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片隅に生きる人々  作者: 伊集院アケミ
第二部『仙台死闘』編
19/35

第19話「赤瀬川さんへの手紙」

「拝啓 赤瀬川アキラ様


 やむを得ぬ事情により、突然旅立つことになりました。全力さんを、少しの間お借りしていきます。親の愛猫を勝手に借り受け、何のご挨拶もせずに立ち去る無礼をどうかお許しください。


 いつ戻ってくるか、はっきりしたことは分かりません。明日ひょっこり戻ってくるかもしれないし、もう二度と帰ってこない可能性もあります。全力さんだけでも、なるべく早めにお返ししたいと思っていますが、お約束できないのが本当に申し訳ないです。


 一つだけ質問というか、予測というか、もし今晩一緒にお酒が飲めたら、尋ねてみたかったことを書いておきます。


 剣乃さんや赤瀬川さんがまだ若い頃、ちょうど昭和40年の日銀特融が成るかならないかの頃に、今の僕にとても良く似た怪しい男と、関わり合いになった事は無かったでしょうか? 僕はきっと、そんな男に出会った事があるんじゃないかなと思っています。そしてもし、そういう出来事があったとしがたら、それが今、僕が旅立たなければならない理由です。


 多分、赤瀬川さんには、僕が何を書いているか分からないでしょうし、厳密に言えば、その男と僕は無関係です。それでも、その男が居たからこそ、今の僕があるんだと思います。


 前回の旅に出る少し前、僕は剣乃さんの遺品であるという、ある箱を手に入れました。その箱が本当に師匠の遺品であったのか、僕は今だに分からないのですが、目論見通りに剣乃さんに会う事が出来たら、どうやってこの箱を手に入れたのか、直接尋ねてみるつもりです。


 もし赤瀬川さんが口座とお金を貸してくれなかったら、僕は相場に復帰することは出来ませんでした。そして、相方を失った時点で、生きる気力を失っていたと思います。赤瀬川さんと、貴方の連れてきた全力さんが居たから、僕はこれまでなんとか生きてこられたんです。


(念のために申し上げますが、この手紙は遺書ではありません。慌てて警察に駆けこんだりはしないで下さい。この箱は師匠の遺品ではないかもしれませんが、少なくとも僕の人生を変える箱にはなるはずです)


 もし僕が何年も戻ってこないようでしたら、せめてものお詫びとして、口座に残ってるお金は赤瀬川さんの自由にしてください。お預けした、『片隅に生きる人々』の原稿をどうするかも、全てお任せいたします。僕は今、冷静にこの手紙を書いていますが、この手紙の存在が、僕の頭がおかしくなってしまったことを証明してくれるでしょう。赤瀬川さんなら、きっとこの手紙をうまく使えると信じています。


 師匠と赤瀬川さんは、父親のいない僕にとって、親以上の存在でした。それは単に盃事さかずきごとの関係を意味するのではなく、心の底からそう思っていました。実の親からは見捨てられ、仕事仲間からは裏切られ、良い友を持つことも叶わぬ男でしたが、素晴らしい親を持つことは出来たと思っています。


 色々とひどい目に遭いましたが、相場を始めたことを後悔したことは一度もありません。相場は、命の次に大切な金を奪い合う戦場であり、生きて帰ることすら難しいクソみたいな場所ですが、この場所で培われた信頼関係よりも重いものは、この世には存在しないと思っています。


 僕は、お二人の全盛期に立ち会うことは出来ませんでしたし、独り立ちした頃には、師匠は既にこの世の人ではありませんでした。ですが、貴方に見初められ、剣乃 征大ゆきひろの最後の弟子として、彼の相場人生の最終盤に立ち会えたことは、僕の一生の誇りです。


 もう二度と会えないかもしれないので、素面しらふだったら絶対言えないような、恥ずかしい事ばかりを書いてきました。もし僕と全力さんがひょこっと戻ってきたら、ここに書いていることは全部忘れて、これまで通りにしてください。


 これまでお世話になったことを、本当に心から感謝しています。


 偉大なる相場師の最大の友であった人に、感謝と畏敬の念を込めて。

                            

                          伊集院アケミ」



 車に乗り込んだ後、僕は仙台市周辺の古物商を、全て見て回った。そして1946年の新円切り替えから、1965年までに発行された古札と古銭を買えるだけ買いあさった。結構ボラれたものもあったけど、額面の5倍までは、何も言わずに言い値で買った。1965年の1万円は、現在の5倍から10倍の価値はあるからだ。


 僕は、額面で50万円相当の古札と古銭をカバンに詰め込み、車の中の箱と荷物を全てCR-Xに移し替えた後、赤瀬川さんの事務所に戻ってきた。そして、直ぐにこの手紙を書き出したのだ。


 箱の発動までに残された時間は、あと15分を切っていた。


「書きたいことはいくらでもあるけど、もう時間がない。とりあえずはこんなもんでいいだろう」

「では箱の力を使って、1965年にフォールドする準備が出来たという事でよろしいですね?」

「ああ。手紙の内容に、何か問題はないかい」

「特にないと思います。というか、貴方が一番目じゃないことに、気づいた事には感心しました」

「僕は前々から、自分の人生はマンガみたいだなって思ってたんだ。今日の君の話を聞いて、全て腑に落ちたよ」と言って、僕は少し笑った。



「世界線の分岐とは、全く別の世界が生まれることを意味するのではなく、【ほとんど同じ世界が、無数に生じていく事】を意味するからです。貴方が1965年にフォールドして何かをやれば、これから先に生まれる世界線にもまた、貴方のような人が登場し、似たようなことをやるでしょう」



 ユキさんは、僕にそう言った。つまり今の僕が、その【貴方のような人】だ。ほぼ間違いなく、僕は最初の一人なんかじゃない。歴史の因果律によって過去に飛ぶことを宿命づけられた、【その他大勢】の一人だ。


 勿論、もし僕が過去に飛ばなければ、この因果律を打破することが出来る。そしたらきっと、これまでの歴史とは違う新たな世界線が生まれる事だろう。だがそれは、僕の大好きな人たちが皆、不幸になることを意味する。たとえどんなに腹立たしい運命だろうと、そんな決断は僕には出来ない。


(続く)


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