安に思ったり、過去を思い返して後悔することもない。今が楽しければ心行くまで遊び、苦しければ全力でそれを回避し、満足したら寝る。それだけの生き物だ。


 だが、それゆえに尊敬に値する。生き方に、迷いも手抜きもないからだ。


 全力さんは勢い余って、時々、食べたエサをリバースする。具合が悪いからではない。エサが変なところに入ったか、食い過ぎたのかのどちらかだ。だけど全力さんは、「これでまた美味しく食えるわー」とでも言わんばかりに、また平然とエサを食べだす。


 まるで、飲んだくれが、一度吐いてからまた飲み直すみたいに。


 全力さんが、腹いっぱいでも食うのを止められないように、僕も自分で相場を創ることを止められない。いわば、相場中毒だ。中毒ジャンキーになっても良いことなど何一つないが、行きつくところまでいかなきゃ分からない美しい景色が、この世界にはある。


「病気は治るが癖は治らん。お前のバカは癖だから治らん!」


 有名なドラマのセリフが頭をよぎる。

 僕たちはとても良く似ていると思った。


 全力さんは腹にエサが入っていようと、エサを食うのをやめない。僕はいくら相場で稼ごうと、その金を元手に相場を創り、限界までぶっ飛ばす。理屈じゃない。損得でもない。しいて言えば、快楽だ。

 

 朝になれば全力さんは、僕の頭をひっかいて飯を食い、僕は株を金に換える。それが僕たちの、「生きる」という事なのだ。



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